日々是映画日和

日々是映画日和(97)――ミステリ映画時評

三橋曉

 本国でも、愛国的か親日かで世論を二分したと伝えられる韓国映画『軍艦島』を真夏のソウルで観た。太平洋戦争下の当時植民地だった韓国からの強制徴用の実態は、三津田信三の「黒面の狐」にも詳しく描かれていたが、映画では昨今世界文化遺産登録をめぐる話題の長崎県端島こと通称〝軍艦島〟に連れてこられ、炭鉱での過酷な労働を強要された韓国人労働者約四〇〇人の生活の苦難と、そこから逃れんとする命がけの脱出作戦がスリリングに描かれていく。リュ・スンワン監督の演出はダイナミックかつ濃やかで、ファン・ジョンミンやキム・スアンの親娘役をはじめ、出演陣にも不足はない。実はわずかではあるが、ミステリ映画の要素もある。さらに時代設定を終戦間際にしてあるところもミソで、ある程度予想はつくものの、ラストシーンには大きな衝撃を受けた。アンジェリーナ・ジョリーの『アンブロークン』のような真っ当な映画を、反日扱いするような輩のいる国での公開は絶望的だろうが、機会を見つけて字幕入りでもう一度見直してみたい力作だ。

 少し前に韓国映画からのリメイク『22年目の告白 ―私が殺人犯です―』を採り上げたが、今度はその逆のパターン。イ・ゲビョク監督の『LUCK-KEY ラッキー』は、内田けんじの『鍵泥棒のメソッド』の再映画化である。基本的な設定やストーリーに大きな改変はない。公衆浴場で、羽振りの良さそうな男ユ・へジンが転倒して昏倒するのを目撃した貧乏な役者のイ・ジュンは、出来心でロッカーの鍵をすり替え、男になりすます。一方病院で目覚めた男は、裏社会で凄腕の殺し屋と呼ばれてきた過去の記憶を失い、自分が売れない役者だと思い込んでしまう。
 入れ替わりの場面はそっくりだが、日本版と韓国版の印象はずい分と違う。伏線をはりめぐらし、ミステリ劇として作り込んだ原典に対し、韓国版はユ・へジンの持ち味を生かして、ラブコメに徹してみせる。ミステリ映画としては、精緻な『鍵泥棒のメソッド』に軍配を上げるが、リメイクの人懐こさにも捨て難いものがある。硬軟対極にありながら、内田けんじの脚本の核にあるアイデアを活かすという点では、本作も堂々たる仕上がりである。(★★★)

 アメリカの古い犯罪映画や『天国と地獄』を念頭に置いてカメラを回したという是枝裕和監督の『三度目の殺人』では、福山雅治が切れ者の弁護士を演じる。同期生だった吉田鋼太郎の頼みで彼が引き継いだのは、食品加工会社の社長が殺害された事件だった。被告の役所広司には三十年前にやはり殺人の前科があり、裁判官だった主人公の父親が事件を裁いた因縁もあった。しかし再調査を始めた主人公に相談もなく、被告は被害者の妻斉藤由貴から殺人の依頼があったと週刊誌に告白し、世間を騒がせることに。
 社長殺しをめぐる謎が二転三転する面白さは、法廷ものとして期待を裏切らない。しかし、その一点のみに目を奪われると、本作のテーマを見逃すことにもなりかねない。真実はトリックスター然とした役所広司の頭の中にしかなく、拘置所の接見室で彼の話に耳を傾ける福山雅治は繰り人形でしかないからだ。そういう意味で、本作は司法の限界を描いた社会派のドラマとも言えるだろう。市川実日子演じる若手検事と、満島真之介の弁護士助手役に見え隠れするまっすぐな正義感が、本作のテーマを別角度からも鮮明にしてみせる。市川の上司役岩谷健司のほとんど無言の演技が、形骸化した司法制度を象徴するかのように心の澱となって残る。(★★★★)

『危険なプロット』や『彼は秘密の女ともだち』で、ミステリ・ファンからは益々目を離せない存在となったフランソワ・オゾン。第一次世界大戦から間もないドイツで幕を開ける『婚約者の恋人』も、海外からはヒッチコックに喩えての評判が聞こえてくる。戦争の傷跡がまだ人々の心から消えない一九一九年、ドイツの町を一人のフランス人が訪ねてきた。先の戦争でフィアンセを失ったパウラ・ベーアは、亡き恋人の墓に花を手向ける男に声をかけ、彼はフィアンセがパリに留学していた頃の友人だと名乗った。当初の不信感は、やがてパウラの中で恋心に変わっていくが、別れは突然にやってくる。衝撃の事実を告白し、彼は母国へと舞い戻ってしまう。
 面白くなるのはここからで、自国を発ったヒロインは、パリでピエール・ニネが演じるフランス人を捜し始める。彼への思いに駆り立てられるように行動するヒロインが俄かに輝き始めるが、それと対照的に映し出されていくパリの街中の描写は、嫌でも前半のドイツの光景と重なり合い、戦争が双方の国民に疲弊と悲劇しかもたらさなかったという事実を雄弁に物語る。彼女を乗せた列車が、その車窓に映しだす瓦礫だらけの景色が何とも痛々しいが、それをつかの間癒そうとするかのように、モノクロの画面に時折挟まれるカラーシーンの美しさに息を呑む。※十月二十一日公開(★★★1/2)

 香港の裏社会を牛耳る顔役を追って、相棒のエリック・ツァンを失った刑事のジャッキー・チェンは、故人の忘れ形見ファン・ビンビンの後見人となった。成長した彼女はカジノで働いていたが、カジノは詐欺師のジョニー・ノックスヴィルの被害に遭う。事件に巻き込まれた彼女は、休職中のジャッキーに助けを求めることに。
 アクション映画に定評のあるレニー・ハーリン監督とのコンビが興味をそそるジャッキーの新作『スキップ・トレース』は、詐欺師と刑事の凸凹コンビがロシアからマカオへとアジアを縦断するロードムービーだが、双六のような展開に緊張感はなく、まるで観光旅行を見るかのようだ。ファンには申し訳ないが、ジャッキー老いたりの感は否めない。(★★)

※★は最高が四つ、公開日記載き作品は、すでに公開済みです。