一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
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1990年 第36回 江戸川乱歩賞

1990年 第36回 江戸川乱歩賞
受賞作

けんのみちさつじんじけん

剣の道殺人事件

受賞者:鳥羽亮(とばりょう)

受賞の言葉

 数年前、テレビで剣道の試合を観戦中、ふとこの密室のヒントを得た。大観衆凝視の中で、突然対戦中の選手が倒れ、その腹部に狂気が刺さっていたとしたら――。完璧な眼の壁の中で、実行された鮮やかな犯行。不可能という意味では、これ以上の密室性はないのではないかと思った。
 それから、この事件に対する僕自身の謎解きが始まった。小道具や器械的な仕掛けを使ったトリックにしたくない。擬装殺人もだめ。勿論、実は自殺だった、というような結末では興醒めである。・・・・・・
 それから、一年半程かけてコツコツ書き、謎を解き終え、やっと犯人まで辿りついた。満足感と同時に、読者という鋭利な眼を、僕の創作したちゃちな壁で防ぎきれるかという不安も残っている。
 願っていた乱歩賞という権威ある賞を頂くことができ、本当に嬉しい。今、一つの壁を越えた感がある。また、新たな壁にチャレンジしたいと思う。

作家略歴
1946.8.31~
出身地 埼玉県秩父郡長瀞町
学歴 昭和四四年 埼玉大学教育学部卒
職歴 埼玉県公立小学校教員
デビュー作「剣の道殺人事件」(第三六回江戸川乱歩賞受賞)
代表作「警視庁捜査一課南平班」「三鬼の剣」など
推理作家協会会員、日本文芸家協会会員
趣味 海釣り

1990年 第36回 江戸川乱歩賞
受賞作

ふぇにっくすのちょうしょう

フェニックスの弔鐘

受賞者:阿部陽一(あべよういち)

受賞の言葉

 フランス革命二百年、ヒトラー生誕百年にあたる昨年の東ヨーロッパは、ポーランドの連帯政権成立からチャウシェスク夫妻処刑に至るまで、予想外の革命的状況下にあった。確かに歴史の流れではあるが、しかし本当に、誰にとっても予想外の事態だったのか。
 歴史の行きつく先を読みとり、いち早く国家の重い舵を切り換えんと志す者が現われる一方では、流れに逆らって、逆転させんと望む人びともいる。
 両者が共に権力を握る立場にあり、力によって己れの理想を実現しようとしたらどうなるだろう。そこにあるのは絶対善と絶対悪の闘争ではなく、互いに絶対の善だと固く信じている者同志の、それだけに妥協の余地なき戦いではなかろうか?それが私の小説の出発点であった。

作家略歴
1960~
徳島市出身。学習院大学法学部。日本経済新聞社入社、現在、同社大阪本社紙面編集部勤務。平成二年『フェニックスの弔鐘』で第三六回江戸川乱歩賞受賞。著作は他に『水晶の夜から来たスパイ』(いずれも講談社刊)。趣味は読書、旅行、絵画鑑賞など。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数二八九篇が集まり、予選委員(香山二三郎、郷原宏、関口苑生、松原智恵、松村喜雄、結城信孝の六氏)により最終的に左記の候補作五篇が選出された。
<候補作>
 ツール・ド・みちのくが狙われる 広瀬光朗
 剣の道殺人事件         鳥羽 亮
 200メガバイトを追え!    梅原克哉
 代償              真保裕一
 フェニックスの弔鐘       阿部陽一
 この五篇を六月二十七日(水)福田家「扇の間」において、選考委員・生島治郎、逢坂剛、梶龍雄、笹沢左保、武蔵野次郎の五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、鳥羽亮氏の「剣の道殺人事件」と阿部陽一氏の「フェニックスの弔鐘」の二作に決定。授賞式は九月二十六日(水)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
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選評

生島治郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 乱歩賞は「新人のための賞」であるから、なるべく多くの新人が、自分の才能や可能性を賭けて、チャレンジしてくる賞であり、われわれ選考委員はその萌芽をみとめるために、広い視野を持って迎えるべきではないかと私は考えている。
 そういう意味では、完成された作品ではなく、未熟であっても、新しいことに挑戦し、新しいジャンルを拓こうとする新人のエネルギーと若い力に期待したい。
 私が「フェニックスの弔鐘」を、やや強引に推したのは、右のような理由からである。
 この作者は、選考後に知ったことだが、昨年も、日本人が一人もいない作品で応募してきたという。
 今度も、登場人物に日本人は少ないが、このようなタイプの小説を成立させるときに、日本人が登場しようとしまいとリアリティには関係ない。
 すでに、翻訳小説が読者に定着し、国際化が進んでいる現在、こういう試みをしてみようという作者の意欲とある種の頑固さを私は買いたいと思う。
 こういう作品にも賞が与えられるということで、乱歩賞のフィールドがひろがってゆくのではないかという思いもあって、私は敢えてこの作品に執着した。
 また逆の意味で、「剣の道殺人事件」には点が辛くなった。この作品は既成のワクからはみ出そうという個性もエネルギーも感じられない。
 新味はないがほどほどであるということでは、私は新人賞の意味はないと思う。
 むしろ、入選しなかった三作の方が、大きなハードルを跳び越えようとしてはげしく転倒してしまったというさわやかさが感じられた。こういう新人たちが、何度も挑戦してくれることを期待せずにはいられない。
 新人には冒険心こそ必要である。
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逢坂剛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 新人に過大な注文をつけるのは酷かもしれないが、乱歩賞の歴史、格というものを考えるならば、今年は受賞作なしでもやむをえない、というスタンスで選考会に臨んだ。
 候補作に共通していえるのは、≪人間に血が通っていない≫ということだ。この種の選考会では≪人間が描かれていない≫という批評がしばしば出る。≪人間を描く≫ことはプロの作家にとっても、口でいうほど簡単なことではない。それを厳しく候補作品に求めるのは、かえって自分の首を絞めることにもなりかねないだろう。それでもなお今回の候補作品の中で、血の通った人間、顔が見えてくる人間を描いた作品は一つもない、とあえて言おう。
 面白い小説の条件は、斬新奇抜なテーマ設定、予断を許さぬストーリー展開、あるいは巧妙な文章、洒脱な会話といろいろあるが、それらはすべて≪登場人物の魅力≫に発するといっても過言ではない。その意味で今回の候補作中に、感情移入のできる登場人物はほとんど出て来なかった。知恵を絞ってトリックを考え出す努力、気宇壮大な謀略を構築するパワー、そうしたものには敬意を表するが、そのエネルギーをたたとえ少しでも、なぜ「ユニークな人間像を描出しよう」という方向へ振り向けないのか。小説を書く楽しみの、唯一とはいわぬまでも最大のものは、行動や心理を通じて≪人間を描く≫ことであるはずだ。謎が人間を生むのではなく、人間が謎を生むのだということを、忘れてはいけない。
 評価は著しく分かれたが、生島委員の「乱歩賞に新しい血を入れよう」という熱意に共感して『フェニックスの弔鐘』に、また多少なりとも「人間を描こうする努力」が認められる点で『剣の道殺人事件』に、それぞれ一票を投じた。期待賞と努力賞である。
 読者の評価を砥石にしてほしい。
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梶龍雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ミステリーというものの幅は、なるべく広くとりたいのだが、「200メガバイトを追え!」「フェニックスの弔鐘」と、国際陰謀小説ともいうべきものが、こうも二つも揃って残ると、さすがに考えてしまう。こういうようなものを応募する賞がないせいもあるのか。
 しかし、もしそういう賞があって、これがその応募作だったとしても、私はこの二編は買わなかったろう。
 前者はそのへんの外国ビデオ映画のちょっとしたものにありそうな話の運びで、後でわかるその犯人の動機も安易すぎる。
 そして、後者はただ知識の過剰な氾濫で、話にまとまりがなく、読者は一体視点をどこに置いていいか立ち迷うのみ。つまりは、人に話を楽しませるという小説の形を、なしていないともいえる。
 自転車レースの展開と同時に、話が進行するという「ツール・ド・みちのくが狙われる」の狙いは、アイデアのわりにサスペンスにとぼしく、話はその場限りで次次と安易に解決していくのは、なんとも映画的でいただけない。
 「代償」は、まだまだ誘拐めいた事件についてはこういうテもあったのかと、感心させられるところがあったし、それを綴るいくつかの話のアイデアも悪くはなかったのだが、練りが足りない所が多く見られて、いろいろの不合理、無理が多く感じられた。
 「剣の道殺人事件」は時代物の剣道と、現代のミステリーを結びつけようとしたアイデア、また巻頭から不可能殺人を持って来たイムパクトの強さが大いに買えたし、そのアイデアにそってのラストも悪くなかった。
 ただ、オーソドックスにして、古典的本格推理の展開だけに、そこにもう一つや二つ、やはり読者を感心させる独創的なものがほしかった。
 しかし生島委員に私がまるで買わない「フェニックスの弔鐘」の作者を、これからの新しいミステリーの実験的方向の新鋭旗手として、責任を持って推薦すると強硬に主張されると、それではゲタはお預けという気持ちになってしまった。
 しかし、同時に、乱歩賞の本質的なアイデンティティーのためには、「剣の道殺人事件」のようなものも絶対ほしい。そこで、この二つが同時入賞という形で納得することにした。
 そういう意味で、「剣の道殺人事件」が、入賞作品としての資格・・・・トリックの合理性とか、真犯人の工夫とかのさまざまを、完全に満たしているわけではないということだけは、断っておきたい。
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笹沢左保[ 会員名簿 ]選考経過を見る
『剣の道殺人事件』は難点が少なくないが、とにかく本格推理小説を書こうという基本を守る努力が感じられる点が、より高く評価されたのだと思う。努力賞も含まれる入選だといえるだろう。
『フェニックスの弔鐘』は、昨年も候補作となった作者の作品だが、外国小説であるのが難点とされて受賞を逸した。ところが、この作者は今年もまた外国小説で挑戦して、候補作に残ったのである。ひたむきというか頑固というか、そうした作者の姿勢がみごとであり、ぼくには好感が持てたので授賞に反対しなかった。
『200メガバイトを追え!』は近未来小説、『ツール・ド・みちのくが狙われる』はサスペンス小説、『代償』は犯罪小説とでもいうべき内容だが、いずれも不自然さと矛盾点を内包していることから残念な結果に終わった。
 同時につくづく感じたのは、昭和四十年代の初めからミステリーと称して、推理小説の内容の幅をほとんど無制限に広げて来たが、それがここまでエスカレートしたかということである。こうなったらミステリー小説を募集する各賞は、たとえば推理小説のほかにスパイ小説とか犯罪小説とかコンピューター小説とか冒険小説とかの各分野に分けて候補作をそろえ、それぞれの分野を得意とする選考者を充てるべきだろう。そうしなければ不公平な競い合いとなるし、選考者の好みが入賞者を決めることになりやすい。
 同時に「主として犯罪に関する難解な秘密が、論理的に、徐々に解かれていく経路のおもしろさを主眼とする小説」という推理小説の本質が二の次にされるようになって以来、推理小説が衰退の一途をたどっていることを改めて痛感した。ぼくは、推理小説らしい推理小説の独立を叫びたい。
 これは、提言ではない。各賞の選者を二度と引き受けるつもりのない人間として、最後の感想を述べたのである。
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武蔵野次郎選考経過を見る
 ’89年度と’90年度の二回、江戸川乱歩賞の選考に当たって痛感させられたことは、新人原稿の中から受賞作を選出する難しさということである。これは昨年度の選評にも書いておいたように、どうしてもプロの作家の作品に比べて小説的興趣に欠ける、つまりあまり面白くないということなのだが、それも新人の作品の場合は当然のことであって、乱歩賞のような大きな新人賞を受賞することによって、その新人が将来一人前の作家として持てる才能をのばしてゆくことができるという可能性が期待されるところに楽しみがあるからこそ、たとえ小説的にはあまり面白くない作品であっても、一編が五〇〇枚近い長編を続けて読むことができるということである。
 今年は最終候補作として五編の作品が提出されたわけだが、その中から二編が受賞作に選出されたことは喜ばしいことであった。今年の作品で特に目立ったことは、コンピューターを重要な小道具として扱った小説が多かったことだが、現代の若者たちの興味、関心というものが、いかにコンピューターに向けられているかが窺われたことも興味深い。さて、受賞作の一つ「剣の道殺人事件」(鳥羽亮)は、主人公や重要人物が大学生の剣道部員であり、彼らの間で発生した事件が、人間ドラマとして巧みにできている点に何よりの良さがあった。剣道試合の最中に殺人事件が起こるという肝心なトリックにいささかムリがあっても(従って犯人も容易に推察できる)、そういうことはあまり気にならずに一種の青春小説として面白く読めるところに本編の何よりの魅力がある。乱歩賞作品にふさわしい「格」というものを感じさせる小説であった。
 もう一つの受賞作「フェニックスの弔鐘」(阿部陽一)は、読むのに苦労させられる小説である。外国の出来事を主題に描くこの手の小説を面白く読ませるには、もう一工夫も二工夫も必要だろう。本編には全く点を入れなかったので、それ以上付け加えることもない。受賞は逸したが、「ツール・ド・みちのくが狙われる」(広瀬光朗)で描かれた東北の自転車レースには、題材的に秀逸なものが感じられた。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第36回 江戸川乱歩賞   
『ツール・ド・みちのくが狙われる』 広瀬光朗
[ 候補 ]第36回 江戸川乱歩賞   
『200メガバイトを追え!』 梅原克哉
[ 候補 ]第36回 江戸川乱歩賞   
『代償』 真保裕一