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1963年 第9回 江戸川乱歩賞

1963年 第9回 江戸川乱歩賞
受賞作

こどくなあすふぁると

孤独なアスファルト

受賞者:藤村正太(ふじむらしょうた)

受賞の言葉

   受賞のことば

 このたびの江戸川乱歩賞受賞にさいしましては、多くの会員の方々からご祝詞を頂き、まことに有難うございました。この欄をかりて、厚くお礼申し上げます。

 さて、いままでなんの肩書もない私だったので、乱歩賞はほんとにほしい賞だった。だが、長らく小説から遠ざかっていたし、受賞する自信は全くなかった。それだけに、候補作三篇のうちに入ったと知らされてからのほうが、血圧があがる思いだった。予め諦めておくよう自分の心に言い聞かせる反面、ひょっとしたら、とも想像する。辛い一ヶ月だった。
 もともと無神論者のはずの私だが、つい、かつぎたくもなったりした。九という数字もそのひとつである。今回の乱歩賞は第九回。私が一月九日生れの、当年三十九才。旧高校の合格受験番号が一〇一九番で、多前の正太の劃数が合計九で・・・。それがツイたのかどうか分からないが、足せばやはり九になる七月二日のよる、決定の電話をいたゞいた。電話口で私はポーッとなり、家内は涙ぐみ、四才の子供は訳も分からないまゝに、パパがよかった、パパがよかったと家のなかじゅう飛び跳ねた。
 おもえば、長いあいだ廻り道をしたような気もするが、それをのりこえて頑張れたのは、ひとえに先輩友人諸兄のお蔭である。とくに、鮎川さん、土屋さん、山村さんの激励がなかったら、今日の喜びはなかった。
 いま推理小説は、ブームを維持しながらもいろいろなことが言われているが、私は次の三つを柱にして精進してゆきたい。一つは、社会をふまえた本格物。一つは、推理ロマン。さいごに、日本的なハードボイルドである。
 社会派か本格派かということがよくいわれるが、そのような区別はあまり意味がないのではないか。これからの推理小説が、社会に根ざしたものでなければならぬことは当然であり、推理小説である以上、推理小説らしいものでなければならぬことも勿論だからだ。
 また、推理ロマンもますます書かねばなるまい。十九世紀の小説の傑作は、その殆んどが姦通小説である。それは、姦通が人生最大のスリルだったからであろう。最もスリリングなテーマに傑作が多いとすれば、今世紀はそれに殺人を加えた推理小説に傑作がうまれるべきだと考えるのは、我田引水にすぎようか。
 また、現代のテレビ的なテンポにつれて、スピードのあるハードボイルドが主流の一つになるであろうことは、アメリカの例をみても必然的だとおもわれる。たゞ、それをどうやって日本の風土になじませるかが、最大の問題ではあるが。
 とまれ、受賞のよろこびをさらに決意にまでたかめて、じっくりこれらのテーマに取り組んでゆきたい。諸兄のご指導ご鞭撻をお願いする次第です。

作家略歴
1924~1977
ソウル生れ。東京大学卒。
一九四九年、川島郁夫名義の「黄色の輪」で「宝石」百万円懸賞に入選。その後ラジオやテレビの脚本を主に手掛けたが、六三年、藤村名義の「孤独なアスファルト」で江戸川乱歩賞を受賞した。つづいて、「外事局第五課」「コンピューター殺人事件」「脱サラリーマン殺人事件」「特命社員殺人事件」と長編を発表、アリバイくずしを中心とした本格推理が多い。「大三元殺人事件」ほか麻雀推理も特徴的。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 昭和三十八年度第九回江戸川乱歩賞は、昨年より一月早く三月末日に原稿募集を締切ったが、応募総数は百六十八篇に達し、乱歩賞始って以来最高を記録した。
 例年の通り、阿部主計、黒部竜二、氷川瓏、村山徳五郎、渡辺剣次の五予選委員が手分けをして通読した上、各委員それぞれ数篇の推薦作を持ちより、六月一目、予選委員会を聞き、江戸川乱歩も出席して、推薦作全部を詳細に検討した結果、左の三篇を候補作品と決定した。

 斎藤栄「愛と血の復活」
 朝倉三郎「妻よねむれ」
 藤村正太「孤独なアスファルト」

 これをわれわれ選考委員が回読して、七月二日、最後の選考委員会を開いた。長沼委員は所用のため出席できなかったが、詳しい批評と、採点表を提出されたので、荒、江戸川、大下、木々の四委員は、それを参照しながら選考を行った。選考の経過、各委員の選評などは、「宝石」九月号に詳記したので、ここでは概略をしるすにとどめる。候補作三篇とも、誰かが第一席に推していたが、各作品の採点を合計すると左の順位になった。括弧内はその作品を第一席に推した委員名である。

 「孤独なアスファルト」(江戸川、大下、木々)
 「妻よねむれ」(長沼)
 「愛と血の復活」(荒)

 「孤独なアスファルト」は、これを第一席に推さなかった委員二人もわずかの差で第二席としており、合計点では他の二篇を大きく引き離していた。この結果、「孤独なアスファルト」を今年度の当選作とすることに満場一致で決定したのである。
 藤村氏の略歴については、この本の奥付を見ていただきたいが、この作品は、題名から想像されるように、東京という大都会に住む人間の孤独ということをテーマに、社会派的な味を持たせた本格推理小説である。東北の片田舎から東京へ出て来た少年の孤独さがよく出ており、プロットもうまくできている。殊にトリックは出色である。
 一見平凡な作風ではあるが、作家歴十数年の積み重ねに裏付けられて重厚な作品となっている。
 数年間の療養生活にも挫けず、今日の栄冠をかちとった藤村氏の努力に敬意を表するとともに、今後の精進を祈るものである。
 なお今年度から、江戸川乱歩賞は、新しく発足した社団法人「日本推理作家協会」の事業の一つとなったが、募集、選考等に関しては、従来と全く変りないことを付記しておく。
 昭和三十八年八月
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選評

荒正人選考経過を見る
「孤独のアスファルト」について

 今年の江戸川乱歩賞の候補作品の水準は余り高いとはいえない。私が読んだ三篇についても、誤字が多いし、素材は平凡だし、人物や状況の描き方なども個性に乏しい。そのなかで、藤村正太の「孤独のアスファルト」は幾らかましな出来栄えであった。本格ものに仕上げようとして、地味な努力をしている点が買われたのである。
 だが、欠点を言えば、本格ものとしては、水っぽい感じがする。どうも少し喰い足りない。映画やテレビの脚本なら、演技や画面で補うことができる。だが、小説となると、活字だけが頼りである。文章には努力を傾けてほしい。――この作品は、社会的な味と風俗的な味を兼ねている点が長所だが、探偵小説は、何もそんなに欲ばる必要はない。普通の小説とは初めから、性格を異にしているのだから、脇見をしないで、探偵小説に徹してほしい。
 探偵小説も少し行き詰まってきている。社会派が、探偵小説の読者を拡げた功績はむろん大きい。だが、現在では、功罪を選り分ける時期にきていると思う。社会派は、探偵小説の特色を薄めて、普通の小説との区別を忘れてしまった。これでは困る。もう一度、探偵小説の本質を強調しなければならぬ。
 私は、探偵小説の本質は、謎解きの面白さに尽きると思っている。本格ものは、謎解きを骨組とする探偵小説である。社会派の後には必ず、謎解き本格ものが復活すると思っている。藤村正太が、この使命をはたすかどうかは、本人の志にかかっている。
 探偵小説の流行の波が退いた時、何人が残るか、少し心細い。だが、この作家には最後まで、探偵小説を書き続けて貰いたい。
(「日本推理作家協会会報」一九六三年七月号)
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江戸川乱歩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ぼくはこれが一番いいんだから、七十五点以上、八十点まではやってもいいと思ってますがね。一番いいのです。
 トリックもいろいろ考えてるし、文章もよろしいが、なぜか感銘がうすいですね。これも作者が個性を余り出していない、そういう意味のオリジナリティが少いからでしょう。
 しかしさっき大下君の言われたように、気温のトリックは面白い。創意がありますね。
 それからトリックの中で、二つほど納得のできないものがあるんです。それを話してみます。もし私の指摘がまちがっていなかったら、作者にも話して、おかしくないように直してもらおうと思います。(以下トリックの話は種あかしになることをさけて、速記を数十行抹消した)そういうトリックの欠点をなおさなければならないけれども、三篇のうちでは、一番よく書けていると思います。
 ぼくはこれを入選にしたいと思います。
(「宝石」一九六三年九月号座談会より抜粋)
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大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
この妙な一致

 今年の乱歩賞作品選考では、最後に三つの作品が残り、その作品についての評価が、乱歩さんと私と、たいそう一致したのにおどろいた。昨年はそれが少々狂った。私が最高点をつけたものは、乱歩だけでなく、他の選者からも、ほとんど問題にされなかった。(その作品は今年になって出版され好評である)今年は、順位においても、その内容一つ批判も、奇妙なくらいに一致したのであった。
 なぜ奇妙というのか。
 ほんとうは一致しないのが当然だ、と私が考えていたからである。「赤毛のレッドメイン」を乱歩が激賞し、私にそれを読ませたとき、私がそんなにはそれをほめなかったので、乱歩が少々機嫌を悪くしたことをおぼえている。いまの私は、あの小説をもっとほめることができるだろうが、その頃の私は、トリック一辺倒の小説に反感をもっていたので、自然乱歩の機嫌を損ねることになったのだがそれ以来二人の好みがかなり違うものだとわかっているから、作品一の評価は自然に違ってくるはずだったのである。
 ところが今度は一致してしまった。
 ということは、入賞作が両者の好みをどちらもある程度充している、ということの証明になるのだろう。つまり、トリックもかなり綿密に考えてあるし、社会派とはいわないまでも、リアリティを踏まえている。困難な道を作者は切り開いて書いたのだ。
 他の作品で、私が小説以前のものだ、と酷評したのもある。が、それを第一に押した選者もあるくらいで、もしあの作品が、もちょっと文章がうまく、作中人物の行動やトリックに、もう少し矛盾がなかったなら、あるいはあの作品の方が入賞したのではないか、と私は思っている。酷評しながら、惜しいな、と感じた。酷評されたことで腹を立てずに、時をおいて考えたら、その作者もきっとわかってくれるだろう、と私は期待している。
(「日本推理作家協会会報」一九六三年七月号)
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木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
乱歩賞作品をよむ

 今度は候補作として予選を通ったのが三篇と聞いて、これは読むのにも楽だと思ったが第一にまわって来た「妻よねむれ」(朝倉三郎)をよむのには苦労した。
 何故苦労したのであろう。それは文章のすすめ方が、スジを追うのにくるしむようなすすめ方だったと思う。
 然し、この作を第一に推した人もあるのだから、私は苦しかったといって、いい点を出さなかったのは気の毒だったと思う。
 第二作「愛と血の復活」(斎藤栄)は、まずよい。特に最後のトリックは、実行してみると出来るであろう。これは書き方によってはもっと重大な使い方が出来よう。
 但しこの人はいろいろなトリックを、それからそれへと書きながして、結局は何一つ最も重大なトリックに集中させることをしなかった。その点は、いらぬ小さいトリックをすててしまい、重大な一つか二つのトリックを中心にした方がよい。
 この作は二つにも三つにもかける。
 第三作品、それは「孤独のアスファルト」(藤村正太)で、私は結局この作品を一等にした。
 これは地味であるが、一つのトリックを重大にとり扱っている。(東京中央と近郊の温度差)それに集中して、楽によめるし感銘も又つよい。
 現在横行している推理小説が、すぐに男女関係が出来たり、意味なき情痴描写に走っているのを、よろしくないと考えていたので、この作に一つもそういうところがなくて、ひたすらに推理でおしているのに好感をもった。
(「日本推理作家協会会報」一九六三年七月号)
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長沼弘毅[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 十分努力賞に値する作品である。マンモス都市東京に出てきた田舎者のコムプレックス、学歴と就職上のハンディキャップ、大企業と中小企業の勢力の相違、おなじ会社内の派閥争い、都内と都下との間の気温の違い、それを利用した知能的な犯罪、都下警察の警部と警視庁の警部との感情的な非協力、克明に足で歩く来宮警部の努力、都内と都下の新聞の版数の違い、交通事故、父子の情、コムプレックス嵩じて怨恨となる経過、道具建ては揃いすぎている。初心の作家としては大したものである。が、特に注意しなければならないのは、主役来宮警部の着想に、唐突なところがありすぎるという点である。「おもわず、はっとした」、「ふと気のついたこと」、「突然はっとした」、「あっとおもった」、「そのとき……突然あ-とおもった」というような個所を指摘すれば、作者は気がつくだろう。また田代の抱いているコムプレックスには、もう一段と根拠のある迫力が欲しかった。稲垣の動きに、もう少し照明を当てておくのがフェア・プレイである。さらにその息子の俊明の描写が、ほとんどネグられた感じなのも頂けない。秋本の死体の前歯が一本欠けていたと書いたら、その前歯に何か真味を持たせないと、いけません。手袋を犬が拾って来たなどというのは、探偵の努力を抹殺する偶然事で、こういう偶然事を持ち出すのも、よろしくない。いささか、同情のないことをいったが、作品のバックに流れている大きなうねりのようなものが、よくきいている。これで、もう少し苅り込みができ、コンポジション上の欠点をしらみつぶしに克服していったら、かなりの作家にのしあがる可能性がある人である。とにかく努力賞。八十点。
(「宝石」一九六三年九月号座談会より抜粋)
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立会理事

選考委員

候補作

[ 候補 ]第9回 江戸川乱歩賞   
『愛と血の復活』 斎藤栄
[ 候補 ]第9回 江戸川乱歩賞   
『妻よねむれ』 朝倉三郎