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1979年 第25回 江戸川乱歩賞

1979年 第25回 江戸川乱歩賞
受賞作

ぷらはからのどうけたち

プラハからの道化たち

受賞者:高柳芳夫(たかやなぎよしお)

受賞の言葉

   受賞のことば

 乱歩賞獲得を決意してから七年、応募四回、四十八歳という遅い受賞は、それだけで、才能の無さを示すものと、謙虚に今回の受賞を受けとめている。
 しかし、小説は才能だけで書くものでない。書きたい何かがあって、それを原稿用紙にたたきつけるのだ。書くテクニックや要領はあとからついてくると、思っている。幸い書きたいことはある。あとはしゃにむに進むだけである。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度乱歩賞は二一六篇の応募作品の中から次の五作が最終候補作となった。
 波切の怪      久司 十三
 プラハからの道化たち 高柳芳夫
 ショケラ      宮田 亜佐
 六方晶系の女    霜月信二郎
 教習所殺人事件   中町  信
 この五篇を六月二十七日(水)帝国ホテルにおいて、佐野洋、海渡英祐、権田萬冶、斎藤栄、半村良五氏の出席のもとに慎重なる審議の結果、高柳芳夫氏の「プラハからの道化たち」が第25回江戸川乱歩賞受賞作に決定。
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選評

海渡英祐[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作五本のうち、宮田亜佐氏の『ショケラ』は、率直に言ってかなり落ちると思ったが、他の四本はいちおうの水準には達していた。しかし、ずばぬけた出来栄えのものはなく、予想通り、選考委員会はかなりもめた。
 久司十三氏の『波切の怪』は、考証のしっかりした時代もので、好感の持てる作品だが、やや生まじめにすぎ、小説としてのふくらみに乏しいうらみがある。商人の隠密、儀十という人物をうまく生かせれば、面白いものになっただろうに、と惜しまれる。
 霜月信二郎氏の『六方晶系の女』は、雪を主題にした着想はよいが、推理小説としてはいろいろ難があり、私は採らなかった。刑事を探偵役にせず、もっとファンタジックな味を出した方が、作者の意図がより生かせたのではなかろうか。
 中町信氏の『教習所殺人事件』は手固くまとめられた本格ものだが、ただそれだけに終っていて、新鮮味に乏しいのが残念である。人物設定なども、あまりにも類型的で、小説としてのコクがない。
 授賞作に決った高柳芳夫氏の『プラハからの道化たち』は、全編に作者の意気込み、熱っぽさが感じられる力作で、私もこれを一位に推した。ただ、スパイ小説として常套的、図式的にすぎ、やや古めかしいスタイルであるのがものたりなく、授賞作にするかどうかには、かなり迷った。なお、密室の機械的トリックはいただけないし、むしろ全体の雰囲気をそこなうものだと思う。
 今後の応募者には、従来の推理小説の殻を破る作品を書こう、という意欲を望みたい。それが、全体を通しての私の感想である。
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権田萬治[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年の乱歩賞の水準は昨年よりも高くどれも個性的な魅力にあふれていたが、半面それぞれに難点があり、決定打に乏しい感があった。一時受賞作なしの声が出たのもその現れといえる。
 高柳芳夫の「プラハからの道化たち」は、ドプチェクによる自由化が不発に終り、再び“冬の時代”を迎えたプラハを舞台にしたスパイ・スリラーの力作である。外交官としての豊かな海外経験を生かし、既成のスパイ・スリラーの技法をいわば集大成した作品で、一種の熱気が作品全体を覆っている。人間の描き方が図式的で、手法にも新鮮味が乏しいきらいはあるが、安定した筆力が感じられる。すでに何回か最終候補に残った実績もあり、結局この作品が受賞作に落ち着いたわけである。
 中町信の「教習所殺人事件」は前半は密室、後半はアリバイ崩しという本格もので、なぞ解きの面白さという点で私はかなり評価したが、文章に魅力が乏しく、警察官の肖像が古すぎるなどの声が強かった。
 これらに比べ霜月信二郎の「六方晶系の女」は小道具に雪を巧みに取り入れた作品で捨て難い魅力もあるが、筋立てに無理が多く、せっかくの着想がじゅうぶんにいかされていないうらみがある。また、久司十三の「波切の怪」もまた、時代推理としては読みごたえのある立派な作品だが、やや史実にとらわれ過ぎ、推理小説的な展開に物足りない所があった。
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斎藤栄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 最終選考に残った五篇は、いずれも力作で、それぞれの作者に個性がよく出ていた。そのために今回の選考会はシンドイことになりそうだという予感があったが、果してそうなり、五人の選者が五通りの意見を述べて、なかなか決定をみるに至らなかった。
 個別的にいえば、「波切の怪」は時代考証もしっかりしていて、有名な波切騒動と大塩平八郎を結びつけた着想は面白かった。もうひとつ徹底していたら、これが受賞作になる可能性はあった。
「ショケラ」は、庚申塔の土俗的な面の着眼は、いわゆるミステリーのひとつの道だけに充分な材料となりえたが、あまりに全体的な破綻が多すぎたのは残念である。
「六方晶系の女」には、推理小説を書く者のセンスがあり、好きな発想である。五篇の中で私は強く心にひかれた。将来性のある人だ。
「教習所殺人事件」は、動機の点を除けば、立派な作であり、よくまとまっている。作者は自信を失わず、必ず捲土重来を期すべきである。
「プラハからの道化たち」は、外国生活の経験がある作者が、その知識を生かしつつ、重厚な筆致の中に、人間と政治・組織のからくりにいどみ、熱っぽい感情で仕あげた作品である。この作者の真摯な精進が実を結んだもので、私は終始、一位に推していた。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 受賞作に決まった「プラハからの道化たち」は、スパイ小説である。スパイ小説としては、人物の設定、小さな事件の配置などが、形にはまり過ぎており、その点が多少物足りなかった。しかし、江戸川賞初のスパイ小説という意味では、このように格を踏まえた作品の方がふさわしいのかもしれない。高柳氏は、密室トリックがお好きらしく、この作品でも取入れられているが、私には、その部分だけが浮き上がっているようにみえた。独特の雰囲気を持つ文章が書ける人なのだから、小さなトリックなどを捨てたスリラーが、むしろ向いているのではないだろうか。
「六方晶系の女」にも私は魅かれた。トリックもそう不自然には思われなかったし、何よりも、“人間の謎”に焦点を合わせる姿勢に共感を持った。しかし、最後のどんでん返しのための伏線が不足しており、とってつけた感じになったのが惜しかった。
「教習所殺人事件」は、トリックは十分に練られているものの、小説の展開が平凡すぎる。トリック考案に注いだ情熱のせめて半分を、小説作りにもわけてもらいたかった。
「波切の怪」は、時代小説として一人立ちできる作品だと思う。だが、推理小説かと言われた場合、首を傾けざるを得ない。もう一か所、どこかにひねりが利いていれば、と惜しまれてならない。
「ショケラ」については、敢えて触れないでおこう。
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半村良[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回は、いわゆる「ダントツ」的作品がなく、その点で選考会は難航するのではないかと思われた。
 わたしの好みからすると、霜月信二郎氏の「六方晶系の女」を、冒頭刑事の出勤風景から終幕、積雪の湿原の設定まで非常に優しく美しい作品だと思ったが、本質的に中編或いは短編の素材だし、その良さが推理小説の評価範囲外の部分に傾っているので、受賞はむずかしかろうと予測していた。しかし、美しい小説を書けるかたであることはたしかで、大いに期待している。
 中町信氏の「教習所殺人事件」は推理小説を知り抜いていて、トリックやアリバイ崩しに大変な努力を傾注されたことはよく判ったが、残念ながら迫力に欠けるし、登場する刑事も「六方晶系の女」の刑事に及ばなかったようだ。
「波切の怪」はその考証のたしかさに驚き、久司十三氏がどんなかたか知りたくなった。しかしあとになって江戸時代人々に膾炎された「波切騒動」にこだわり過ぎていることが判り、大変残念だが受賞に至らなかった。
 結局、高柳芳夫氏「プラハからの道化たち」に賞が行くことになったわけだが、スパイ物という点で多少難がのぞいていたようだ。しかし、言いたいことがあって語るその熱気は候補作中随一であって、まずまず妥当な受賞だと思う。
「ショケラ」宮田亜佐氏は無理だった。
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選考委員

候補作

[ 候補 ]第25回 江戸川乱歩賞   
『波切の怪』 久司十三(『狼火の岬』として刊行)
[ 候補 ]第25回 江戸川乱歩賞   
『ショケラ』 宮田亜佐
[ 候補 ]第25回 江戸川乱歩賞   
『六方晶系の女』 霜月信二郎
[ 候補 ]第25回 江戸川乱歩賞   
『教習所殺人事件』 中町信(『自動車教習所殺人事件』として刊行)