日々是映画日和

日々是映画日和(114)――ミステリ映画時評

ミステリ映画時評 三橋曉

 ミステリ映画の紹介にあたって悩ましい一つに、〝ネタばらし〟のリスクがある。受け取める側の個人差もあるし、とりあげる作品によっては敢えてデリケートな部分に踏みこまざるをえないケースもある。ネタバレだと指摘するのが、却って逆効果なのも困るところだ。核心に迫りつつも、巧みに読み手の目を逸らす高等技術があればいいのだが、それが中々難しい。また映画の宣伝や作品評から、真相が透けて見えてしまうこともある。かくいうこの連載も例外ではなく、ミステリ映画だと判ったせいで興を削がれた、という苦情が寄せられないとも限らない。(幸い、まだそれはないが)ミステリ映画をめぐるこの問題は、まこと頭が痛いのである。

 今月の一番手、深田晃司監督の『よこがお』も、ちらしやネットの公式サイトを見て、やや怯んでしまった。というのも、あるキーワードが目に飛び込んできて、それは伏せておいた方がいいのでは、との思いに駆られたからだ。本編を試写で観た直後で、余計にそう感じられたのかもしれないが。
 初めて入った美容院で髪を切る筒井真理子。〝お仕事は?〟と問う美容師の池松壮亮に、介護の仕事を辞めたばかりだと答える。老女の世話で通っていた一家から信頼され、看護の相方である医師の吹越満とも結婚間近で、彼女の人生は順調だった。しかし訪問先の一家の次女が連れ去られる事件が起き、自分の甥が逮捕される。長女の市川実日子に口止めされ告白の機会を失った彼女は、やがて壮絶なバッシングの嵐に晒されることに。

 善良な女性が、誘拐犯の係累として無責任なマスコミや無理解な社会の餌食にされていく過程がこれでもかと描かれていくが、時系列の綾にはこの物語のもう一つの側面が巧妙に隠されている。やがてそれは観客の意表を突く形で、姿を現す。被害者と加害者家族のやるせない関係を、深田監督はすでに『淵に立つ』で描いているが、その悲劇性をまた別の角度から深く掘り下げたのが本作だろう。*七月二六日公開(★★★★)

 アジア圏でハリウッドが今もっとも注目する一人マ・ドンソクだが、そんな勢いもそのままに妻を誘拐された怒れる男を演じるのが、キム・ミンホ監督の『無双の鉄拳』だ。抱えた借金を返済するため、一攫千金を夢見て投資したことから妻のソン・ジヒョと仲違いした晩、彼の不在を狙って暴漢が家に押し入った。愛する妻を連れ去られ、気も狂わんばかりの彼に、やがて犯人から、金をやるので妻のことは忘れろ、との不可解な連絡が入る。事件に取り合わない警察を尻目に、彼は仲間とともに妻の奪還に乗り出すが。
 身代金を要求しないばかりか、金まで払おうとする謎めいた誘拐犯キム・ソンオがいい。キレ易くクレイジーな悪役ぶりは、『アジョシ』以来の好演といえるだろう。一方、主人公に手を貸す後輩のパク・ジファンと、その知り合いの私立探偵キム・ミンジェのコンビが、絶妙のコメディ・リリーフぶりを見せる。最後は、雄牛の異名をとるマ・ドンソクのお約束ともいうべき大暴れへとなだれこんでいくわけだが、その一点だけに頼らない面白さが、昨今の韓国映画界の充実を物語っている。*六月二八日公開(★★★)

 映画における時系列の入れ替えはさまざまな感興をそそるが、スペインの監督ハイメ・ロサレスの『ペトラは静かに対峙する』も、その一例だろう。有名な彫刻家ジョアン・ボテイの自宅をカタルーニャに訪ねたバルバラ・レニー(ペトラ)は、そこに滞在し、絵画の制作を始める。妻のマリサ・パレデスは夫を訪ねてきた女を怪訝に思う一方で、息子のアレックス・ブレンデミュールは彼女に惹かれていく。しかし間近で目にする巨匠は、とんでもなく傲慢で不快な人物だった。
 やがて明らかにされていくのだが、実はヒロインは創作以外の目的を秘めており、そこから物語はギリシャ悲劇をも思わせるドラマへと発展していく。七つの章からなる構成は、2↓3↓1↓4↓6↓5↓7と、一見シャッフルしたかのような配列がなされている。しかしそこには巧妙な企みがあって、観る者の好奇心を刺激しつつ、次々と意表を突きながら意想外の結末へと導いていく。監督は観客とのゲームとしてこの構成に挑んだと語っているが、時系列のマジックを巧みに操った成功作といえるだろう。*六月二九日公開(★★★1/2)

 最初に犠牲者となるユマ・サーマンの中年ビッチぶりが絶妙の掴みになっているラース・フォン・トリアーの新作『ハウス・ジャック・ビルト』は、十二年間にわたるシリアルキラーの凶行の足跡をたどる作品だ。舞台は七十年代のアメリカ北西部。建築家をきどる主人公のジャックことマット・ディロンは、赤いワゴン車で拾った女の不遜な態度に業を煮やし、助手席の彼女を壊れたジャッキで撲り殺してしまう。それを皮切りに、彼はあの手この手で付け狙い、次々犠牲者たちを仕留めていく。
 タイトルは言うまでもなくマザーグースからで、無分別に繰り広げられていく残酷な人殺しの物語には実にぴったり。殺すことをいともたやすく人生の一部にしてしまうこと以外、主人公の内面はほとんど語られないが、時折浮かぶ心の中の原風景が死神を暗示しているのだとすると、最後はダンテの『神曲』で締めくくられるのにも十分に納得がいく。ユーモアと紙一重の不快さという点で、この春に本邦初公開された『ザ・バニシング 消失』も連想されるが、誰もがシリアルキラーになりうると語って憚らない監督の確信犯的な姿勢は、よりタチの悪い毒性を帯びていると言っていい。(★★★)
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。