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1977年 第23回 江戸川乱歩賞

1977年 第23回 江戸川乱歩賞
受賞作

とうめいなきせつ

透明な季節

受賞者:梶龍雄(かじたつお)

作家略歴
1928~1990
岐阜県生れ。慶応大学卒。
五二年、「宝石」に「白い路」を発表。小学館退社後、児童読物や推理小説の翻訳に携わり、七七年に「透明な季節」で江戸川乱歩賞を受賞した。「リア王密室に死す」に始まる旧制高校を舞台にした一連のシリーズを中心に、抒情豊かな本格推理を発表。ほかに「海を見ないで陸を見よう」「奥秩父狐火殺人事件」「裏六甲異人館の惨劇」「清里高原殺人別荘」など長編多数。

1977年 第23回 江戸川乱歩賞
受賞作

ときをきざむしお

時をきざむ潮

受賞者:藤本泉(ふじもとせん)

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度の江戸川乱歩賞は、二月末日の締切までに応募作品一六八篇が集まり、予選委員(青木雨彦、小林久三、権田萬治、氷川瓏、阿部主計の五氏)により最終的に左記の候補作五篇が選出された。
 透明な季節      梶 龍雄
 推理小説・国定忠治  嵯峨崎遊
 幽霊要塞       玉塚久純
 タジ・マハールの再会 水島圭三郎
 時をきざむ潮     藤本 泉
 この五篇を、本選考委員が回読し、去る六月二十七日、新橋第一ホテルにおいて、佐野洋、菊村到、陳舜臣、仁木悦子の四氏出席のもとに慎重なる審議の結果、梶龍雄氏の「透明な季節」、藤本泉氏の「時をきざむ潮」の二作が第二十三回江戸川乱歩賞に決定した。
 尚、笹沢左保氏は書面参加。
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選評

佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 あえて酷評すれば、候補作のうち『幽霊要塞』『推理小説・国定忠治』『タジ・マハールの再会』の三篇は、小説の態をなしていなかった、と言いたい。それぞれに、何らかの趣向は凝らされており、苦心もわからないでもないが、登場人物たちの影が薄すぎるのだ。読者が納得するだけの実在感がなく、彼らは、紙の上に活字としてのみ存在しているのに過ぎない。
 このように、実体のない人間が殺された(それも紙の上で)からと言って、読者は興味を持つだろうか?
 この点が入選した二篇と他の候補作との決定的な違いである。『透明な季節』は、戦時中の旧制中学生の世界を、『時をきざむ潮』は、独特な風習を持つ不気味な社会を、それぞれ、見事に描き切っている。ことに後者の場合、現代の日本に、こんなところがあるのだろうか、と疑いたくなる世界でありながら、ついに納得させられてしまうのは、作者の力量が非凡だからであろう。
 しかし、私には不安がないでもない。推理小説的骨格の弱さが、両作品に共通して見られると思うからだ。
 両氏が、『江戸川乱歩賞受賞作家』として、今後も推理小説を書き続けられるつもりならば、その点に関してのご研鑚をお願いしたい。
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菊村到[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私が一番気になったのは、藤本泉さん以外の人の文章が一般に安易で粗雑なことだった。小説である以上、文章、あるいは言葉をもっと大切にしてほしいと思う。
「時をきざむ潮」は五篇の中で一番、小説としての密度が濃密で、主人公の刑事の人間像も鮮明だし、自然現象と犯罪をたくみに結びつけた発想に新鮮さを感じた。難を言えば、舞台設定が抜群に面白いわりに犯行の動機がやや平凡で、舞台のスケールの大きさにくらべて、いささか物足りない。日本人の生活の根に息づいている土俗的なものに対するこの作者の執拗な追求を高く評価したい。
「透明な季節」はいわば推理小説の形式をとった私小説であり、青春小説である。そこに新鮮さを見る。文章はやや荒っぽいし、推理小説としては多少不満も残るが、選相中の暗い青春をひたむきに描く作者の熱っぽい気迫とみずみずしい情感は一つの収穫である。
「タジ・マハールの再会」はなかなか凝った作品で、それなりの面白さはあるが、トリックのためのトリックが目立ち、人物の動きが空転している。いかにもオールド・ファッションで新人らしい新鮮さに欠ける。しかし才能のある人なので今後に期待したい。
「推理小説・国定の忠治」は文章が安易な劇画調で、折角のストーリーの面白さをぶちこわしている。
「幽霊要塞」は好材料を掴みながら小説の基本的なテクニックが身についていないために不発に終ってしまった。
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笹沢左保[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今回の候補作品から入選作を選ぶのに、苦心したり苦慮したりすることはなかった。同時に目が覚めるような思いも、意欲的なものに駆られることも、経験しなかった。それは全候補作が一応の水準に達していながら、これだと目をみはるような作品は見当らなかったということである。
 小説としてうまく書けている、設定がおもしろいし、よく勉強している。ということが言えるだけで、推理小説としての水準の高さにはまるで欠けている。江戸川乱歩賞は新人賞ではないが、推理作家の登竜門となっている。これからという人が推理小説の代表的な賞をめざすのであれば、新しい本格推理小説を書こうとする意欲、情熱、勉強、工夫があってもいいのではないか。
『推理小説としては必ずしも・・・・』と註釈を加えなければならないことに、大いに不満を感ずるのである。
『幽霊要塞・玉塚久純氏』は、発想だけが面白い。『国定の忠治・嵯峨崎遊氏』は、殺人が当然のような世界を推理小説の舞台に使っても意味がない。『透明な季節・梶龍雄氏』はあ、時代の選び方が弱い。『タジ・マハールの再会・水島圭三郎氏』は、どうしても外国を舞台にしなければならないと必然性がない。『時をきざむ潮・藤本泉氏』は、ムードで読ませる。結局、作者の将来性を買える『タジ・マハールの再会』と、老練さが作品に活かされている『時をきざむ潮』とを、推すことにした。
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陳舜臣[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 藤本泉氏の『時をきざむ潮』は、白蟹という特異な組織をもった排他的な村を舞台にしており、これは作者の得意とするテーマであり、さすがに安心して読むことができた。この作者にはこれからもあまり「推理」ということを意識せずに書いてほしいと思う。ストーリーそのものよりも、登場人物がいきいきと描かれているのが魅力となっている。
 梶龍雄氏の『透明な季節』は、戦争の狂気の時代を、少年の目がいやみなくとらえている。細部にミスがいくらかあったが、一見なげやりな文体が、以外にテーマにふさわしく、それなりの効果をあげているようだ。以上の二作が受賞作に決定したが、両氏のこれからの活躍を刮目して期待したい。
 水島圭三郎氏の『タジ・マハールの再会』は、抵抗のなさが気がかりなほどすらすらと読めたし、サスペンスの盛りあがりもあった。ただし、設定に不自然さが目立った。本格ミステリーにはあるていどの無理はやむをえないが、この作品はその許容限度を越えている。詰めの弱さもあって、残念ながら一歩及ばなかった。嵯峨崎遊氏の『推理小説・国定の忠治』は、設定の無理に加えて、人物が活力を欠いている。会話のなかに昭和語が多すぎるのも気になった。これは玉塚久純氏の『幽霊要塞」にもいえることだが、筋を進めるのと、状況を説明するのに精一杯で、小説にふくらみをもたせるゆとりがなかったようだ。おおぜいのロシア人が登場するが、彼らの描写を通じて、ロシアの大地の響きがいっこうに伝わってこない。考え直していただきたい。
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仁木悦子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年の候補作品は、大体どれもあるレベルに達している反面、どの作品にも無理な点や物足りない面があった。
 「幽霊要塞」は、日露戦争当時の旅順の戦いをバックにしたもので、ステッセルなど実在の人物が登場する目のつけどころはいいが、物語の進行が平板で登場人物にも個性がみられなかった。「推理小説・国定の忠治」は、部分的におもしろい所もあるのだが、筋の運びに矛盾や無理が目立ちすぎた。「タジ・マハールの再会」は、日本や外国の青年たち数名が、中近東からインドまで旅行してゆく過程に起る殺人事件を扱ったもので、若者たちの海外旅行熱の盛んな折から、興味ふかい題材と思われる。が、これも人物に個性がなく、話の運びに無理があって、折角の興味をそいでいる。
 「時をきざむ潮」は、手慣れた文章で、主人公の刑事もよく描けており、物語に惹き込まれてゆくおもしろさがあった。ただし推理小説としては説明不足の部分がかなりある。
 「透明な季節」は、太平洋末期の一中学生の体験を少年らしい文章で綴っており、戦時下の学園生活や年上の女性への思慕が生き生きと描けていた。ただし、これも、推理小説としては解決がすこしあっけない。しかしながら、この二作品にはそれぞれ捨て難い味があり、また、江戸川賞だからといってこちこちの本格推理でなければならないという考え方はむしろ好ましくないと思い、この二篇の受賞に賛成した。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第23回 江戸川乱歩賞   
『推理小説・国定忠治』 嵯峨崎遊
[ 候補 ]第23回 江戸川乱歩賞   
『幽霊要塞』 玉塚久純
[ 候補 ]第23回 江戸川乱歩賞   
『タジ・マハールの再会』 水島圭三郎