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2020年 第73回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門

2020年 第73回 日本推理作家協会賞
長編および連作短編集部門受賞作

すわん

スワン

受賞者:呉勝浩(ごかつひろ)

受賞の言葉

 二十代のころ小説を書こうと思い立ち、悩むことなくミステリーを選びました。選んだというほどおおげさでもなく、ミステリー以外の選択肢がそもそも浮かばなかったのです。
 それから十年以上が経ち、なんとかデビューもできて、けれどミステリーを書く難しさはちっとも減らず、むしろ壁は年々高くなっているように感じます。毎回反省し、また挑戦し、自分の下手さに身もだえする。我ながら進歩のなさに呆れますが、下手は下手なりに、全力で体当たりする気持ちは捨てずにやってきました。
 今回の受賞は、無謀な体当たりの結果だと思っています。無駄じゃなかったと胸をなでおろす一方で、推理作家として認められたプレッシャーも感じています。現在、日々が困難な状況にあって、推理小説を書くとはどういうことなのか、考え、応えなければと、あらためて肝に銘じてもいます。
 選考委員の先生方をはじめ、賞の運営にかかわったみなさまに感謝申し上げます。ありがとうございました。

作家略歴
2018年『白い衝動』にて第20回大藪春彦賞を受賞
2020年『スワン』にて第41回吉川英治文学新人賞と第73回日本推理作家協会賞長編および連作短編集部門を受賞

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 第七十三回日本推理作家協会賞の選考は、二〇一九年一月一日より二〇一九年十二月三十一日までに刊行された長編と連作短編集および評論集などと、小説誌をはじめとする各紙誌や書籍にて発表された短編小説を対象に、昨年十二月よりそれぞれ予選を開始した。
 長編および連作短編集部門と短編部門では、例年通り各出版社からの候補作推薦制度を適用した。なお推薦枠を持たない出版社からの作品については、従来通り予選委員の推薦によって選考の対象とした。
 長編および連作短編集部門では出版社推薦と予選委員の推薦による六十九作品、短編部門では出版社推薦と予選委員推薦による五〇四作品、評論・研究部門では三十七作品をリストアップし、協会が委嘱した部門別の予選委員がこれらの推薦にあたり、各部門の候補作を決定した。
 本選考会は当初四月二十三日(木)の開催を予定していたが、新型コロナウイルス流行による緊急事態宣言を受け延期。七月九日(木)午後三時より集英社アネックスビルにて開催した。長編および連作短編集部門は、出席・大沢在昌、門井慶喜、書面選考・法月綸太郎、馳星周、薬丸岳、立会理事・北村薫。短編部門と評論・研究部門は、出席・垣根涼介、深水黎一郎、麻耶雄嵩、山前譲、書面選考・長岡弘樹、立会理事・月村了衛の選考委員により各部門ごとに選考が行われた。
 受賞作決定後、翌十日午後一時より道尾秀介事業担当理事司会のもと、ZOOMによるリモート記者会見が行われた。
立会理事による選考経過を京極夏彦代表理事が代読、受賞者の呉勝浩氏、矢樹純氏は集英社から、金承哲氏は自宅よりZOOM参加、喜びの言葉を語った。
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北村薫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 まず、『スワン』が熱量と密度において群を抜いているという評価を得た。伏線回収の快感が拒まれる点について、推理作家協会賞として妥当かは、予定調和的物語を避ける試みという声があった。語りの妙も含め優れた作と認め、協会賞と決した。
『マーダーズ』は息つく暇もなく快調に読ませる。しかしながら途中から、人物像、展開に強引なところが目立ちだしたのが残念だった。この作と『早朝始発の殺風景』を次点として推す委員もいた。『早朝始発――――』は、知的でまっとうな青春ミステリであり、これを自然体で書ける才能は貴重といわれた。
 だが、『スワン』との間に評点の差は大きく、二作授賞については、それぞれ難しいという結論になった。
『教室が、ひとりになるまで』は、ストーリーがよく練られ、伏線の回収に目をみはらされるが、一歩及ばなかった。
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選評

大沢在昌[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 逝去された藤田宜永氏にかわり、今回のみ選考に加わらせていただいた。
『早朝始発の殺風景』。どことなくふわふわとしているが、読みやすく情景の伝わる文章は、この作者の強みだろう。各エピソードも楽しく読めた。
 問題はエピローグの部分で、警察が発見できなかった犯人を、どうつきとめ(顔も見られずに)全治八ヶ月の怪我をどう負わせたのかの説明がない。暴力団並みの仕事であるし、「命に別状はない」とあるが、全治八ヶ月の大怪我がそうであるとは思えず、殺人未遂が適用されておかしくない。
 物語の横糸にはリアリティがあったのに、エピローグでそれを失ってしまったのは残念だ。
『教室が、ひとりになるまで』も青春ミステリに分類される作品だが、四人の「受取人」に与えられた〝超能力〟の実態がわかりにくく強引な印象をもった。同じ文面の遺書で〝自殺〟がつづけば、警察が捜査に乗りださない筈がない。犯人の超能力が、作者の都合で設定されたように思えたのも損をした。
 尚、ささいなことだが、「――このときの僕はまだ知らない」という文章には違和感をもった。未来断定はミステリにはそぐわない。
『マーダーズ』は、候補作中、最も先の読めない展開にわくわくさせられた。が、関係者の全容が見えてくるにつれ、主要登場人物すべてが、あまりに強い意志をもっていることに違和感を覚えた。清春がスーパーヒーロー化するのは受け入れられても、襲撃者の側も「悪の軍団」であるかのような意志と能力をもっている。しかもこのふたつの対立軸を生みだした益井と村尾が、ほとんど登場しない。
 実におもしろい設定だが、書き急いでしまったのか。惜しいと感じた。
『スワン』は、別の文学賞の選考においては強く推したが、日本推理作家協会賞の対象としてはどうだろうと思っていた。回収されていないか、されたとしても詰めの甘い伏線が多い。小説としては、イジメられた者によるイジメた者への赦しというテーマがあり、静かな感動を覚えたのだが、ミステリとしての完成度にはつながらない。が、他の選考委員すべてが推したのを知り、やはり高い評価をうける作品なのだと得心した。
 呉さん、おめでとうございます。
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門井慶喜[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 呉勝浩さん『スワン』を推しました。いまここで銃の乱射による無差別殺人が起きている、その現場をときに殺すほうから、ときに殺されるほうから念入りに描写して迫真性があります。まるで読者もそこに立っているかのよう。
 しかし私がいちばん感銘を受けたのは、この作品のテーマ自体でした。人間は未曾有の事態に対しては「反応」することしかできないのに、その反応の連続を、あとから論理で解釈することは可能なのか。
 可能だとしても、それは正義なのか。これはおよそ私たち作家には都合の悪すぎる疑問でした。なぜなら彼らが――我らが――が書く小説というものも、やはり通常、何かの事件を「あとから解釈する」ことで危うく成立しているからです。特にミステリの場合には。
 作者は主人公の女子高校生に、その疑問を担わせました。大人たちの押しつける、そうして自分自身でも編み出してしまう後付けのストーリーに可能なかぎり抵抗させました。ラストは甘いと感じる読者もいるかもしれませんが、少なくとも「人間はしょせんそんなもの」などという似非悲劇に逃げるよりは誠実な着地でしょう。すんなり受賞作と決まったことで、私は、選考委員であることの幸福を満喫しました。
 浅倉秋成さん『教室が、ひとりになるまで』もおもしろかった(以下結末にふれます)。これだけ超能力に依存するストーリーでありながら、ふつうに読むかぎり、謎ときの合理性にさほどの疑念を持たせない。これは高い筆力です。実際、私には、読んでいてかなり興奮する数ページもありました。
 ただ残念なのは「犯人」の檀優里です。その能力の正体がわからないうちは魅力的だった彼女が、わかったとたん、霧が晴れたように平凡な生徒になってしまいました。しかもその犯行の理由が、おきまりの、スクールカーストに対する反感と来ては万事休す。やや息ぎれの早いのが勿体ない気がしました。
 長浦京さん『マーダーズ』は、主人公三人の行動や心理がそろいもそろって「真相をあばく」というゴールに対して合目的的でありすぎます。ハンドルにあそびがない。作品全体から受ける窮屈な感じはそのへんに一因があるでしょう。描写に緩急がなく、等速度で謎が明らかになるのも惜しいところです。もっとも、事件に関する情報量に関しては他の候補作を圧倒していて、これには敬服しないわけにはいきません。すごい作品とは思いませんが、すごい作家だとは何度も思いました。
 青崎有吾さん『早朝始発の殺風景』は、もう好感しか持ちようがありません。ほどよい謎とき、ほどよい自虐、ほどよい憂鬱。それだけに「日常の謎」の読み味までもが少し日常的になりすぎたのが残念でした。好感以上の何かが欲しいというのは、私をふくめて、あらゆる読者のわがままなのです。
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法月綸太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回は新型コロナウイルスの影響で日程変更・書面参加という変則的な形で選考に臨むことになった。あらかじめ提出した書面での評価は『早朝始発の殺風景』『スワン』に○、『教室が、ひとりになるまで』『マーダーズ』に△を付けた。以下、それぞれのコメントの要約を記す。
 まず△の二作から。『教室が、ひとりになるまで』はスタンドバトル風の特殊ルール設定を駆使した学園ミステリ。犯人の正体を早めに割り、能力当てのハウダニットをメインの謎に据えたうえで、最終的に法で裁けない罪人の処遇を問うストーリーはよく練られていると思う。ただ犯人の能力の具体的な処理(幻影を見せている側と見せられている側の主観的ギャップ)に釈然としないところがあり、また能力を授受した少女二人の親友度が伝わってこない点に不満を覚えた。
『マーダーズ』は海外ドラマにも負けないストーリーテリングと濃いキャラクター、盛り沢山のネタを惜しみなく投入してグイグイ読ませる。断トツのスタートだったが、中盤あたりから漫画や連ドラの原案じみた粗っぽい書きぶりが目につき始め(小説としてのアドバンテージを失って)、場面場面の迫力を削いだ印象は否めない。「先生」の存在とカルト組織が暗躍する展開も既視感が拭えず、犯人側の設定が探偵トリオのポテンシャルを十二分に引き出しきれなかった憾みが残る。
 続いて○を付けた二作。『早朝始発の殺風景』は一幕物の会話劇を「日常の謎」推理譚に仕立てた連作短編集。どれもこぢんまりした世界ながら、人物の関係性と感情の動きを描写する文体の解像度は一頭地を抜く。長編候補作に比べると軽量級だとしても、こういう知的で真っ当な青春ミステリをふらつかずに自然体で書ける才能は貴重だと思う。
『スワン』は理不尽な悲劇にケリをつけるとはどういうことか、その困難さをシミュレートする思考実験のような野心作だった。お茶会でのやりとりから関係者の行動を再現していくプロセスは、中盤以降のどんでん返しの連続も含めて非常にスリリング。のみならず、犯人探しへの欲望を何重にも断ち切る展開といい、ジグソーパズル的なプロローグと伏線回収の快感を拒む解決の対比といい、予定調和的な物語の罠に囚われまいとする精一杯の抵抗が小説の奥行きを深くしている。
 特に関係者たちのささいでありふれた善意が全く救いにならないところ、むしろ救いのないことが救いであるような、突き放される感覚に現代ミステリとしてのカタルシスを覚えた。登場人物をモノ・記号として扱う本格ミステリの手法に擬態しながら、犯人という悪をカッコに入れ、事件に巻き込まれた個々人の弱さに責任転嫁しない「真相」のメカニズムをセッション的な編集作業(切り取りと継ぎはぎ)を通して再構築するという難業に挑んだことを評価したい。口頭の議論には参加できなかったが、選考会で本書への授賞が決まったのは満足のいく結果である。
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馳星周[ 会員名簿 ]選考経過を見る
『スワン』は登場人物の造形に不満を覚えた。しかし、昨今の出版状況を鑑みれば、これもいたしかたないのかもしれない。出版社は枚数が増えることを喜ぶまい。ならば、書き手はどこかで帳尻を合わせなければならないのだ。
 不満はあったが、次から次へとページをめくらせる手腕には感心した。ストーリーテラーとしての才はぬきんでたものがある。今回の候補作の中ではもっとも優れた作品である。
『マーダーズ』は、タイトルに引っかかった。『マーダラーズ』にすべきではないのか。大藪春彦賞を受賞した作品も、本文では『リヴォルヴァー』と表記されているのに、タイトルは『リボルバー・リリー』だったよなあ。
 それでも大藪賞受賞作は傑作だったので期待して読みはじめたのだが、肩すかしを食らわされた。読んでいる最中の興奮も、圧倒的な読後感もない。上手いことは上手いが、ただそれだけの作品にしか感じられなかった。
 これでは積極的に推す気にはなれない。
『早朝始発の殺風景』は、最初の一編に魅了された。とくに、ヒロインの造形が秀逸である。他の作品も佳品ぞろいだったが、受賞するには粒が小さすぎたように思う。
『教室が、ひとりになるまで』は設定や伏線の回収にいたるまでの謎解きには感心させられたが、登場人物たちが真犯人を殺そうとする理由にまったく納得がいかなかった。これは作品の肝とも言える部分で、ここに説得力がないとなると、つまりは失敗作ということである。
 今回の選考会は、新型コロナ禍で日程がずれ込み、わたし自身、北海道に滞在中に選考会が開かれることになって書面選考という形で臨まざるを得なかった。
 来年は何事もなく、他の選考委員と顔を合わせて議論を戦わせることができますように。
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薬丸岳[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回は新型コロナ禍の影響で、対面と書面を併せた変則的な選考会になりました。当初は対面での選考を予定していましたが、当日体調不良により議論に参加できなくなったことを、この場を借りてお詫びいたします。
『早朝始発の殺風景』――学生生活の日常にあるささやかな謎を描いた連作短編集で、ワンシチュエーションの中に謎と伏線を仕込む作風はおもしろく、普段はあまりこういうタイプの作品は読まないのですが個人的にはなかなか好きな世界観でした。ただ、中には「なるほど!」と膝を打つ作品もありましたが、全体的には展開される推理も真相も自分の想像を超えるものはなく、ミステリーとしては弱いと感じました。また、エピローグは蛇足ではないかと。あのような形でエピローグを入れるのであれば、殺風景たちがどのようにして相手を特定したのかが知りたかったです。
『マーダーズ』――見せ場も多く、エンターテインメントとして愉しめる作品ではありましたが、主要な登場人物の背景と警察組織の動きなどに自分はリアリティーを感じることができず、強く推すことができませんでした。また、序に登場するふたりの、そのシーンに至るまでの過程が描かれていなかったことも消化不良に感じました。
『教室が、ひとりになるまで』――ある高校にいる四人の超能力者によるミステリーで、中盤あたりまではどのような展開になるのだろうかと期待して読み進めました。ただ、殺人者が特定され、四人目の超能力者がわかったあたりから、展開に広がりがなくなっていくのを感じ、クライマックスからラストにかけてはどうにも釈然としない思いを抱きました。主人公や殺人者や自殺してしまった生徒が学園内で感じていた閉塞感や息苦しさはまったくわからないでもない。ただ、殺人者は特にこれといって悪いことをしていない三人の命を奪っている。超能力を使って行った殺人だから司法の手には委ねることはできない。でも、殺人者にあの言葉を言わせるだけで解決させて本当によかったのだろうか。このような状況の中、どのような形で殺人者に自分の犯した罪にきちんと向き合わせていくのか、作者としてもっと突っ込んで考えてみてほしかったです。
『スワン』――不思議な魅力のある作品でした。主人公を含めて主要な登場人物のほとんどが終盤まで隠し事をしているので、もどかしさを募らせながら読み進めました。主要な謎として提示されていた老女の行動の真相についてはいささか拍子抜けするものであったし、主人公が最後まで隠し続けていた事柄も途中から想像ができてしまい、驚きはなかった。ただそれでもこの作品に惹きつけられた。それはひとえに『被害者が抱く罪』や『傍観者の悪意』など、作者がこの作品の中で訴えたいことを徹底的に追求したからではないだろうか。テーマの熱量と密度は候補作中随一だと感じました。呉さん、受賞おめでとうございます。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第73回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門  
『早朝始発の殺風景』 青崎有吾
[ 候補 ]第73回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門  
『教室が、ひとりになるまで』 浅倉秋成
[ 候補 ]第73回 日本推理作家協会賞 長編および連作短編集部門  
『マーダーズ』 長浦京