追悼

森村誠一さん、ありがとうございました。

姉小路祐

 後進の面倒見がとても良く、新人の育成にも熱心であった森村誠一さんに対して、私のような者が一文を寄せるのはおこがましくありますが、どうしても感謝を伝えたくて筆を取らせていただくことにしました。
 大学を出て社会人生活を始めたものの、就職先にあまりに馴染めなかった私は、推理小説の世界に逃げ場を求めていました。松本清張さんの全集を一通り読み終えた私が、次に手にしたのが森村誠一さんの著作でした。
 私は個人的に、殺人ゲームのような分野には共感を覚えにくかったのです。人が人をあやめるというのは、それなりの理由があるのが普通であり、やはり動機にこそ人間性やその背後の社会事情があらわれると考えていたからです。しかしその一方で、誰もが重罪を犯してしまう可能性があり、ちょっとしたことから深みに嵌まってしまう日常的な危険を持ち合わせていることも否定できません。そのように捉えていた私にとって、森村誠一さんの著作はとても共感できるものでした。
 不遜にも、そういう小説を自分も書いてみたいと思うようになった私にとって、組織と人間の関わりをリアルに描く森村誠一さんの一連の作品は教科書でもありました。また「ロマンの寄木細工」などのエッセイは、強く感銘するところがありました。
 私が、横溝正史賞に応募した大きな理由は、選考委員をなさっていた森村誠一さんに読んでもらいたいという身の程知らずでした。
 幸いにも平成元年の佳作に選ばれ、東京會舘での授賞式に呼んでいただいた私は緊張の塊になっていましたが、森村誠一さんは控室でとても優しく接してくださいました。二次会の場にも同席していただき「ミステリー小説は、時代や社会を投影する鏡だと捉えています」「とにかく書き続けることです。たとえ書くことがなくても書くというぐらいの気概が必要です。デビューしたあなたと私はもう対等です。次は新作で勝負しましょう」といった貴重なお言葉をいただきました。
 そのあとも、拙作に解説を書いていただいたり、帯に推薦文を賜ったり、激励や感想のお手紙をいただくなどの暖かいサポートを何度もしてもらいました。
 私がデビューしてもう三十五年になりますが、森村誠一さんはずっと大きな灯台のような存在でした。
 近年のインタビュー記事で「定年後に時間を持て余してときどき海外旅行に行く、という生活が充実しているとは言えない」と話しておられたことも印象的でした。
 謹んで御冥福をお祈りいたします。