一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2023年 第76回
2022年 第75回
2021年 第74回
2020年 第73回
2019年 第72回

推理作家協会賞を検索

推理作家協会賞一覧

江戸川乱歩賞

2023年 第69回
2022年 第68回
2021年 第67回
2020年 第66回
2019年 第65回

江戸川乱歩賞を検索

江戸川乱歩賞一覧

1987年 第33回 江戸川乱歩賞

1987年 第33回 江戸川乱歩賞
受賞作

かぜのたーんろーど

風のターン・ロード 

受賞者:石井敏弘(いしいとしひろ)

受賞の言葉

 こんなことになるとは思ってもみませんでした。私は正直なところ、まったく自信がなかったのです。いまは嬉しさよりも恐ろしさが先に立ち、また長い夢でもみているのではないかというような不思議な気分です。もし、これが現実であるのなら、それはきっと天佑神助の力が働いたからに違いありません。
 実際、この作品の登場人物たちの多くは、実在する私の友人たちであり、彼らが本当に魅力的なすばらしい人間であったからこそ、この作品が出来上がったのです。私はこの江戸川乱歩賞を続けてきてくださった講談社の方々と先輩諸氏に深く感謝するとともに、まず彼らに心から“ありがとう”を言いたいのです。
 本当にありがとう――あなた方なくして、今後の作家としての私はあり得ないでしょう。あなた方の気持ちに報いるためにも、これに驕ることなく、良い作品を書き続けていきたいと切望します。

作家略歴
岡山県出身。昭和六〇年、岡山商科大学卒業。昭和六二年、第三三回江戸川乱歩賞を「風のターン・ロード」で受賞。ミステリー・イベントの原作を多数制作。代表作には「業火」「龍王伝説殺人事件」「聖櫃伝説」等。趣味はオートバイ、特技は占星術と気功術。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度乱歩賞は、一月末日の締切りまでに応募総数三四九篇が集まり、予選委員(及川雅、関口苑生、原田裕、松原智恵、松村喜雄、結城信孝の六氏)により最終的に下記の候補作五篇が選出された。
<候補作>
 土喰霊(つちくれ)  三谷海幸
 ターン・ロード    石井敏弘
 再生バレンブルク   樽谷 新
 上海カタストロフ   桂 浩薫
 象が食った完全犯罪  余志 宏
 この五篇を六月三十日(火)福田家「扇の間」において、選考委員・赤川次郎、石川喬司、海渡英祐、中島河太郎、和久峻三の五氏(五十音順)の出席のもとに、慎重なる審議の結果、石井敏弘氏の「ターン・ロード」に決定。授賞式は九月二十五日(金)午後六時より新橋第一ホテルにて行われる。
閉じる

選評

赤川次郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 昨年も爽やかなオートバイ小説で候補に残った石井氏の第二作を今回は受賞作に選んだわけだが、前回に比べ、ミステリー的な工夫をこらした分、やや小さくまとまってしまった感もあり、必ずしも前回を上回る出来とは言えない。
 主人公以外の人物に、まだ作りものめいたところが目立つのは今後の課題だろう。二十四歳の若さである。焦らずに多くを吸収して自分の世界を作って行っていただきたい。
 三谷氏の「土喰霊」と余志氏の「象が食った完全犯罪」は、前者は登場人物の心理、行動に一貫性がない点で、後者は膨大な登場人物を整理、描き分ける力がない点で、いずれもミステリー以前の段階で問題が多すぎる。
 それに比べると桂氏の「上海カタストロフ」は、一応手なれた文章で、現代中国という珍しい背景も興味深いが、謎らしい謎もサスペンスもない単調さは、エンタテインメントの資格を欠く、と言われざるを得ない。
 かなり論議を呼んだのが、樽谷新氏の「再生バレンブルグ」である。フィンランドからソ連までを舞台に、殺人犯に連れ去られた我が子を追い続ける日本人、牧村の捜索行を、前半は地道な「足の捜査」で、後半はガラリとタッチを変えて冒険アクション風に展開して見せる。情景の描写、雪原での大追跡の迫力などは相当なもので、読ませる力を持った人だ。しかし、殺人犯がなぜ子供を連れ去ったか、という動機が説明されないのは、ミステリーとして大きな欠点である。主人公の気持としては、子供が戻ればそれでいいのかもしれないが、読者もそれで満足しろ、では済まないと思う。
 しかし、その点は訂正も可能だ。僕がこの作品を推さなかった一番大きな理由はそれではない。作者の、人間を見る目に疑問を感じるからである。たとえば、子供を連れ戻すべく、主人公はソ連領の村に潜入し、その子供の養父と殴り合いになる。この養父を、作者はいかにも憎々しげな「悪党」として描いているが、その「悪党」は、縁もゆかりもない子供を引き取って、何年も育てて来たのではないのか。作者はそれをどう考えているのだろう?全体に、ソ連を悪役にしておけばいい、という姿勢の安直さも気になるが、それは今、おくとしても、視点を変えればこの主人公は実に身勝手な男ということになる。
 たとえ不本意であっても、何年も親子として暮らせば、愛着も湧くのが人間というもので、それを理解するのが、「人間を書く」こと、つまり「小説を書く」ことの基本である。
 充分な筆力を持ったこの作者には、ミステリーや冒険小説以外の幅広いものを読んで、まず一面的にでなく、人間を見る目を持ってほしい、と思う。
閉じる
石川喬司 [ 会員名簿 ]選考経過を見る
 最終候補に残った五篇のうち三篇までが海外を舞台にしており、いずれもその舞台をうまく生かしていた。とりわけ『上海カタストロフ』は、文化大革命の嵐が吹き荒れたあとの現代中国で軍の高級幹部が妾宅で殺された事件をヘビースモーカーで恐妻家の刑事が追う、という趣向に食欲をそそられたが、党中央をも巻き込む謀略にまで発展するかと思わせた事件の真相が尻すぼみに処理されている点がやや物足りなかった。『象が食った完全犯罪』は、ニューヨーク郊外の高級住宅地で日本人商社員の妻子と隣人のアメリカ女性が強姦殺人されるという発端から、企業戦争を背景に≪サイバネチックス連続殺人≫とでも名付けたい超現代的な犯罪計画が暴露していく過程を粘っこく描いた力作だが、アイデアを盛り込みすぎたためにかえって仕上がりが乱れて損をした。『再生バレンブルク』は、北欧とソ連にまたがる風土感豊かな秀作で、交通事故で妻子を失った平凡な日本の会社員が傷心の旅で再訪したヘルシンキで十数年前の放浪時代に愛しあった現地の恋人がその後わが子を産んだあと暴漢に襲われて廃人同様になっていることを知り、その正体不明の暴漢に連れ去られた子供の行方を求めて雲をつかむような異国での探索行を続ける・・・・という前篇と、一転して手に汗にぎる冒険活劇に変じる後篇とが実に巧みに構成されていて、新しいミステリーへの志向がうかがわれるので、ぼくはこれに最高点をつけたが、残念ながら他の委員の賛同を得られなかった。
 受賞作『ターン・ロード』は、荒削りながら若さの魅力に溢れていた同じ作者の前年度の候補作にくらべて、謎解き物語としての面白さでは優れているものの、前作を埋めつくしていたバイクの排気音やガソリンの匂い、めくるめくような青春の疾走感が薄れているためか、しゃべりすぎの刑事や存在感のない実業家などの登場がいささか気になった。しかし作者の才能の燦きはこの二作で十分に読みとれた。史上最年少乱歩賞作家の今後の疾走ぶりに注目したい。
 『土喰霊』は、導入部の描写の見事さにくらべて、謎づくりが弱かった。もうすこし焼き込みの時間を取った方がよかったのではなかろうか。
閉じる
海渡英祐[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 選考委員をつとめるのは、五十四、五年につづいて、これが三度目だが、そのときとくらべても、今年はひどい不作だった。候補作五本を読みおえたとき、あまりのレヴェルの低さに、私はすっかり憂鬱になってしまったくらいである。
 論理的に筋の通らないことや、人間心理や社会的常識を無視したようなことを平気で書くのは、どういう神経なのか、私にはとても理解できない。これは小説の上手下手以前の問題である。「人物が類型的だ」というのは小説批評の決まり文句みたいだが、その類型さえ書けていないのがほとんどだ。五本のうちの二本は、読むのにひどい苦痛をおぼえたというのにとどめておく。
 『再生バレンブルグ』の作者はかなりの筆力があるが、この小説はある意味で子供が中心人物であり、その子供がなぜ誘拐されたのか、その点についての説明がまったく欠けているのは致命的な欠陥である。犯人も人間であり、単に事件をひきおこすための道具であってはならないと思う。
 『上海カタストロフ』は文革後の中国を舞台にした異色作だが、事件に謎らしい謎があまりなく、筋立てが平板だし、ありきたりの復習劇に終ってしまうあたりにも不満がある。中国に関する豊富な知識を生かすとすれば、たとえばフォーサイス流の作品を考えてみるのも、一つの行き方であろう。
 受賞作に決まった『ターン・ロード』も、わたしの採点は辛すぎるかもしれないが、せいぜい六十点ぐらいの作品である。全体に幼なさが目立ち、納得しにくいふしも多い。ただ、オートバイ好きの主人公と恵子という娘が、かなり生き生きと書けている点が買えるし、二十四歳のこの作者には素質もありそうに思う。将来性を買い、欠点をできるだけ修正するという条件で、私は授賞に同意した。これをほんの第一歩だと思って、今後さらに努力し、自分の個性を生かした作品を書いてもらいたい。
閉じる
中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 三百四十九篇の中から選ばれた候補作五篇を読んで、もっと新鮮な角度からの作品が現れないものかと思った。
 「土喰霊」は二人の人間国宝の陶芸家がからんだ事件を、「上海カタストロフ」は現代中国の高級幹部の変死を、「象が食った完全犯罪」はニューヨークの日本商社員の妻の殺人事件を、それぞれ扱っている。
 舞台に趣向が凝らされてはいるが、人物造型がおろそかにされているし、ストーリー展開も通り一遍で、それほど惹きつけられなかった。
 残りの二篇「再生バレンブルグ」と「ターン・ロード」を、私は推した。前者は十三年ぶりにフィンランドを訪れた主人公は、かつての愛人が賊に襲われて記憶を喪失し、彼女との間にできた子供が誘拐されたことを知る。捜査当局の投げだした謎の糸をたどっていく姿は、荒涼とした自然描写と相俟って、切々として訴えるものがある。
 ところが真相の究明はなおざりにされたまま、第二部の冒険小説に移ってしまう構成は唐突で、作者が新しい試みをするつもりだったか不可解である。
 「ターン・ロード」は昨年もオートバイ小説で候補となった石井氏の作品である。オートバイの活動する個所はお手のものだが、謎解きには未熟の点があった。
 施設に育った主人公のささくれた心情が写されているのと、恵子の存在が支えになって、荒削りな作風をカヴァーしている。二十四歳という作者の育成を楽しみにしたい。
閉じる
和久峻三[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「ターン・ロード」――作品そのものについて言えば、いくぶんの難点はあるにしても、一応、受賞の水準には達している。とりわけ、バイクについての描写が光っているし、ストーリーの運び方も、それなりに納得できる。
 ただし、この作品には、どうしても承服できない重要な問題点(それをここで明かすわけにはいかない)が含まれ、見すごすことができなかった。これは、作者の力量以前の問題であろう。
 それについては、作者自身が現時点において、充分に自覚しておられるだろうし、出版までに手直しさせるということだったが、作品の根幹にかかわる部分なので、手直しと言っても容易な作業ではないだろう。
 残る有力候補は、「土喰霊」であると思った。陶芸についての記述や、仕事場の描写などは実にうまい。登場人物の書き込みも充分だし、何よりも、文章の運びが倫理的で、頭のいい人だと思った。
 この作品は、アリバイ破りを主軸にしたものであり、本格的推理小説に、がっちりと取り組む態度は立派なのだが、ラストの段階になって、一気に自転車で問題の沼を走り抜けるというような“離れ技”を見せたのはまずかった。
 この作品は、むしろ、時代設定をさかのぼらせればよかったろう。まだ、お若いのだから、今後も、研鑚を積んでもらいたい。
 「再生バレンブルグ」――実に興味深い作品である。北欧の風景描写などもよい。ソヴィエトの収容所の酷さを書き込むのはいいが、もっと要領よく描写し、余った紙数をディティールを書くことにあてたなら、バランスのとれたミステリーになったろうから、惜しい作品の一つである。
 「上海カタストロフ」と「象が食った完全犯罪」については、構成がよくない。ミステリーとは、どういうものかを学んでほしい。
閉じる

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第33回 江戸川乱歩賞   
『土喰霊』 三谷海幸
[ 候補 ]第33回 江戸川乱歩賞   
『再生バレンブルク』 樽谷新
[ 候補 ]第33回 江戸川乱歩賞   
『上海カタストロフ』 桂浩薫
[ 候補 ]第33回 江戸川乱歩賞   
『象が食った完全犯罪』 余志宏