一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

2017年 第70回
  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
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1969年 第15回 江戸川乱歩賞

1969年 第15回 江戸川乱歩賞
受賞作

こうそうのしかく

高層の死角

受賞者:森村誠一(もりむらせいいち)

受賞の言葉

   受賞の言葉

 推理小説を書く気になったのは最近のことです。クイーンやクリスティの作品に接してその精緻さに感嘆し、自分も一つと書き下したのが思いがけず受賞の栄に浴しました。
 自分だけの一人よがりではないかと惧れながらも、原稿用紙のマス目を埋めていく孤独な作業。それに一つの評価を与えられて感無量です。言いしれぬ喜びと同時に、選考にあたられた先生方の評価を裏切ることなきよう思い責任を感じております。

作家略歴
1933~
埼玉県熊谷市生れ。青山学院大学卒。
ホテル勤務ののち一九六七年に「大都会」を刊行。六九年、「高層の死角」で江戸川乱歩賞を受賞した。七三年に「腐蝕の構造」で日本推理作家協会賞を受賞し、2011年『悪道』にて第45回吉川英治文学賞を受賞。「新幹線殺人事件」「人間の証明」「駅」「棟居刑事の復讐」など多くの推理長編があるほか、「忠臣蔵」ほかの時代・歴史小説や「悪魔の飽食」などのノンフィクションも発表している。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

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 本年度の江戸川乱歩賞は、二月末日の締切りまでに、応募作品数は百十篇に達した。予選委員会は既報の通り五月十日に行われ、左記の五篇が候補作品に選ばれた。
 高層の死角    森村 誠一
 鮮血のパプテスマ 永井 ばく
 虚妄の残影    大谷羊太郎
 明かりのない部屋 愛里  収
 天使が消えてゆく 夏樹 静子
 この五篇を本選考委員に回読を乞い、去る六月二十三日午後四時から第一ホテル新館“橘の間”において、高木彬光、角田喜久雄、中島河太郎、仁木悦子、横溝正史氏ら五選考委員(五十音順)出席の下に、選考委員会が開かれた。松本清張委員は所用で欠席した。
 まず全委員一致の意見として、「鮮血のパプテスマ」と「明かりのない部屋」が落ち、残りの三篇について検討した結果、「高層の死角」と「天使が消えてゆく」の二篇が最終的に残り、慎重な審議を行った結果、森村氏の「高層の死角」への授賞が決定した。
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選評

高木彬光[ 会員名簿 ]選考経過を見る
抜群のトリック

 今回の候補作五本のうち「鮮血のパプテスマ」「明かりのない部屋」はいわゆる怪奇物だが、この種の作品で成功するためには、平均以上の筆力が要求される。この二作はその点いかにも不十分であり、読後の空々しさは如何ともしがたいのである。
「虚妄の残影」はたしかに力作であるが、あまりにも全篇力みすぎて長篇に必要な緩急の呼吸が不十分である。その点に関しこの配慮があれば、近い将来第一線で活躍できるだけの力量はすでに備わっていると思う。私としては次回に期待したい。
「天使が消えてゆく」は私が一番感心した作品である。肌理の細かい文章と奇妙な女性心理の綾を描き出したテーマに惚れこんだのだが、ほかの諸氏が指摘されたように、文章がパンチ不足で、女性心理が作りものの感がするといわれるのもうなずける。長所と短所はある意味で表裏をなすからだ。この作品はおそらくほかの形で出版されるだろうから私としては多数決に従った。
「高層の死角」はトリックに関するかぎり抜群である。ことに前半、四つの鍵をめぐる密室トリックがすばらしい。ホテルに関する知識もずばぬけていて、最初はホテルマンかと思ったくらいだが、そうでないとすればその努力には敬意を惜しまない。難は文章のまずさだが、この点は今後の努力によって解決されるものだし、将来性を考えて、この作品に授賞ときまったことは喜ばしい次第である。
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角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
鮮かな作者の力量

「高層の死角」森村誠一氏――ホテルを舞台にしたものは沢山あるが、これほど詳細なデータを積上げた上に密室を構築した作品ははじめてであろう。特に前半の鍵の謎を追及する辺りはなかなかに鮮やかなもので、作者の力量が感じられる。難点を言えば、後半のアリバイ追及の部分がもたついて鮮明さをかき、幾つか問題になる個所を残したことだが、候補作品中推薦するとすれば、この作品であろう。
「天使が消えてゆく」夏樹静子氏――テーマの選び方掴み方も如何にも女性らしく、文章も女性らしく柔軟で、なかなか面白い作品であった。唯、難を言うと、全体に線が細くてパンチが足りず、たたみかけてくるような起伏がかけていた。つまりは長所短所ともに女性らしい作品とでも言うか。捨てがたい魅力を感じながら、推薦作を一本に絞るとすれば結局「高層の死角」を推すほかはなく、いささか残念であった。
「虚妄の残影」大谷羊太郎氏――大谷氏の作品は余りにもトリックや事件を盛りこみすぎ人間関係を複雑にしすぎるため、却って分裂をきたす欠点があり、力量を認められながら何時も入選を逸している。今度の作品はかなりよくまとまってはいたが、それでもその欠点から抜け切れなかった。しかしこの人は将来最も有望な実力を持った人材だと思う。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
世は事も無し

 昨年の候補作の作者は五十代だったのに、今回は昭和生まれに限られていた。
 社会派、風俗派退潮のあとだけに、どういう傾向が現われるかと楽しみであった。本格物三篇、サスペンス物二篇である。
「明かりのない部屋」は導入の部に若干惹かれたが、主題の変態性欲がそらぞらしく、「鮮血のパプテスマ」も道具だてがチャチだった。サスペンス小説はよほどの筆力がなければ、思いつきだけに終ることを、まざまざと見せつけられた。
「虚妄の残影」の大谷氏は、三度目の候補作である。相変らず密室に取り組み、戦争下の謎と現時点を結びつけた力作だったが、あまりに力みすぎてしまった。氏の構想力にめざましいものがあるから、きっと大成されるだろうと思う。
 夏樹氏の「天使が消えてゆく」はなだらかな文章と、起伏のあるストーリーとで読ませるのだが、母性心理の描写がプロットのために歪められているので採らなかった。
 森村氏の「高層の死角」でも、女性心理の、描き方は不足だが、よく考え抜かれたトリックに敬意を表した。こんな読みにくい原稿は、珍らしいほどだが、綿密に調べて組み立ててある努力は見事である。
 ひそかに新風を期待していたが、“すべては世は事も無し”であった。
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仁木悦子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
「高層」と「天使」

 今年の最終選考に残った方たちは、全員二十代の終りから三十代の半ばという年齢だった。日本の推理小説にとって、新鮮な感覚をもった若い人たちの登場は何より望ましく、この点たいへん心強く思った。
「鮮血のパプテスマ」と「明かりのない部屋」は、それぞれ着想や描写に光ったものがみられたが構成その他にすこし無理な点があった。五篇を読み終っての私の結論としては「文章のうまさとおもしろく読ませる点では『天使が消えてゆく』であり、推理小説的な内容からいえば『高層の死角』であって、受賞作はこのどちらか以外には考えられない。ただし二篇とも、かなりの欠点や矛盾は目につく。この二つは傾向の全く異なるものなので、強いて一篇を選ぶなら『高層』の方かと思うが『天使』もまた捨て難い」ということになった。選考委員会では、高木氏が「天使」を推されたほかは、ほとんどの委員が私と同じような意見をもっていられ、紙一重の差で「高層」に決まった。「天使」の作者も、気落ちせず今後いっそう頑張っていただきたい。
 なお別な意味で注目させられたのは「虚妄の残影」であって、独創的なトリック案出の才能ではこの作者が一番ではないかという気がした。このまま終らせるにはあまりに惜しい才能だから、今一息勉強して大成して欲しいと思う。
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横溝正史[ 会員名簿 ]選考経過を見る
「高層の死角」を推す

 今度の候補作五篇のうち、私の手許へは、「明かりのない部屋」「鮮血のパプテスマ」「虚妄の残影」「高層の死角」「天使が消えてゆく」の順序でまわってきた。
 正直いって、「明かりのない部屋」と「鮮血のパプテスマ」を読んだとき、私は審査員としての自分の資格を疑った。疑ったというより自分の資格に不安をかんじた。予選をパスして候補作として残った以上、予選の選考委員のひとたちは、この二作のどこかによさを認めたにちがいないが、私にはそのよさがよくわからないのである。
「明かりのない部屋」は主題があまりにも陰惨すぎる。私もかっておなじ主題を扱ったことがあるが、この作品ではその主題に付随して、もうひとつの副主題がからんでくる。いや、作者の覘いはむしろ、この副主題にあったのかもしれないのだが、それが不自然でもあり、不潔感さえ催させる。おなじ主題なり副主題なりを扱っても、もう少し美しく謳いあげることも可能だと思うのだが、この作者の技術はまだそこまでいっていないようだ。
「鮮血のパプテスマ」は、私の感覚外の作品である。各章の見出しなども凝っており、ときおり光った描写もあり、目のつけどころも面白いのだが、これだけではどうにもなるまい。
 前二作に失望しているところへ「虚妄の残影」がまわってきた。正直いってこの作品で、私は多少救われたような気になった。ほかにこれという作品がなければ、これに落ちつくのではないかさえ思った。力作感も十分だし、「密室殺人」のトリックもわりにうまく構成されている。ただ遺憾なのは主題が二つに分裂していることである。最初の主題だけで押していけばいいものを、途中で主題がすりかわってくる。あとで選考委員会のとき、ほかの選考委員に聞いたところでは、この作者はいつもそうなのだそうだが、サーヴィス精神も過剰になると、かえって作品を混乱させることを知ってほしい。
 つぎにまわってきた、「高層の死角」を読んだとき、私はただちにこれに決めてしまった。推理小説のつねとして、いろいろ無理もあり、説明不足の部分もなきにしもあらずだが、今度の候補作品のなかでは圧倒的に優れていると思った。読みおわったあと、今日の立身出世主義の権化のような犯人像が、かなりハッキリ印象づけられるのもよかった。だいたいこれに決めた。
 さてそのあとで、「天使が消えてゆく」を読んでほんとのところ私は多少迷ったのである。手なれた文章でうまく構成されている。ただこの作品の弱点は、読んだあとの印象が、愛すべき小品を読んだという感じを与えるところである。選考委員会のとき、ほかの選考委員がいいことをいった。パンチに欠けていると。
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松本清張選考経過を見る
「明かりのない部屋」「鮮血のパプテスマ」は、乱歩賞作品候補作としては異色の作品で、一応は読ませたが、共に技倆が意欲に伴わなかった憾みがある。
「虚妄の残影」は、二つの密室トリックを始め、次々と意外な事実を出して来るあたり、実によく考え抜かれた壮大な本格推理であるが、余りにも欲張り過ぎて、主題が割れてしまっている。この著者に望みたいことは、作品を簡潔にまとめる技術を身につけることである。次作に期待した。
「天使が消えてゆく」は、幼児の心臓病を材料に、その母親と、たまたまそれについて取材した婦人記者とのからみ合いを、殺人事件に平行して描き、両者を最後に一本にまとめて行くという筋立てもよく、文章も手馴れて居り受賞しても恥ずかしくない出来であったが、小じんまりとまとまり過ぎたことがマイナスとなった。
「高層の死角」は、ホテルを舞台に、飛行機をアリバイ造りに使った本格推理で、ホテルに関する精細な知識を裏付けとし、ホテル戦争という現代的事象を殺人動機として興味を盛り上げ、後半のアリバイ崩しもよく出来ていた。但し、内容に比して、いささかお粗末である。文章についての一層の研鑚を望む次第である。
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選考委員

候補作

[ 候補 ]第15回 江戸川乱歩賞   
『鮮血のパプテスマ』 永井ばく
[ 候補 ]第15回 江戸川乱歩賞   
『虚妄の残影』 大谷羊太郎(大谷一夫)
[ 候補 ]第15回 江戸川乱歩賞   
『明かりのない部屋』 愛里収
[ 候補 ]第15回 江戸川乱歩賞   
『天使が消えていく』 夏樹静子(五十嵐静子)