日々是映画日和

日々是映画日和(145)――ミステリ映画時評

三橋曉

 日韓合作の『ベイビー・ブローカー』は、人身売買の仲介人を演じたソン・ガンホがカンヌで主演男優賞を受賞という折り紙がついたが、その一味を追うペ・ドゥナとイ・ジュヨンの刑事コンビがいい味を出し、捜査小説としての面白さを付加している。擬似家族を通して家族を語るという手法はありふれていても、韓国映画界から学ぶことも多かった、と語る是枝裕和監督の言葉通り、政治が築いた両国間の壁を映像の力で見事に取り払ってみせた。日韓の双方で共感を呼ぶであろう養父母捜しのロードムービーが、かくして出来上がった。

 さて今回は、その韓国で昨年の興行収入第一位に輝いた『モガディシュ 脱出までの14日間』から。一九九一年、悲願の国連加盟をめざす韓国は、アフリカのソマリアで北朝鮮と票集めの外交戦で火花を散らしていた。そんな折、首都のモガディシュでは反政府軍の反乱が勃発、外国人の排斥運動が激化する中、祖国との連絡を断たれた大使館は孤立してしまう。一方、やはり危機的状況に立たされた北朝鮮大使は、館員らを引き連れて中国大使館への避難しようとするが、途中で反乱軍の激しい攻撃に遭い、あろうことか韓国大使館に逃げ込むことに。
 呉越同舟となったキム・ユンソクとホ・ジュノが、政治的立場を異としながらも、疑心暗鬼の中から同胞としての信頼関係を見出していく南北の大使役を好演。一方、対抗意識を剥き出しにする両国の参事官チョ・インソンとク・ギョファンの好対照も、南北の関係を象徴する存在として描かれる。終盤のスリリングな脱出シーンは本作のハイライトとして見応え十分だし、予定調和とはいえ、祖国を引き裂かれた民の思いが胸に染み入ってくるラストが印象的だ。*7月1日公開(★★★)

 テレビのミステリ系連ドラが、少し間を措いて劇場版として映画化されるケースが目立つが、フジテレビ系列、月9枠での放送終了から二年半ぶりとなる『バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版』もその一つ。アントールドストーリーというドラマ版の縛りを解き、知名度の高さでは一、二を争う原典の長編を本歌取りしている。
 ネット越しに依頼人の急死を目撃した誉と若宮は、事件現場の瀬戸内の小島に向かう。亡くなった依頼人は富豪として知られる蓮壁家の当主で、屋敷では故人の妻と子どもの姉弟が、執事と暮らしていた。実は、少し前に娘が営利誘拐と思しき事件に巻き込まれるが、犯人は身代金を受け取らぬまま彼女を解放していた。そしてコンビの到着を待っていたかのように、今度は長男が謎の死を遂げる。
 ディーン・フジオカと岩田剛典のホームズ&ワトスン、レストレイドにあたる佐々木蔵之介はお馴染みだが、未亡人の稲森いずみ、姉弟の新木優子と村上虹郎、執事の椎名桔平、屋敷に出入りするリフォーム業者夫妻に渋川清彦と広末涼子と、キャスティングも豪華。ただ、過去と現在の誘拐事件が絡み合い、当主の死因が狂犬病と、ドイルの聖典も多数準えてはいるが、欲張りすぎの感は否めない。地震や警察署長のエピソードは明らかに蛇足で、物語を錯綜させるだけに終っているのが惜しまれる。*6月17日公開(★★★)

 ループがテーマの前作『コンティニュー』が絶品だったジョー・カーナハン監督だが、新作の『炎のデス・ポリス』でも冴えた演出をみせる。ある晩のこと、詐欺師(フランク・グリロ)と酔っ払い(ジェラルド・バトラー)が、次々とネバダの田舎警察署に連行されてきた。しかし、留置場で向かい合わせの牢に入れられた二人の間には、実は因縁があった。やがて同房者を巻き込んで騒ぎが持ち上がると、詐欺師を逮捕した女性警官(アレクシス・ラウダー)の機転で大事を免れるが、一難去ってまた一難、とんでもない災厄が彼らに迫っていた。
 水面下で司法長官暗殺にまつわる陰謀があり、FBIやマフィアが暗躍する。そんな状況は、ややありきたりと言えなくもないが、アフリカ系女性警官のヒロインをはじめ人物のキャラ立ちの良さに加え、人間模様も濃やなので、物語についつい惹きつけられる。とりわけ、留置場で、謎の男、殺し屋、警官が三竦みとなる状態で緊張感は飽和点に達し、そこからは怒涛の展開が待ちうける。カーティス・メイフィールドの曲がここぞという場面で決まるラストも見事だ。*7月15日公開(★★★1/2)

 あの『哭声 コクソン』のアナザー・バージョンと謳われ、プロデュースにナ・ホンジンの名前まであっては、素通りが難しい『女神の継承』は、タイ東北部の田舎町が舞台だ。代々巫女の役割を担ってきた一族の末裔ニムは、突如異変に見舞われた姪を救うために奔走する。実は本来なら姪の母親こそが巫女になる筈だったが、嫌がる姉に代わり妹ニムがその役割を継承した過去があった。しかし、姪を狂わせる憑き物は力を増す一方で、手に負えなくなったニムは仲間に助けを求めるが、その正体に彼らは愕然とする。
 元々は、『哭声』でファン・ジョンミンが怪演した祈祷師を主人公にするというスピンオフ企画が出発点だったそうだが、ナ・ホンジンの名前に期待すると裏切られる。憑き物の正体や祈祷の方法など、所々にフックの効いた仕掛けもあるものの、いわゆる土着ホラーとして新味は薄い。モキュメンタリーの手法も序盤こそ効果をあげるが、二時間越えのランニングタイムを支えるほどではないのが残念だ。*7月29日公開(★★1/2)

※★の数は最高が四つです。