追悼

追悼

井沢元彦

 私にとって陳舜臣さんは江戸川乱歩賞の大先輩であり、歴史ノンフィクション作家としても多くの示唆を受けた存在であった。
 初めてお会いしたのは講談社主催の乱歩賞OBの交流会であったと思う。陳さんは一昨年亡くなった私の父と同じ年の生まれだから、まさに大先輩である。
 神戸の華僑の家に生まれ、ずっと家業を手伝っていたが、一念発起して江戸川乱歩賞に応募し、見事に当選したのが作家生活のスタートであったと聞いている。最初はミステリーが中心だったがそのうちに歴史小説に手を染めるようになり直木賞を受賞した。そして作家としての後半生はむしろ歴史をそのまま書くこと、つまり歴史ノンフィクションに全力を注いだ。「中国の歴史」「阿片戦争」などが代表作で、琉球王国の存亡を描いた「琉球の風」はNHK大河ドラマにもなった。
 「琉球の風」が放映されることになった年、NHKから番組を盛り上げる沖縄での公開シンポジウムのコーディネーターを依頼された私は、現地で陳さんと合流し番組が終わった後は地元のクラブで痛飲した。その後は仕事で神戸を訪れるような時は、夜必ずお会いして酒場に行った。
 温顔という言葉がこれほど似つかわしい人は他にないだろう。私も陳さんが怒ったのを見た事は無い。しかし中国共産党の起こした天安門事件には激しい怒りを感じていたとはお聞きした。
 脳出血で体が不自由になられてからは人前に出ることを避け、私もここ何年はお会いしていなかったが、去年暮れに神戸に出来た記念館(陳舜臣アジア文藝館)には元気に姿を見せたと言うことで、少しは安心していたのだが大変残念だ。
 私の中国史の基本知識は陳さんの著作から得たと言っていいもので、特にそれまでずっと悪役であった「三国志」の曹操がいわば硬直した歴史観の犠牲者であったことも、その著作によって認識させられた。一度も陳さんの本を読んだことがないと思う人は、とりあえず手に取ってみることをお勧めする。まずは初期の中国歴史小説あたりが最も入っていきやすいかもしれない。
 なお陳さんの生涯の著作を集めた陳舜臣アジア文藝館(神戸市中央区波止場町3─2 078─391─0224)は5月からの本格オープンを前に、現在は月、水、土曜日の午後12時から17時までプレ開館している。
 改めてご冥福をお祈りしたい。