一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
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2005年 第51回 江戸川乱歩賞

2005年 第51回 江戸川乱歩賞
受賞作

てんしのないふ

天使のナイフ

受賞者:薬丸岳(やくまるがく)

受賞の言葉

 ちょうど二年前の今頃、一大決心をしました。長編小説を書いて、江戸川乱歩賞にチャレンジしよう。通勤電車の中で、高野和明さんの『13階段』を読み終わった直後のことでした。自分も、こんなに痺れる物語を書いてみたい。なんとも無謀な決心だったのですが、あの時の自分は本気でした。
 それまでシナリオや漫画の原作をたまに書いては、雑誌のコンクールなどに応募していました。夢を追っているといえば聞こえはいいのですが、その志はどこか半端だったと思います。そして社会人としても半端でした。そんな自分に内心苛立ってもいました。どんなに時間がかかってもいいから、誇りを持てる作品を作りたい。そして半端な自分から抜け出したい。そう願いました。
 初めて書く小説。何もわからない手探りの状態で、無我夢中で、じたばたと悪戦苦闘しながら書き上げた作品です。その作品を、このような栄誉ある賞に選んでいただけて、言葉も出ないほど感激しています。選考に関わられた多くの方々に深く感謝します。
 今回の受賞で、半端な自分を抜け出せたのでしょうか。いえ、それはこれからの自分次第なのでしょう。今ならわかります。
 最後に、乱歩賞締切りの一ヵ月前に、わがままで退社する自分に対して暖かいエールを送ってくれたアップルワールドの皆さんに心から感謝します。本当にありがとうございました。

作家略歴
1969.8.26~
1988年、駒澤大学高等学校 卒業
2005年、「天使のナイフ」で第51回江戸川乱歩賞を受賞
2016年、『Aではない君と』にて第37回吉川英治文学新人賞を受賞
2017年、「黄昏」にて第70回日本推理作家協会賞短編部門を受賞

代表作:天使のナイフ
趣味:映画鑑賞、カラオケ

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数三三四編が集まり、予選委員<香山二三郎、新保博久、三橋暁、村上貴史、横井司、吉田伸子の六氏>により最終的に左記の候補作五編が選出された。
<候補作>
通過人の31       早瀬 乱
天使のナイフ      薬丸 岳
ダンスフロア      柳瀬勇介
領事代理の密使     光月涼那
かしわでヘイルメリー  須藤靖貴
 この五編を五月二十四日(火)午後三時より、第一ホテル東京において、選考委員の綾辻行人、井上夢人、逢坂剛、真保裕一、乃南アサの五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、薬丸岳氏の「天使のナイフ」を本年度の江戸川乱歩賞と決定した。授賞式は九月十六日(金)午後六時より帝国ホテルにて行われる。

 なお、薬丸氏は応募時、秋葉俊介の筆名であったが、受賞決定後に筆名を変更された。
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選評

綾辻行人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 受賞作となった薬丸岳氏の『天使のナイフ』は力作である。犯罪被害者と少年法という、昨今論じられることの多いテーマに正面から取り組みつつ、被害者側だけでなく加害者側の視点もきちんと押さえながら「罪と贖罪」の意味を問う。どの問題についても上滑りすることなく、地に足のついた書きっぷりを貫いているのは立派だと思う。あまりにも地に足がつきすぎていて、序盤はややもすると地味な模範解答を読まされているような気分にもなるのだけれど、中盤以降どんどんと話が面白くなる。最終的に立ち現われる物語の構図は非常によく考え抜かれたもので、大いに意表を衝かれるとともに感心させられた。「現実」に密着した社会派小説でありながら、本格ミステリ的な観点から捉えても充分に評価できる作品であることが嬉しい。
 他の候補作の中では、早瀬乱氏の『通過人の31』を最も愉しく読んだ。「水と油」にも見えるさまざまな素材を力業で融合したような作品。先の読めない「現在の事件」の面白さもさることながら、その合間に差し挟まれる主人公の少年時代の回想が秀逸で、加えて妙なところに妙な幻想味が漂っていたりもして、この作者には独特の才能を感じる。ただ練り込み不足のせいか、終盤に至って物語が失速し、広げた風呂敷を美しく畳めていないのが残念だった。誤字脱字の類もやたらと多い原稿だったから、想像するに作者は大急ぎでこれを書いて、ほとんど推敲することなしに投函したのだろう。惜しまれる。
 光月涼那氏の『領事代理の密使』は、核心のアイディアやプロットは素晴らしいのに、技術不足のため、ありがちな「下手な推理小説」になってしまった。これも惜しい作品である。柳瀬勇介氏の『ダンスフロア』は、全体に「作者だけが面白がっているコメディ」といった印象が否めない上、推理小説としての創意・工夫にも見るべきものがない。須藤靖貴氏の『かしわでヘイルメリー』についても、クレバーな黒人大関を主人公にした痛快コメディ、としてならばなかなか楽しめるが、推理小説としては不備が多すぎると云わざるをえない。
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井上夢人[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「天使のナイフ」は、少年法が抱える問題点を、様々な角度から描いた社会派推理小説だ。ややもすれば説教臭くなったり告発が鼻につきかねない難しいテーマを、作者は丁寧な筆致で、サプライズを用意したエンタテインメントに仕上げている。選考委員全員がこれを推したのは、それだけ作品に力があったからである。次作を楽しみにできる新人の登場を喜びたい。
 たいへん残念だったのは『領事代理の密使』だった。リトアニアの音楽家であり画家であったチュルリョーニスの「幻の『古城』三部作」をひたすら追いかけるという、歴史的にも雄大でロマンの溢れる構図が、実に見事に構築されている。しかし、それを小説に仕上げるという基本的な技術が、この作者にはまだ欠けている。折角の骨組みが、ただのレジュメにしかなっていない。まだお若いようでもあるし、腕を磨かれれば、スケールの大きなミステリーをものにできる方だと思う。次回の挑戦に期待したい。
 私は『かしわでヘイルメリー』の、痛快で小気味良い小説作りに、とても魅せられてしまった。スピーディな展開と、いささか舌足らずではあるが歯切れのいい文体。小説にいい雰囲気を作り出せる作者だと思う。しかし、この作品の面白さは、どう考えてもミステリーのものではない。スポーツを舞台にした青春小説は、江戸川乱歩賞には不向きだと判断する他はなかった。
 『通過人の31』は、候補作中最も本格ミステリー的な匂いを持っていた。その意味でかなり期待して読んだのだが、あまりにも作品が杜撰だった。面白い部分もあるのだが、小説の組立てにしまりがない。凝ったものを書こうとする以前に、作品の基礎を固めることをお考えいただきたいと思う。
 『ダンスフロア』には無駄なものが多すぎる。酷な言い方だが、作者は小説について勘違いをしておられるような気さえした。
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逢坂剛[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『通過人の31』この小説は今回の候補作中、ただ一つ本格ミステリーの結構を備えた作品だが、章立てが無意味に細かすぎるなど、構成に難がある。まず、同一人物の<僕>と<相良>を、一人称と三人称に分けた意図が、よく分からない。作者自身にも、その区別が十分ついていないふしがあり、<相良>の章に<僕>が出てきたり、一人称のような視点が交じったりする。『伊勢物語』の和歌を暗号に使う発想は悪くないが、なんのためにこんな手の込んだことをするのか、という疑問が最後までぬぐえなかった。
 『天使のナイフ』最初の投票で、ぶっちぎりの高得点を集めてしまい、ほとんど満票で授賞が決まった。昨今では、珍しくもなくなったテーマだが、少年犯罪、少年法に対する熱い視線が感じられるし、贖罪の問題まで踏み込んだ作者の姿勢は、十分に評価してよい。伏線の張り方が巧みで、謎解きの意外性にも二重、三重の仕掛けが施され、極めて水準の高い社会派ミステリーになった。
 『ダンスフロア』フィリピン女性の出稼ぎと、幼児虐待をテーマにした一種の風俗小説だが、重いテーマと軽いノリの調和が取れておらず、強い違和感が残る。探される女、マリリンに魅力がないのが、致命的な弱点だ。読者を感情移入させるためには、キャラクターをきちんと作らなければだめで、それがこれからの作者の課題だと思う。
 『領事代理の密使』三十歳という若さで、これだけ綿密に資料を読みこなし、現代史ミステリーを書き上げた作者に、まず拍手を送りたい。受賞作同様、伏線の張り方が巧みで、ストーリーテリングの才能も感じられる。しかし、そのすぐれた構成力を裏切るのが、「彼が絵を盗難した」などにみられるような、平均点以下の文章力だ。そこさえなんとかすれば、この作者にはかならず未来が開けるだろう。
 『かしわでヘイルメリー』書き慣れた手による小説と分かるものの、ここで扱われる相撲界のスキャンダルは、すでに手垢のついた週刊誌ネタの域を出ない。相撲界に詳しい作者なら、もっと突っ込んだ斬新なテーマに取り組み、再挑戦してほしい。
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真保裕一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『通過人の31』現実と回想を織り交ぜて一人称と三人称を使い分ける構成には、作者の意欲を感じた。少年時代の回想も読ませる。ただし、失踪、殺人、暗号、謎の人物に組織と盛りだくさんで複雑な物語は、作者の頭の中では完成されているのだろうが、読者をもてなすまでには至らず、まだ下書きの段階にとどまっていると思えた。中でも、周という人物の存在が、通過人という設定のために与えられた人物になってしまい、彼の行動に説得力を感じなかった。複雑な物語に取り組むのはいい。それを読者にどう提示していくのかを、もう一度考え直していただきたい。
 『ダンスフロア』軽妙さを狙ったのはわかるが、「軽」はあっても「妙」を感じられないのは致命的だった。「妙」は独りよがりで成り立つものではない。事件はすべて会話で説明され、主人公は何ひとつ行動を起こさずに報告を受けるだけでは、狂言回しにもなっていない。そこそこ筆力があるために、思いつきで五百枚を書けてしまったのだろうが、小説への取り組みを根本から考え直さないと先は見えてこない気がした。
 『領事代理の密使』目のつけどころはいい。が、圧倒的に小説技術が不足している。やたらと大げさな感慨と意味のない相づち、鸚鵡返しの台詞など、入門者に見られがちな欠点が目立つ。情報が都合よく人からもたらされ、手紙の主がタイミングよく死んで隠されていた真相が明らかにされるなど、物語の運びも脆弱すぎた。これではとびきりの素材も台無しである。過去の名作を読み返し、プロの技術とは何かを見極めることから始めてほしい。
 『かしわでヘイルメリー』簡潔な文章は力強く、人物のデッサン力にも秀でている。わたしはこの小説をミステリとは読まなかった。だが、残念ながら乱歩賞はミステリの賞なのだ。ヒットマンの存在と真実味、銃の入手法、警察の不在、あまりにお粗末な毒殺と親方の殺害理由の安易さ等、ミステリとして読むと弱点だらけになる。無理してミステリ仕立てにする理由がどこまであったのか。主人公が傍観者に終わっているのも作者の計算ミスだろう。また、本当にこれで物語を書ききったという実感が作者にどれだけあったのかも疑問が残った。読者の要求は高く、苛酷である。
 『天使のナイフ』少年犯罪という、時代性では旬であっても扱いにくい素材に挑戦し、ここまで過不足なく物語にまとめあげた手腕は称賛に値する。話の運びに安定感があり、小道具の使い方もうまい。これらの長所はプロットの段階から話をよく練り込んだ証拠だ。無論、欠点がないわけではない。だが、冒頭近くで電車内の人々を描写しつつ主人公の感慨につなげていくシーンの書き方には、作者の物語への誠意を感じた。ストーリーには大きく関係しないが、こういう細部を大切にしようとする姿勢だけでも、この先書いていける人だと思えた。次作も、じっくりと練り込んだ物語を読ませていただきたい。
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乃南アサ[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年の傾向として、「少し重たい過去」を背負った「あまり生命力の強くない印象」の主人公が、謎の事件に「巻き込まれる」といった構図のものが多かった。
 過去があるのは結構だが、ストーリーそのものと密接に絡んでこなかったり、また、中途半端にしか扱われていないと、まったくの蛇足にしかならなくなる。しかも、そんな主人公が主たるストーリーにおいて傍観者である以外、たいした役割も果たさないとなると、余計に無意味でしかない。作品の熱を奪う。
 いつも言うことだが作品において、多少のアラならエネルギーの方が勝るのだ。なのに、体温の低そうな主人公が、無抵抗に事件に巻き込まれ、時折、感傷に浸るだけでは、読者には何も伝わらない。ワクワクしない。
 そんな中で今回は「天使のナイフ」の一人勝ちだった。少年犯罪をテーマに、緻密な構成力でドラマチックに仕上がっており、読者を引きつける力のある作品だった。主張があった。もとより主人公が単なる狂言回し的役割の傍観者でなく、文字通り主人公となり得ていた点も大きかったと思う。
 難を言えば、「日本語表現」そのものの未熟さが目立つこと、視点の移動が多少ご都合主義的であること、人物造形の平板さなどが気になる。それらは今後の努力次第で直っていく部分だと期待している。
 残念だったのは「領事代理の密使」で、着眼点、スケールの大きさ、取材力など群を抜いていたのだが、いかんせん文章が、あまりにも拙かった。ぜひとも基本から、猛烈に読んで書いて、学んでいただきたい。そして、今回と同じくらいの集中力でぜひ、違う分野の作品を読ませていただきたい。
 「通過人の31」「ダンスフロア」「かしわでヘイルメリー」は、それぞれに魅力的な部分は含んでいるものの、いずれも作品としては完成度が低く、欠点が目立ち、それを補うだけのエネルギーも感じられなかった。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第51回 江戸川乱歩賞   
『通過人の31』 早瀬乱
[ 候補 ]第51回 江戸川乱歩賞   
『ダンスフロア』 柳瀬勇介
[ 候補 ]第51回 江戸川乱歩賞   
『領事代理の密使』 光月涼那
[ 候補 ]第51回 江戸川乱歩賞   
『かしわでヘイルメリー』 須藤靖貴