日々是映画日和

日々是映画日和(116)――ミステリ映画時評

三橋曉

 ループ現象を扱った映画というと、誰もが『恋はデジャ・ブ』(1993年)を思い浮かべるだろうが、わが日本の『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)はそれより十年早い。のちにハリウッドで『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014年)として映画化された桜坂洋の同題小説も、このアニメからの影響大と聞く。やや強引に、犬の輪廻転生を描いた『僕のワンダフル・ライフ』(2017年)も同じカテゴリーに含めるとすれば、この方面の可能性は無限かも、と思えてくる。

 やはりループもので『恋はデジャ・ブ』への言及もあるクリストファー・ランドン監督の『ハッピー・デス・デイ』はホラー映画の佇まいだが、実はミステリ映画でもある。いけいけの女子大生ジェシカ・ロースは、誕生日の朝を見知らぬ男子イズラエル・ブルサードのベッドで迎える。前夜のパーティで記憶が飛び、お持ち帰りされたと思しい。不機嫌な面持ちで女子寮に戻り、ルームメイトのルビー・モディーンがくれた誕生日のケーキをゴミ箱に放りこむや、家族との約束をすっぽかしたり、火遊び相手の妻帯者の教授を訪ねたりと、不埒な事この上なし。挙句に夜道でマスク姿の人物に襲われ、刺殺されてしまう。しかし絶叫とともに目覚めた場所は、朝と同じ男子学生のヘッドの中だった。
 誕生日に殺されるという無間地獄に落ちたヒロインは、やがて自分を殺す犯人を突きとめることで、ループから抜け出せるのではと思い至る。そして同じ日を繰り返しながら、試行錯誤でマスクの人物の正体に迫っていくという趣向だ。犯人捜しのフーダニットで、ループものの定石を踏まえつつ、ミステリとしての意外性もある。ヒロインは『キャリー』のナンシー・アレン直系の思い切りビッチな女なのだが、死ぬたびに成長していくというのがふるっている。ちなみに、続編の『ハッピー・デス・デイ 2U』は、ループ現象の謎そのものへと主題がシフトし、ミステリ味が後退するのがちょっと残念。(★★★1/2)

 ホラー系からもう一本。『ゴーストランドの惨劇』は、『マーターズ』で知られる名うてのホラー映画監督パスカル・ロジェの新作である。作家志望の夢見がちな妹と現実的な姉。双子の姉妹は、その日シングルマザーの母親とともに、叔母から相続した田舎の一軒家へと引っ越した。しかし屋敷に到着するや、三人は謎の侵入者たちに襲われ、娘を庇おうとする母が犠牲となってしまう。それから十六年後、作家になった妹がその晩の辛い出来事を反芻していると、記憶にどこか奇妙なところがあることに気づいてしまう。
 なぜかラヴクラフトへのオマージュが色濃く、冒頭での引用を始め、ヒロインの伝説の作家への心酔は半端ない。このやや唐突ともいえるラヴクラフト愛は、ヒロインのキャラクター付けの一環のようにも見えるが、いかにもな雰囲気のラヴクラフトその人(誰が演じているのか不明だが、まさにホラーそのものの佇まい)が主人公の目の前に現れるに至って、伏線の効果もあげている。後半で意外な真相が明らかになる前作『トールマン』をご記憶であれば、本作がミステリ映画でもあることにも、十分頷いて頂けるだろう。映像の叙述トリックは際どいものだが、その綱渡りを大胆に走りぬける勇気に敬意を表したい。*八月九日公開(★★★)

 三人が一本の長編を共同監督するという『イソップの思うツボ』は、『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督が、以前にオムニバス映画で乗り合わせた中泉裕矢、浅沼直也の両監督とスタートさせたものだそうだ。娘思いの母親と食卓につく女子大生の石川瑠華は、学校では一人ぼっちの日々を送っている。タレントとしても活躍する井桁弘恵が、その取り巻きと若い臨時講師と楽しそうにしている様子も、横目で眺めるばかり。一方、紅甘は、ガラの悪い川瀬陽太が押し付ける手荒い仕事を父娘で請け負い、その日暮らしの生活を送っていた。しかし一見繋がりのない三人の少女たちは、思いもかけない糸で結ばれていた。
 兎と亀の競走や、欲ばりな犬の物語でおなじみイソップ童話がモチーフになっているが、三十億円をこえる興行収入をあげた話題作の監督が参加しているということで、色眼鏡で見られること必至だろう。カメ止め以前からの企画だそうで、練りに練った脚本は、上田監督のミステリ映画体質(?)を十分に窺わせ、観客の足許を鮮やかにすくってみせる。フレッシュな若手女優たちに目を奪われがちだが、渡辺真起子や佐伯日菜子らベテラン勢の安定感が支えているものも大きい。*八月一六日公開(★★★)

 昭和の郷愁漂う銭湯を舞台に繰り広げられる『メランコリック』だが、冒頭からいきなり今の時代の現実を突きつけてくる。主人公の皆川暢二は、東大出だが三十路にさしかかるも無職で、同居する優しい両親の脛をかじっている。客として訪れた近所の銭湯で、高校時代のクラスメート吉田芽吹と再会し、それがきっかけでバイトとしてそこで働くことに。しかし彼女との仲も深まり、釜炊きや掃除の仕事にも慣れてきたある晩の終業後、彼はとんでもない出来事を目撃してしまう。
 一見突飛に映る銭湯で行われていることの違和感は、やがて見えてくる犯罪映画としてのヒリヒリした感覚に吸収されていく。しかし脚本・監督の田中征爾の語ろうとしている主題はその先にあって、さまざまな体験を経て少しづつ殻を破る主人公の姿に焦点を合わせていく。成長の物語と書くとお手軽にも感じられるが、銭湯という仕事場とそれをめぐる人間関係が主人公にもたらす変化は、家族との繋がりやニートという社会問題の意味さえも反転させる。どん底にある人間の暗い心の底流をたどる物語だが、人生を肯定するかのような意外性には大きなカタルシスがある。*八月三日公開(★★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。