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1964年 第10回 江戸川乱歩賞

1964年 第10回 江戸川乱歩賞
受賞作

ありのきのしたで

蟻の木の下で

受賞者:西東登(さいとうのぼる)

受賞の言葉

   受賞のことば

 中学生の頃、探偵小説を読み耽った時代があります。新青年は毎号欠かしませんでしたし、江戸川乱歩、大下宇陀児、木々高太郎、横溝正史、甲賀三郎、小栗虫太郎、海野十三、等高名な作家の作品は殆んど読みあさった記憶があります。戦後は、まるでエベレストのような巨峰松本清張氏が現われ、片ッ端から読みました。続いて水上勉、多岐川恭、笹沢左保、土屋隆夫、仁木悦子、佐野洋、樹下太郎、日影丈吉、新章文子、河野典生、結城昌治、鮎川哲也氏等の絢爛たる作品に接する悦びを得ました。そして三十年も昔の、探偵小説気違いが頭を抬げ始めたのです。私にだって、一篇ぐらいは、人に見られて恥かしくないものを書けないものだろうか?文学、小説というものを勉強したことのない人間にはとても無理な仕事なのだろうか?二十年以上も月給取りの生活でナマった頭ではダメだろうか?ええい!何事もやってみなければ出来るか出来ないか判るものか!私はある日一念発起し、原稿用紙に向かったのでした。私は幸運だったのです。私は昔から悪運の強いところがあります。小さい時は何度も死病にとりつかれ乍ら生きて来ましたし、戦争では何度も死地に踏み込んでは脱出しました。今度の受賞でも、六人の審査の先生方が真二ツ、三人ずつ、雄谷氏の『夜の審判』と評価が分れたのだと後に伺いました。僅かの差で私の方が選ばれたのだということでした。
 だから、これはもう運が良かったのだと思うほかはありません。文学を語る友もなく、孤りコツコツとやった仕事だけに、嬉しさは一層大きなものでありました。私はこの紙上をかりて、審査の諸先生方に、厚く厚く御礼を申上げます。それと共に、この受賞を一時のものとせず、今後奮励努力、精進を重ね、先生方の御期待に添う積りでおります。それが、どこまで続くか、全く未知数な人間ではありますが・・・。

作家略歴
1917~1980
東京生れ。北京大学経済学部研究科修了。
キネマ旬報記者などを経て、PR映画製作に携わる。一九六四年、「蟻の木の下で」で江戸川乱歩賞を受賞。「熱砂の渇き」「鶯はなぜ死んだか」「一匹の小さな蟲」「クロコダイルの涙」など、動物や昆虫を生かした作品が特徴的。私立探偵毛呂の活躍する本格長編に「深大寺殺人事件」「ホステス殺人事件」「狂気殺人事件」「殺人名画」がある。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 江戸川乱歩賞も本年をもって第十回を数えることになった、書きおろしの長篇募集に改めてから八回目であるが、三月末日の締切りまでに百五十八篇の応募作品を得た。
 例年のように、阿部主計、黒部龍二、氷川瓏、村山徳五郎、渡辺剣次の五予選委員が分担して通読した。五月三十日、予選委員会を開き、本年度から新たに選考委員に加わった中島河太郎が病中の江戸川乱歩に代って出席し、予選委員の推薦作を検討した結果、辛うじて下の四篇が候補作品として残された。

 伏見丘太郎「未亡人の見積書」
 雄谷 鶏一「夜の審判」
 加津 珊「茶木良介の即興的な犯罪」
 西東 登「蟻の木の下で」

 これらをわれわれ選考委員が回読し、七月四日、療養中の江戸川が病をおして通読したが外出不自由のため、選考委員会は江戸川邸で開かれた。
 各委員とも「未亡人の見積書」と「茶木良介の即興的な犯罪」を落すことには一致したが、第一席に推したものが二つに分れた。「夜の審判」を採ったのが江戸川、大下、中島の三委員であり、「蟻の木の下で」を選んだのが荒、木々、長沼の三委員であった。やむを得ず点数で表示したところ、この両作に対する木々委員の評価に開きがあったので、「蟻の木の下で」を当選作にすることに決定した。
 各委員の選後評は「小説現代」九月号に掲げられており、入選者西東登氏の略歴も同誌並びに本書の奥付に掲せてある。
 本篇は従来の謎解きの手法を踏まえた上に、戦争犯罪の痕跡を投影させている。異色のある戦場舞台の描写に迫力があるし、題名の由来する蟻の木は奇妙な恐怖感をそそる。単に過去の謎の究明にとどまらず、現実への結びつきにも工夫がこらされており、意欲作に乏しかった今回の応募作中、出色のものといえよう。
 本賞も十年を経て、わが推理小説界に寄与するところ、すくなくなかったと信ずる。この成果が一層高められるよう。刮目すべき新人の登場を切に期待したい。
 昭和三十九年七月
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選評

荒正人選考経過を見る
 予選に残った候補作品四篇のなかで、伏見丘太郎「未亡人の見積書」と加津珊「茶木良介の即興的な犯罪」は最初におとされた。選考委員たちの意見も一致した。作者は、小説についても、探偵小説についても、根本的に考えなおしたほうがよい。応募する以上、これまでの入選作ぐらいは全部眼を通して、勉強しておかねばなるまい。
 雄谷鶏一「夜の審判」と西東登「蟻の木の下で」の二篇が残ったわけだが、私は後者を推した。前者も多少新味があったが、まだ未完成品である。後者も書き直すことを条件に、入選ということにやっと決定した次第である。だが、実をいえば、積極的にこの一篇を推さなければならぬ理由を発見するのに苦労した。作者の精進を望みたい。
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江戸川乱歩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 わたしは病気のため、候補作四篇を読む気力がなかったので、「夜の審判」と「蟻の木の下で」だけを読んだ。仮りに点をつければ、前者は七十点、後者は六十点である。両作とも怪奇な場面をいくつかとり入れて、その魅力で読ませるという作風だが、その怪奇場面だけでいえば、「夜の審判」の方がおもしろい。煙突の上の高所恐怖症や、警官に包囲された中での出産の細叙など非常に特徴がある。だが文章がおかしい。これに比べて「蟻の木の下で」の怪奇場面は、「夜の審判」ほど細叙的ではないが、「蟻の木の下で」の奇妙な恐怖に魅力があるし、動物園に倒れている熊の爪あとのある死体もおもしろい。文章がことさら優れているというほどではないが、欠点の少ない達意の文章である。「夜の審判」を推す委員、「蟻の木の下で」を推す委員、相半ばしたが、点数など調べてみると、「蟻の木の下で」の方がやや高点であり、委員一同この作を入選させることに同意した。わたしは「夜の審判」に高点をつけたが、どうしても入選させたいほどの熱もなく、多数決にしたがったのである。
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大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作四作品のうち「未亡人の見積書」と「茶木良介の即興的な犯罪」を、まず私は落とした。残る二作品のうち「夜の審判」の方が、「蟻の木の下で」よりは、私には読み易く、おもしろく、従って私は前者を推したわけであるが、点数で現わすとなると、二作品の差は極めて僅少であり、他面選考委員のうちには「夜の審判」を最下位におくというようなこともあって、結局は「蟻の木の下で」が受賞作ときまったわけである。
 「蟻の木の下で」は本格的な味がある程度持ちこまれている。また戦争や海外貿易や新興宗教や、たくさん材料を積み重ねてある。その積み重ねに、作者がふりまわされた感がないでもなく、しかしその意欲と苦心は十分に認めるべきであろう。「夜の審判」についてはいいたいこともあるが、ここには省略する。
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木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 江戸川乱歩賞はあくまでも江戸川乱歩賞であって、木々高太郎賞でもなければ、松本清張賞でもない。そういう意味で、私の如きものも、この賞に対しては、自分の好みだけでえらぶのではなく、真の推理小説(探偵小説)を求める気持で当っている。
 荒正人がいうように、この伝統をくずすのはよくない。
 さて、私は「蟻の木の下で」に最高点を与え、「夜の審判」に最下点を出した。それは読み終って、一方はすっきり筋が通っている。推理小説をよんだあとの、あの割り切った感じが、ともかくあるからで、後者は、その点、すっきりしない。
 「未亡人の見積書」と「茶木良介の即興的な犯罪」では、前者は常識的すぎ、後者は文学にしようという臭みが抜けない。いったいに今年は少しおちたようだ。来年は勢いをもっと重来して欲しい。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作を通読した限りでは、概して低調であった。推理小説界に新風を吹きこむほどの意欲に欠けている。
 雄谷氏の「夜の審判」には捨てがたい味があった。サスペンスを盛りあげようとして、描写に均衡を失ったのが惜しく、人間性の把握を狙った点に特色があった。
 それに比して西東氏の「蟻の木の下で」は、従来の謎解きの手法を踏まえた上に、戦争犯罪の傷痕を投影させている。異色のある背景が効果をあげているし、現実への結びつきにも工夫がこらされている。意欲作に乏しかった今回の応募作中、この一篇を得たことを喜び、一層の精進を期待したい。
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長沼弘毅[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「蟻の木の下で」(西東登)――全篇を通じて一種の色彩感が流れており、南方戦場の場面も、かなり克明に描かれて迫真感がある。ことに、「蟻の木」という奇怪な木の色の変色を二枚のスライドでとらえるところなど、現地を知らない人間には書けない。人喰い蟻の大群の描写などは出色である。だが、かなり傷の深い欠点を持っている。
 冒頭に「熊の殺人」らしきものを持ち出しているが、「熊」の爪とかそれについているはずの血痕とかの鑑識をおろそかにしているのは、お粗末すぎる。とにかく「熊」にこだわりすぎて失敗している。
 新興宗教団体が出て来るが、これはもう少し、事実の究明をしてかかること。また、貿易実務上のクレームの問題などは、あまりそらぞらしいと、具眼の士に笑われる。正式発表の際には少し手を入れること。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第10回 江戸川乱歩賞   
『茶木良介の即興的な犯罪』 加津珊
[ 候補 ]第10回 江戸川乱歩賞   
『未亡人の見積書』 伏見丘太郎
[ 候補 ]第10回 江戸川乱歩賞   
『夜の審判』 雄谷鶏一