一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2023年 第76回
2022年 第75回
2021年 第74回
2020年 第73回
2019年 第72回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2023年 第69回
2022年 第68回
2021年 第67回
2020年 第66回
2019年 第65回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

1974年 第20回 江戸川乱歩賞

1974年 第20回 江戸川乱歩賞
受賞作

あんこくこくち

暗黒告知

受賞者:小林久三(こばやしきゅうぞう)

受賞の言葉

   受賞のことば

 長いあいだ、撮影所のなかで私は、漂流民のようにさまざまな職種を転々としてきた。助監督、企画室員、そしてプロデューサーなど。
 もともと、推理映画の監督になるつもりだったのである。活字よりも、フィルムの可能性、有効性を信じてきた。推理小説をかくはめになったが、いまも、サスペンスの場面を演出している夢をみることがある。
 ともあれ、フィルムがわりの原稿用紙に“私の推理映画”をきざみこんでいくつもりである。

作家略歴
1935~2006.9.1
茨城県古河市出身。古河第一高校をへて、東北大学文学部卒業。松竹大船撮影所助監督からプロデューサー。「腐蝕色彩」でサンデー毎日新人賞(推理部門)でデビュー。「暗黒告知」、「皇帝のいない八月」「父と子の炎」など。趣味は野球とウォーキング。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度の江戸川乱歩賞は、二月末日の締切までに応募作品総数一一〇篇に達した。予選委員会は、去る五月十六日、石川喬司、大内茂男、斎藤栄、西村京太郎、藤村正太氏ら五予選委員が出席して開催。第二次予選で十二篇を選び、さらに左の四篇を候補作品として選出した。
 金右衛門の死    嵯峨崎遊
 悪夢の中のあなた  木村嘉孝
 暗黒告知      小林久三
 豚走また豚走    古賀 敦
 この四篇を本選考委員に回読を乞い、去る六月二十六日午後■時より赤坂“清水”において、佐野洋、多岐川恭、角田喜久雄、中島河太郎、南条範夫氏ら五選考委員出席(松本清張委員は書面参加)のもとに慎重なる審議の結果、小林久三氏の「暗黒告知」が第二十回江戸川乱歩賞に決定した。
閉じる

選評

佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選を終えて

 江戸川乱歩賞の選考は、初めてであり、私は期待をもって四編の候補作を読んだ。そして、ある意味では、その期待は裏ぎられなかった。それぞれに特色があって、面白く読めたのである。
「金右衛門の死」に、私はかなりの高い点をつけていた。ストーリーテーラーとしての腕を買ったのである。だが、選考会の席上、角田、南条、多岐川氏が口を揃えて、考証のでたらめさを指摘され、書面参加の松本氏も、原稿用紙八枚を費して、具体的に同様な指摘をされた。私は、自分の不明を恥じるほかはなかった。私は不思議に思う。この作者は、そんなにあいまいな知識しかないのに、なぜ時代推理を試みたのであろうか。
「悪夢の中のあなた」については、新しい技巧に挑んだ意欲を評価したい。そして、きれいなまとまりを見せ、作品としての仕上りも悪くない。だが、その技巧が、結果としては、重量感を稀薄にしてしまった。
「暗黒告知」は迫力に富んだ小説である。いくつもの欠点を指摘しながらも、各選考委員がこの作品を推したのは、この迫力を生みだした作者の力倆を買ったからであろう。すでに短編では、新人賞に入選している人でもあるし、活躍の期待できる作家である。
「豚走また豚走」は、ユーモアミステリーであったが、この題材は長編向きではない。
閉じる
多岐川恭[ 会員名簿 ]選考経過を見る
感想

 今回の受賞作は比較的スムースに決まったと言っていいだろう。小林氏の筆力は目立っていたし、題材も、そのこなし方もすぐれていた。他の三作品は、それぞれに欠陥があって採れなかった。中では木村氏の作品が難の少ないものだったが、迫力と新鮮味の点で、受賞作に一歩を譲ったと思う。
 嵯峨崎氏の作品は、時代考証の杜撰さが致命的である。一知半解と評されても止むを得まい。古賀氏の作品は、あまりにも平板、単調すぎる。養豚牧場はなるほど興味のある舞台だが、それに終始されたのでは、読者に苦痛を与えるだけだろう。中篇ならいい作品になったかもしれない。
 受賞作はトリック部分に弱点がある。ツジツマがうまく合っていないし、密室作りにも無理がある。この部分をできるだけ手直しすることが望ましい。それが私たちの条件でもあった。
 なお今回で私の委員としての責任は終った。私が選考に参加した受賞作は、今回のほか小峰元「アルキメデスは手を汚さない」(昨年)和久峻三「仮面法廷」(一昨年)であった。今後もすばらしい作品が乱歩賞を通じて出現することを期待する次第です。
閉じる
角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

「暗黒告知」小林久三氏
 小林氏の作品は前にも乱歩賞候補になったことがあり、着想の新鮮さに感心したことを記憶しているが、「暗黒告知」も足尾銅山公害事件とその告発者田中正造をとりあげ、見事にこなしている着想の面白さは抜群であった。唯推理小説的部分に大きな難点が二三あり、このままではどうかと思ったが、新しいものに取組もうとしているその意欲は捨てがたく、問題の部分を多少修正することを条件に推薦に賛成した。
「悪夢の中のあなた」木村嘉孝氏
 推理小説として最もよくまとまっていた作品であった。唯記憶喪失をとりあつかった類似の作品に較べ、特に新しいというところもなく、全体として肉付けも少々不足している感じだった。普通なら通る作品と思うが、乱歩賞作品としてはもう一工夫ほしい。
「豚走また豚走」古賀敦氏
 養豚の話は面白いし、こういうジャンルへの試みも大いに買うが、何としても冗漫すぎるし早くタネが割れすぎた。もう少しぴりッとしたところがほしい。
「金右衛門の死」嵯峨崎遊氏
 時代ものなので大いに期待したが、時代考証や会話がひどすぎた。それらの点を除けば力のある人だと思うが。
閉じる
中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
四人四色

 候補作四編はそれぞれ色あいが異なっていたのは、近年のミステリー界の様相を反映したのだろうか。
 嵯峨崎遊氏の「金右衛門の死」は、珍らしく時代物なので期待しただけ、失望した。誤字、不適当な用語、会話の未熟さ、考証の誤りが目ざわりであった。南町奉行と北町の調査法の相違とか、探索の進め方などに気をひかれたが、事件の根本的設定が納得できかねた。
 木村嘉孝氏の「悪夢の中のあなた」は、全編二人称で書かれていたが、まったく効果がない。アメリカ市民権を得るために、ベトナムの戦場で戦った日本人と、反戦写真家のとりあわせはいいのだが、記憶喪失に結びつけた御都合主義や、事件の安易さがもの足らなかった。こじんまりとまとまりすぎて、もうひとつ起伏が欲しかった。
 古賀敦氏の「豚走また豚走」は作者が自分のユーモアや警句に酔っているし、登場人物の個性を書き分けられず、同じ調子で冗漫なのに閉口した。一年前の事件を考察しようとするのだから、迫力に欠けるのは当然かもしれない。
 小林久三氏の「暗黒告知」は、足尾鉱毒事件と田中正造を素材にしたことで、大いに得をしている。番小屋の密室殺人はどう考えても不都合で、訂正加筆しなくければならぬが、密偵、警視庁をからませ、事件の裏側にメスを入れようとした意欲が顕著である。
 この作品を一位に推した。
閉じる
南条範夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
選評

 暗黒告知――これに私は最も良い点をつけた。足尾事件と田中正造をストーリーの軸に選んだ点で非常に得をしている。密偵大畑と小山の同一性が容易に分らないのは不自然だし、杖を矢の代りに使うところや、泥の中の掌紋の明確な採取などには、その可能性に若干の疑問を持つが、綿密な事件の調査に基く重量感があり、多くの欠点にも拘らず、全体としてこの作品を立派な推理小説に仕立上げている。
 悪夢の中のあなた――候補作の中で最もよくまとまっている作品である。記憶喪失や沖縄を事件の軸にするのは少々マンネリの感があるが、構成も文章もすぐれているので、フランスの推理小説でも読むような感じだった。ただ喪失した記憶が、都合のよい時に、ちょうど適量によみがえってくるのは些か御都合主義の観がある。この作者の筆力は相当なものであり、将来が期待される。
 豚走また豚走――ユーモアとウィットとを誇示している作品だが、残念ながら人間の行動そのものが平凡であり、文章も冗漫で、途中でかなり退屈した。ただ豚の飼育についての叙述は非常に珍らしく興味深いものがある。
 金右衛門の死――時代ものである以上、最小限度に必要な歴史的知識はもっているべきである。この作者には歴史の基本をもう少し勉強されるように強く希望する。文章にももう一工夫ありたい。
閉じる
松本清張選考経過を見る
選評

 四篇のうち、受賞作を出すなら「暗黒告知」だろうと思った。その旨を書面回答したところ、委員諸氏の意見も同様だったと聞いて意を安じた。推理小説の舞台を田中正造で有名な足尾銅山の鉱毒事件に持っていったのは、さほど目新しくはないが、応募作として一つのひろがりであろう。それは「社会性」をいうのではなく、古河鉱業と農民、警視庁派遣の密偵と栃木県警察部の弾圧、運動家のスパイ、そして明治の雰囲気といった舞台設定で十分に推理小説になり得るからである。この事件は、明治十七、八年ごろの加波山事件、秩父事件、名古屋事件、静岡事件など自由民権運動にも劣らぬ興味がある。ただ惜しいことに密室の設定その他に推理小説として多少の注文がある。文章も、もう少し練る必要があろう。これらは出版に際して手が入ると聞く。
「悪夢の中のあなた」は、ハードボイルド風の作品だが、第一人称の「私」を「あなた」に置きかえたところに新鮮さがある。が、「私」の中に「あなた」があり、「あなた」の中に「私」があるという意識描写にまで作品が到達していない。推理小説としても平凡の難をまぬがれない。
「豚走また豚走」は長篇のものではなく、「金右衛門の死」はいい線を狙いながら工夫が足りず、また作者の時代知識(考証)は貧困というよりも無茶である。
閉じる

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第20回 江戸川乱歩賞   
『金右衛門の死』 嵯峨崎遊
[ 候補 ]第20回 江戸川乱歩賞   
『悪夢の中のあなた』 木村嘉孝
[ 候補 ]第20回 江戸川乱歩賞   
『豚走また豚走』 古賀敦