日々是映画日和

日々是映画日和(162)――ミステリ映画時評

三橋曉

 年の初めに、人気テレビドラマの原作者が、ドラマの脚本をめぐり、悩んだ挙句に自死するという痛ましいニュースが報じられた。テレビに限らず、映像化作品をめぐる作者と製作サイドの摩擦はよく耳にするが、ただ、このテレビ局は以前にもミステリ・ドラマをめぐりトラブルを起こしており、その教訓を活かせなかった点で責任はきわめて大きい。原作と映像化作品は別物だし、どんな改変も許されると思うが、飽くまで原作者の納得ずくが条件だろう。出版社も常に原作の側にあるべきで、作者に寄り添うことを忘れないでほしい。

 割り切っているのか無頓着なのか、反対に厳しく脚本に目を光らせたりと、映像化への原著者の対応は様々だが、中国の紫金陳は前者のようだ。むしろ、映像化に伴う化学反応に期待しているフシすらある。「バーニング・アイス/無証之罪」はじめ大ヒットしたドラマの数々には大きな改変があり、そのいずれもが成功を収めている。
 沖縄に舞台を移し、日本で映画化された『ゴールド・ボーイ』(原作は「悪童たち」)も、その成功例の一つだ。十代の少年少女三人組が目撃したのは、義父母を崖から突き落とした男の冷酷な計画殺人だった。少年らは犯人の実業家(岡田将生)をゆすろうとするが、彼らにも弱味があった。兄妹(前出燿志・星乃あんな)は、義父の虐待に耐えかねて起こした傷害事件で逃亡中、一方、友人で彼らが転がり込んだ先の安室(羽村仁成)も、わが娘の自殺に納得いかないクラスメートの母親から、人殺しとなじられていた。やがて実業家の妻(松井玲奈)も不審死を遂げ、故人の旧知で刑事の東(江口洋介)は疑念を抱き始める。
 複雑な人間関係を解きほぐしながら、犯人と目撃者の駆け引きを描いていく脚本が秀逸だ。原作が許容する改変の余地を巧みに再構築した、悪対悪の壮絶な対決に見応えがある。たちこめるノワールの気配の中で、対照的な二つの悪を演じる二人の男優も素晴らしいが、ファムファタールを演じるにはあまりに幼い星乃あんなの存在感に心をうたれる。
 それにしても、国交正常化から半世紀経ち、行き着いた先がこれとは嘆かわしいばかりの日中関係の現状だが、本作は文化面での交流にまだ余地があることを物語る。今後の両国映画界の交流に、大きな期待を寄せたい。(★★★★)*3月8日公開

 台湾映画といえば、青春ものやホラーに話題作が目立つが、ノワール系の犯罪映画にも秀作は多い。『ゴッドスピード』や『血観音』、『大仏+』と、お奨めを数え上げると暇がないが、そこに加えたい新顔が、ウォン・ジンポー監督の『我、邪で邪を制す』である。
 殺し屋のチェン(イーサン・ルアン)は、請け負ったギャングのボス殺害に成功。執拗な追っ手の刑事(リー・リーレン)を振り切って、まんまと逃亡に成功する。その後、世間の目をくらまして四年が過ぎるが、肺がんで余命幾許もないとの宣告を受け、自首を決意する。しかし警察署に貼られた指名手配書で自分よりも凶悪な悪党がいると知ると、あろうことか、彼らの抹殺に乗り出す。
 やや荒唐にも思えるプロットだが、どうやら「三国志」に由来するものらしく、自分を含めた三人の悪人がこの世から消えない限り、世の中は平和にならないと悟った周処という武将の物語を擬えているようだ。迫力満点のアクションの釣瓶打ちに始まり、先の読めない展開と、悪者退治のスリルも見応え十分。不敵な笑みを浮かべ、自らの道を猛進する主人公の生き方が痛快だ。(★★★★)*Netflixにて3月1日配信開始

 出演者にジョン・マルコヴィッチの名もある『シャタード 美しき罠』は、町中で知り合った美女スカイ(リリー・クリュッグ)を、都合よく自宅の豪華山荘に招き入れることに成功した富豪のクリス(キャメロン・モナハン)が主人公。妻と離婚手続き中の彼は、棚ぼたの幸運に鼻の下を伸ばすが、それも束の間。態度を豹変させた彼女から、身体の自由を奪われてしまう。
 いわゆる招かれざる客テーマの定石ともいうべき幕開きだが、腹に一物ありそうなマルコヴィッチや、謎の男(フランク・グリロ)がそこに絡んでいく。面白いと思ったのはスカイの正体が次第に明らかにされていくくだりで、ベールを脱ぎ捨てるように出自が詳らかになるにつれ、彼女の意外な素顔が浮き彫りにされていく。そこに哀しみに似た情感が醸し出され、ありがちなサスペンスとはひと味違う余韻を残し、物語は幕を下ろす。(★★★)*2月2日公開

 売れっ子作家のエリー・コンウェイ(ブライス・ダラス・ハワード)が、自分の小説世界さながらのスパイ戦に巻き込まれていくのが『ARGYLLE アーガイル』だ。 
 ヒロインの小説家は、スランプを脱するため、愛猫とともに飛び乗った列車の車中で命を狙われ、スパイを名乗る男エイダン(サム・ロックウェル)に窮地を救われる。虚構である筈の彼女の小説中の陰謀が次々現実となり、謎の組織から疑いの目を向けられているというのだ。自作中の人物なのに、幻影となって現れ、生みの親の彼女にヒントを与えるエージェント・アーガイル(ヘンリー・カヴィル)にも助けられ、真相に迫ろうとする彼女だったが。
『ロマンシング・ストーン 秘宝の谷』を思わせる設定だが、いかにもマシュー・ヴォーンらしい遊び心に溢れている。ミステリとしては、虚構と現実の折り合いをどう付けてみせるかが興味の焦点となっていく中、双方がシンクロする着地が鮮やかだ。ジェットコースター的な賑々しい展開と、謎解きの面白さでお腹いっぱいになるが、さらなる愉しみがポスト・クレジットに隠されている。映画館で鑑賞の際はご用心を。(★★★1/2)*3月1日公開

※★は最高が四つ