日々是映画日和

日々是映画日和(98)――ミステリ映画時評

三橋曉

 今秋、世界的に見ても今もっとも元気なアジア地域の映画がふんだんに観られるという点で〝大阪アジアン映画祭〟と並ぶ〝アジアフォーカス 福岡国際映画祭〟に、初めて足を運んだ。例によって仕事が道連れだが、会場の博多キャナルシティに近いマンションに宿をとり、台風接近もなんのそので、十六本の映画に通った。ミステリ系だけでも、試験のカンニングを描いてコンゲーム調の『頭脳ゲーム』や、古典舞踊を題材に終盤で意表をつく『明日への戴冠』(ともにタイ映画)、またブータン発の幻想ミステリ映画『蜜をあたえる女』といった変わり種まで、収穫多し。一週間の映画三昧を堪能した。来年も行くぞ。

 ファッション・デザイナーのトム・フォードが映画界をあっと言わせた『シングルマン』から七年ぶりの監督第二作は、オースティン・ライトの「ミステリ原稿」が原作の『ノクターナル・アニマルズ』。LAでアートギャラリーを経営するエイミー・アダムスの許に、二十年前に別れたジェイク・ギレンホールから小説の原稿が送られてくる。かつての配偶者は、作家志望で、小説は彼女に捧げられていた。夫がNYに出張中の彼女は、一人ベッドで原稿を読み始める。
 物語は入れ子の構造になっており、「夜の獣たち(ノクターナル・アニマルズ)」と題された物語に、深夜それを読みふけるヒロインの様子が差し挟まれていく。映画のタイトルにもなっている作中作はテキサスが舞台で、深夜のハイウェイで家族を乗せて車を走らせる男が、チンピラたちからの執拗な嫌がらせを受けた挙句、妻娘を連れ去られてしまう。彼は保安官に助けを求め、自らも必死に家族の行方をたどろうとするが。事件のブルータルな展開と、主人公を待ち受ける悲痛な運命は、作中の人物に自分を重ねるヒロインだけでなく、観る者の心をも打ち砕かずにはおかない。目に焼きつく強烈なモダンアートから、いわく言いがたいラストシーンの余韻まで、独特の美意識に貫かれたノワール映画である。※十一月三日公開予定(★★★★)

 現在は半島を南北に分かつ二つの国が一つの国家として存在した二十世紀の前半は、韓国にとって激動の時代であった。当時の状況は、日本の統治下にあったという事実と切っても切り離せない関係にあるが、その時代背景を巧みに活かしたのが、パク・チャヌクの『お嬢さん』であり、チェ・ドンフンの『暗殺』だった。祖国の独立を目指す朝鮮義烈団と日本の警察の暗闘を描いた『密偵』も、その流れに連なる一本だろう。監督は『悪魔を見た』以来のメガホンとなるキム・ジウンである。
 警察の一員として、母国の反政府活動を先頭に立って取り締まるソン・ガンホに、義烈団の一員コン・ユが近づいてきた。それぞれの思惑から親交を深める二人だったが、義烈団にはテロを目的とした爆薬を上海から京城へと運ぶ計画があった。見所は、国境を越えて爆弾を運ぶ列車の中で繰り広げられる苛烈な諜報戦で、スパイ(密偵)の正体をめぐるスリリングな展開の中、主人公の心にも変化の兆しが訪れる。主要キャストとして唯一の日本人である鶴見辰吾が、韓国のスターたちに混じり、堂々たる佇まいを見せる。※十一月十一日公開予定(★★★)

『友へ チング』の続編で強烈な存在感を示し、『技術者たち』でも天才的犯罪者を鮮やかに演じたキム・ウビンが、香港映画のリメイク『監視者たち』で緊張感ある演出を見せたチョ・ウィソク監督と組むのが『MASTER マスター』だ。韓国の詐欺事件史上最悪とも言われ、医療機器をめぐるマルチ商法に五万人が巻き込まれ、被害額は三兆ウォンを越えたチョ・ヒパル事件に材を採ったもののようだ。
 天才的なプログラマーのキム・ウビンは、個人投資家を狙った大規模な詐欺をはたらく金融投資会社で悪事に手を貸していたが、黒幕の会長を裏切り、収益を着服する算段を立てていた。そんな折、潜入捜査官のカン・ドンウォンに見破られ、司法取引を持ちかけられるが、彼らの一手先を読むかのように会長はナンバーツーのチン・ギョンと共に姿をくらましてしまう。コミカルな脇役のオ・ダルスや捜査陣の紅一点オム・ジウォンら達者な脇役陣にも支えられ、緊張感の途切れない展開が続くが、悪魔的ともいうべき希代の詐欺師をイ・ビョンホンが流石の貫禄で演じている。※十一月十日公開予定(★★★)

 突然の監督廃業宣言がまだ記憶に新しいスティーヴン・ソダーバーグだが、四年ぶりの映画界カムバック作となった『ローガン・ラッキー』はオーシャンズ・シリーズの監督にふさわしいケイパー(強奪計画)ものだ。足の不自由な兄のチャニング・テイタムと、戦争で片手を失った弟のアダム・ドライヴァーが、妹のライリー・キーオを交えて企んだのは、ノースカロライナにある大規模なサーキット会場から、売上金を奪うという計画だった。作戦に欠かせない金庫爆破のプロフェッショナルで服役中のダニエル・クレイグとその弟たちをも巻き込んで、緻密で大胆不敵な大作戦が始まる。
 複雑に込み入った強奪計画は、本作がデビューとなるレベッカ・プラントのオリジナル脚本によるもので、ソダーバーグはその出来栄えに惚れ込んだのだろう。やや駆け足気味なのが惜しまれるが、事件後にFBI捜査官のヒラリー・スワンクが絡んでからの展開も含め、実によく練られている。ミステリ映画が得意な職人監督の帰還を快く出迎えたい。※十一月十八日公開予定(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。