一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
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1995年 第41回 江戸川乱歩賞

1995年 第41回 江戸川乱歩賞
受賞作

てろりすとのぱらそる

テロリストのパラソル

受賞者:藤原伊織(ふじわらいおり)

受賞の言葉

 いつまでたっても自分を卒業できないのね。歳上の友人から、そんなふうにいわれたことがある。私が二十代のころの話だ。この人物批評は、未熟さのなかで宙ぶらりん、いつだって中途半端なまま、といった程度の意味だろう。たぶん彼女はそのとき、私の軽薄さの印象を率直に口にしただけのことなのだ。しかしその指摘は、以後については実に正確な予言だった。最近、ときおりそう思う。この歳になって、大人の自覚をいまだ持てない。
 成熟と無縁の世界で歳を重ねてきた。なくしたものは数知れず。学んだことは数えるほどもない。つまり、私はいいかげんな人間ということにつきるらしい。といったところで、これまでのあれこれを悔やんでも疲れるだけである。へんな例だが、たとえば私は一度も選挙権を行使したことがない。これからもないだろう。別に自慢することでもなく、恥とも思わないが、私はそのような未熟さとともにいまもいる。その理由は今回、賞をいただいた作品の内容で理解していだけるかと思う。
 ひと言断わっておくが、私と同じ時代を生きのびた友人たち、そうすることなく去っていった友人たちのなかに、この世界に登場するモデルはいない。だが、彼らとの経験の共有がなければこの作品は生まれなかったろう。そのみんなに感謝の言葉をおくりたい。
 ありがとう。

作家略歴
1948.2.17~2007.5.17
1948年、大阪生まれ。東京大学仏文卒。

職歴:
(株)電通を2002年退社。

筆歴:
85年『ダックスフントのワープ』で、すばる文学賞。
95年『テロリストのパラソル』で江戸川乱歩賞、翌年同作品で直木賞を受賞。
いまのところの代表作は、『てのひらの闇』か『雪が降る』

趣味、特技は、ともに麻雀と株で大損すること。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数二九一篇が集まり、予選委員(香山二三郎、郷原宏、関口苑生、松原智恵、山前譲、結城信孝の六氏)により最終的に左記の候補作五篇が選出された。
<候補作>
 ヒポクラテスの柩   ヘンリー川邊
 あなたに夢印      小林 仁美
 北緯35度の灼熱    野沢  尚
 流石          渡辺 牡丹
 テロリストのパラソル  藤原 伊織   
 この五篇を六月二十七日(火)「福田家」において、選考委員・阿刀田高、井沢元彦、北方謙三、高橋克彦、西木正明の五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、藤原伊織氏の「テロリストのパラソル」に決定。授賞式は九月二十五日(月)午後六時より帝国ホテルにて行われる。
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選評

阿刀田高[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 力作ぞろいという感想は、これまでにも何度かあったが、今回はどの作品にも“プロの作家になろう”という迫力がみなぎっていて、圧倒された。五篇のうち三篇までが他の新人賞をすでに獲得している方々の作品である。残りのお一人はシナリオ・ライターとして充分な実績をお持ちの方である。力作ぞろいは当然であり、その意味でうれしく、つらい選考であった。
「ヒポクラテスの柩」は、病院と銀行に設けられたコンピュータ・システムをめぐって、善と悪とがどう戦いあうか、そのくだりは滅法おもしろいが、そこで終わってしまっている。急に犯人が特定されてしまうのもミステリーとしてもの足りないし、人物や情景の描写も少し甘かった。
「あなたに夢印」と「流石」は、印象の似通った作品である。トリックに趣向をめぐらし、複雑なものとし、一応の整合性を保っている。ここではあえて明かさないが、それぞれが創案した隠し玉のようなトリックは、なかなかのものである。ミステリーは、新しいトリックを一つ創造するだけで、一仕事なのだから、この点はおおいに評価されるべきだろう。にもかかわらず、入選とならなかったのは、やはり人物描写の不足であろうか。
 ――人間、こんなことまでやるだろうか――
 トリックの意外性を評価しながらも、この懸念が宿ってしまう。そういう点で読み手を説得するリアリティが足りなかった。私としては「流石」のほうがやや上位。入選の水準には達していると思った。
「北緯35度の灼熱」と「テロリストのパラソル」はハードボイルドに分類されるものである。前者は個性的な(むしろワルと言ってよい)刑事を登場させ、これがうまい。群衆の熱気も感じられ私はよい作品と思ったが、他の委員の指摘を聞けば、たしかに弱点も多い。捲土重来を期待したい。授賞作は、なによりも文章がよい。“人が歩き電車が走り犬が吠く”といった普通のことを書いても味がある。まちがいなくプロの手と思った。
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井沢元彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回は粒揃いでレベルが高かった。
「北緯35度の灼熱」この作者は題材の選び方を誤った。話が乱歩賞向きでない、というのではない。映像にするならともかく小説では、このような話に読者を引きつけるためには、高度な文章表現力が必要である。新人にしてみれば最も難しい技を使わねばならないのだ。私はこの人のシナリオ作品を何本か見ているが、むしろ構成力を生かした作品で勝負すべきではなかっただろうか。
「ヒポクラテスの柩」この作品は非情に惜しいと思う。ミステリーとしての骨組みはしっかりしているが、肉付けの部分がよくない。文章、人物の描き分け、といった小説としての基本がまだできていない。「小説」というものの表現形態に慣れれば、作品として格段に優れたものになるはずである。
「あなたに夢印」こちらは「ヒポクラテスの柩」とは逆に小説には一応なっている。ただミステリーとしては、主人公が犯罪に加担する動機の部分が弱過ぎる。現実には、こういうことはよくあることかもしれない。しかし、ミステリーではそれを読者に納得させる「仕掛け」が必要なのだ。そこが恋愛小説とミステリーとの違いである。
「流石」全体として非常によくまとまっているし、特に「誘拐」の方法はアイデアとして非常に素晴らしい。しかし、全体として人物の存在感が希薄なことと、話にめりはりがない。そこが大きな弱点だ。
 これに対して「テロリストのパラソル」は何よりも主人公やそれを取り巻く人間たちが極めて魅力的であり、話の中に読者を一気に引き込む強さがあった。文章も会話も申し分ない。ただ一つだけ難をいえば、事件の鍵を握る日系人はもっと早く登場させるべきだろう。すべての作品に共通する欠点は、複線の張り方が下手だ、ということである。今回で私の任務は終わるが、最後に満足のいく作品を賞に推せたことを感謝したいと思う。
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北方謙三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作の水準は高かった。こういう時の選考委員は、幸福である。
『北緯35度の灼熱』は、全体に劇画タッチであるのが気になった。脚本でしか使われない用語が描写の中に入っているのもいただけない。技術力はあるし熱気も充分なので、あとは人をどう見据えていくかだろう。
『ヒポクラテスの柩』は、登場人物の顔が見えてこないというのが最大の欠点だった。物語が急転直下していくところが、コンピュータの精緻な描写と較べると、いかにも安直すぎるのである。コンピュータを排除した小説で腕を磨いたらどうだろう、と思う。
『あなたに夢印』は、ひとりの人間を殺すのに手がこみすぎていて、結局面倒臭い小説になってしまった。ひと目惚れが、行動のひとつの動機として出てくる。現実にはあることでも、小説に書いてしまうとリアリティを失うということがある。この作者の勉強のしどころは、このあたりにあると思った。
『流石』は、綿密に考えられた小説だった。ただ、内容の深刻さと文体が、どこかなじんでいないと感じた。さまざまなものを輻輳させて書いていくのはいいが、事件の終結にむかって収斂していく圧倒的な臨場感を、逆に失う結果になったと思う。調べたことを、注ぎこみすぎるのも問題だ。彫刻刀の技だけでなく、大鉈を持つ腕力を養ってほしい。
 受賞作は秀逸だった。全編に漂う、暗く沈んだモノトーンは、並みの力量で出せるものではないと思った。最後の会話でかなりの整合性がつめられるなど、気になる点はいくつかあったが、小さな傷である。いい受賞作を出せた。今後のこの作者の問題点は、どれぐらいの量をこなせるかということだろう。書き続ける過程で、小さな欠点など克服できるものである。渾身の作品を鶴首したい。
 候補作五本は、いずれも単行本で書店に並んでいてもおかしくない出来である。この賞の水準はあがった、としみじみ思った。
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高橋克彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作として届けられた分厚い原稿の山を前にして私はしばらく手を伸ばしかねていた。同時に添えられていた候補者の華々しい履歴に圧倒されていたのだ。プロとして立派な業績を果たしてこられた人たちばかりである。これらの作品の優劣を定めることは、こちらの目をも試される結果となる。覚悟を決めたのは選考会の十日前辺りからだったろうか。その段階でもどれから読むべきか迷った。最初の作品がどうしても基準点となる。悩んだ末に『ヒポクラテスの柩』を手にした。面白い。手に汗握る緊張の連続である。これに決まりだ、と早や一作目にして私は頷いていた。後半のトーンダウンも、これだけ風呂敷を広げてしまえば、ある程度仕方がない。いくら乱歩賞のレベルが高いと言っても、この作品を遥かに凌駕するものはないはずだ、と思いつつ二作目を手にした。冷や汗が流れた。タイプは違うけれど仕掛けが抜群だった。それからは地獄である。優劣の判断をつけかねる作品が続く。なんだか永遠に決着のつかない棒高跳びの試合を見ているような気分だ。そして最後に手に取ったのが『テロリストのパラソル』だった。三十枚ほど読んだ時点で私は選考していることを忘れた。ただひたすら物語に没頭した。主人公の造型といい、文章のゆるぎなさといい、構成の妙といい、どれを取っても完璧である。苦い青春の憎悪と哀しみと愛がひとつ鍋の中でぐつぐつと煮えたぎっている。エンディングの優しさには不覚にも声を上げて泣いてしまった。これは乱歩賞の冠を外しても掛け値のない傑作としてミステリー史上に名を残す作品だと確信した。意気込んで選考会に臨んだ。満場一致で授賞がきまった。満場一致は本当に久々のことだと聞かされた。そういう瞬間に立ち会えたことを私の方で感謝したい。
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西木正明[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回最終選考に残った作品のリストを見て驚いた。五篇のうち三篇までがすでに名のある新人文学賞を受賞した作者の手になる作品だった。
 だからというわけではないが、例年になくレベルの高い作品が顔をそろえた。小説の賞を受賞するためには、実力プラス多少の運が必要だが、そういう意味では、今年の応募者の大半は不運だったということも言えよう。
 そうした高レベルの争いになると、選考会の議論も白熱しがちだ。ところが今回は、じつにすんなりと受賞作が決まった。
 受賞した『テロリストのパラソル』は、それほどすばらしい出来ばえだった。この作品は、あえて特定のジャンルにはめこもうとするなら、ハードボイルドの範疇に入る物だろうが、まず会話のうまさに舌を巻いた。
 おもわずニヤリとさせられるせりふがそこかしこにちりばめられている。さらにすばらしいのは、そのせりふによって、それを口にした人物のキャラクターを、読者が的確に把握出来るような組み立てになっていることだ。
 練達のプロの作品でも、なかなかこうはいかない。こういう新しい才能に出会うと、選考にたずさわってほんとうに良かったと思う。『テロリストのパラソル』の突出ぶりがきわだっていたので、ふだんの年なら受賞してもおかしくない作品が、今回は涙を呑んだ。その筆頭が『流石』である。この作品も変幻自在の言葉づかいとすきのない情景描写で、最後まで読者を飽きさせない。あえて問題点をあげれば、犯人の登場がいささか遅すぎるのが難点。結果的に筋立てが多少ご都合主義になってしまったのは残念だった。捲土重来を期待する。
『あなたに夢印』も、相当のレベルに達している作品だった。残念なのは、途中から描写がやや雑になってしまったことだ。この作者もプロとしてやっていけるだけの力を持っていると思う。
『ヒポクラテスの柩』は、コンピュータ時代の犯罪を描いた佳品だが、前記三作にくらべれば、今一歩の感があった。『北緯35度の灼熱』も、部分的にはすごく光る物を持つ作品だが、いかんせん今回は相手が悪かった。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第41回 江戸川乱歩賞   
『ヒポクラテスの柩 』 川邊ヘンリー
[ 候補 ]第41回 江戸川乱歩賞   
『あなたに夢印』 小林仁美
[ 候補 ]第41回 江戸川乱歩賞   
『北緯35度の灼熱』 野沢尚
[ 候補 ]第41回 江戸川乱歩賞   
『流石』 渡辺牡丹(『流さるる石のごとく』として刊行)