日本推理作家協会会報

公共図書館を通じての貸出について
楡 周平


 出版不況が言われて久しい昨今、著作を世に発表して収入を得る我々作家を取り巻く環境も日を追って厳しいものになっているのは多くの会員の方々が感じていることではないかと思います。
 私は現在慶應義塾大学大学院の修士課程に身を置き昨年の四月から著作権の研究を行っております。そもそも作家稼業の傍らこうした研究を始めることになったきっかけは、電子出版が本格化した後の活字媒体の著作権というものが、どのように解釈されるものになるのだろうか、という全くの個人的関心からのものでした。
 電子出版時代の著作権という近未来の研究を行うにも、まず最初は現状分析からです。様々な文献や統計資料にあたるうちに、どうしても避けて通れなかったのが公共図書館の存在でした。現在の出版界の状況を考えると、刊行と同時にまとまった部数を購入してくださる図書館は、非常に有り難く、かつ重要な存在であることは言うまでもありません。しかしその一方で、図書館を通じて読まれている書籍の量が年々増加の一途を辿り、実際に書店を通じて購入してくれる読者人口に迫るところまできているという現実を見た時には何とも複雑な思いに捕われたものです。
 具体的な数字を上げますと、昨年実績で公共図書館の貸出数は五億二三五七万冊、それに比して書籍の推定販売部数は七億七三六四万冊と、その差は二億五千万冊にまで迫っています。過去の軌跡を辿ってみても、九〇年には貸出数が二億六三〇五万冊、推定販売数が九億一一三一万冊で、この十一年間に貸出数はほぼ二倍に増加、書籍の推定販売部数は十五%の減少となっています。このままの傾向が続くとすれば、そう遠くない将来、両者の数字は逆転してしまうでしょう。
 もっとも、図書館に所蔵されている書籍は過去に出版されたものも数多くありますから、この貸出数だけをもって即座に市場に影響を及ぼしていると断ずるのは早計に過ぎるというものです。市場への影響を考えるならば、その回転数、つまりどんな本がどれだけ貸出されたのか、それを調査することが必要と考え膨大な資料と格闘しました。しかしどこをどうひっくり返してもそんなデータはどこにも存在しませんでした。現在の図書館では、蔵書や貸出の状況がコンピュータで管理され、即座に分かるようになっているにもかかわらず、誰もこうした統計を取ってはいないのです。
 そこで私が研究のために定点観測館としている杉並区と港区の図書館に掲示された予約状況を元に、どれだけの本が読まれようとしているのか、いささか乱暴なやり方でしたがシミュレートしてみました。その詳細は「新潮45」一〇月号誌上に詳しく述べましたので、ここでは割愛いたしますが、四月以来予約のトップを占める一冊は人口十万人以上の二四一市区館で七月のある時点だけでも、四万人もの人が待機しているという結果が出ました。これは現在の出版界の状況を考えれば大変な数です。今回のシミュレーションは館内に掲示された予約待ちの上位タイトルを元に行いましたが、在架となっている本を見ても、その汚れ傷み具合からほとんどの本がかなりの頻度で回転していることがうかがえます。
 もちろん図書館が貸出を行わなければこれらの人々が本を買ってくれるのかと問われれば、答えは否でしょう。タダだから読んでるんだ、と答える方が相当数にのぼることは間違いありません。貸出数だけを以て、これを即座に作家の逸失利益と断ずるのも乱暴に過ぎます。しかし、書店に並んだばかりの本を即座に貸出に供するという現在の図書館のあり方には疑問を感ぜざるをえません。さらに図書館関係者の言によれば公共図書館の評価は、貸出数を金額換算し、民間であればこれだけの事業規模のものをこの人数でやっている、という数字を以てなされるものだそうです。社会の中での図書館の存在というのは、そんな民業と同じような基準を以て判断されるべきものなのでしょうか。作家にとって自著を一人でも多くの方々に読んでいただけるのは大きな喜びには違いありませんが、実際に著書を買っていただかなければ生活が成り立たないことも事実です。書店や出版社にとっても同じことが言えるでしょう。作家、出版社、書店、そして図書館と、これらのいずれもが本の世界では重要な役割を果たしていることは違いなく、いずれもが栄えていく道を手をとりあって模索するべき時が来ているのではないか、そんな気がしてなりません。
 本件は全くの個人的関心から始めた研究で、密かに始め、密かに終わらせるつもりだったのが、思わぬ展開を迎え正直申し上げて戸惑いを覚えておりますが、この機会に本件に関して会員の皆様からも広くご意見を賜りたいと存じます。