土曜サロン

土曜サロンレポート特集
「村上芳正 装丁装画の世界~ミステリ・幻想文学を中心に~」
一九四回土曜サロン 二〇一三年九月十四日

 今回の土曜サロンは趣向を変えてゲストをお迎えするのではなく参加者がゲストのところまで赴くという形になった。向かう先は弥生美術館、お話をお伺いしたのは弥生美術館学芸員の堀江あき子さん。展示作品を見ながら解説していただいた。
 弥生美術館は弁護士である鹿野琢見氏によって高畠華宵コレクションを公開するために昭和五九年に創立。現在では挿絵・雑誌・漫画・付録等の出版美術をテーマに年四回三ヶ月ごとに企画展を行っている。
 今回訪れたときに開催されていたのは「三島由紀夫の最後の装幀画家 村上芳正展」である。
 村上芳正は大正十一年、長崎県長崎市生まれ。昭和十七年に招集され、昭和二十一年に復員し帰郷。原爆を投下され壊滅的な打撃を受けた郷里の姿にショックを受けた。昭和二十六年、戦前からの勤め先であった三菱製鋼所で人員整理に遭ったこと、三島由紀夫からファンレターの返事をもらったことなどから上京を決意。
 長崎では素人劇団に所属していたので東京でも役者を目指したが、生活が成り立たず街頭の似顔絵描きなど様々なアルバイトをこなした。やがて演劇仲間の紹介で『それいゆ』『ジュニアそれいゆ』でカットや挿絵を描くようになり、お金を貯めて二科展に応募する油絵を描き始める。学校に通わず師匠もなくまったくの独学での挑戦だったが、昭和三十三年に二科展初入選。その後、五年連続入選を果たした。
 昭和三十六年、演劇仲間から三島由紀夫の舞台演出家・松浦竹夫を紹介され、さらに同氏から三島由紀夫を紹介される。そして三島の戯曲『十日の菊』のポスター、チラシ、プログラムを手掛けた。演劇評論家の堂本正樹から日本舞踏家の花柳瀧二を紹介され、「花柳瀧二リサイタル」の演目『葵上』(三島由紀夫作)の舞台美術、衣装、プログラム、チラシを担当。この頃から三島由紀夫の紹介で新潮社などから装幀・挿画の依頼が来るようになった。
 装幀画としての最初の作品は河野多恵子『美少女・蟹』。多田智満子『薔薇宇宙』では刊行前に作家自らが神戸から吉祥寺の住まいまで訪ねてこられて直々に依頼された。『四面道』では「なんでもお好きな絵をお描きください」と信頼と好意を寄せられた。それからは吉行淳之介、倉橋由美子、立原正秋、ジャン・ジュネ、ジョルジュ・バタイユからオルコット、モンゴメリ、ウェブスターといった少女向け名作小説までも手掛けるようになる。
 三島由紀夫とは『お嬢さん』『反貞女大学』『午後の曳航』の装幀を手掛けたが、『豊饒の海』では三島由紀夫から直々に依頼された。絵の構図や色彩については二人でずいぶん相談したが、三島の没後に出た最終巻だけは三島夫人の絵になってしまった。三島への追悼の思いは『新潮 三島由紀夫読本』の表紙、カットに込められた。三島由紀夫には今でも深く感謝しているという。
 昭和四十五年、『家畜人ヤプー 改定増補限定版』の装幀を手掛け、この作品のビジュアルイメージを決定付けた。『家畜人ヤプー』は昭和五十九年の限定愛蔵版(角川書店)でも装幀・挿画を手掛けている。
 この頃より大原富枝、加堂秀三、瀬戸内晴美、曾野綾子、立原正秋、津村節子、原田康子、吉行淳之介、藤原審爾、渡辺淳一といった流行作家との仕事が増え、さらに『ルードヴィッヒ 神々の黄昏』『あさき夢みし』『歌麿 夢と知りせば』という映画ポスターも手掛けるようになる。
 昭和五十年、『幻影城』より依頼され、江戸川乱歩、日影丈吉、中井英夫、連城三紀彦などの挿絵を描く。連城三紀彦の「花葬」シリーズの仕事は『幻影城』休刊後も続き、講談社での単行本と文庫本の装幀も手掛けた。なお『幻影城』では「村上芳正の華麗なる世界」という特集を組まれている。
 本以外では楽譜やレコードジャケットなども手掛けている。絵のすばらしさに感激したイギリス人指揮者ネヴィル・マリナーからサイン入りレコードを贈られたこともあったという。
 その後も赤江瀑作品の文庫本の装幀や『山村正夫自選戦慄ミステリー集』の装幀挿画を手掛け、皆川博子『瀧夜叉』で週刊誌連載が決まったときは皆川博子氏は吉祥寺の住まいまで訪ねてこられて挿絵を依頼された。なお『瀧夜叉』は最後の装幀挿画作品となった。これ以降は仕事の依頼が途絶えてしまい、長い沈黙の期間に入ってしまう。
 平成二十年「幻影城の時代展」(東京・高輪ギャラリーオキュルス)を機に「村上芳正の世界展──時の扉をくぐって」(東京・高輪ギャラリーオキュルス)、「文学にささげる花束・村上芳正展」(北海道・市立小樽文学館)が相次いで開催され、今回の「三島由紀夫の最後の装幀画家 村上芳正展」では過去最大規模の作品数が展示された。オープニングでは皆川博子氏より巨大な薔薇の花籠(五十本の薔薇)が届き、薔薇を好きな村上芳正はとても喜んだという。また同じ時期に『薔薇の鉄索 村上芳正画集』(国書刊行会)が出版されるなど再び注目を集め始めている。

【参加者】石井春生、長谷川卓也、平山雄一、本多正一
【オブザーバー】沢田安史、竹上晶、鍋谷伸一、山口雄也