一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

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  • 長編及び連作短編集部門愚者の毒宇佐美まこと
  • 短編部門黄昏薬丸岳
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1967年 第13回 江戸川乱歩賞

1967年 第13回 江戸川乱歩賞
受賞作

べるりん――せんはっぴゃくはちじゅうはちねん

伯林-一八八八年

受賞者:海渡英祐(かいとえいすけ)

受賞の言葉

   情熱と執念を

 候補作に上げられて以来、私は久しぶりに受験生のような心境を味わったが、受賞の知らせを頂いたときも、やはり受験生のような気持になった。嬉しいと同時に、これからが問題だ――と思ったのである。正直、喜びよりは緊張感の方が大きかった。
 数年前、処女作『極東特派員』を出して以来、私は久しく低迷をつづけていた。もちろんそれは私の努力不足のせいであり、また二十代というのは、どこか足が地につかないところがあったようにも思われる。しかし、最大の原因は本当の意味での作家の執念が私に欠けていたためであろう。
 受賞の御挨拶に江戸川邸へ伺ったとき、私は乱歩未亡人から、こんな話を聞かせていただいた。
 乱歩先生は労作『探偵小説四十年』の校正のとき、すっかり眼を悪くされ、膿が出て瞼がほとんどふさがってしまわれた。それでもなお、毎晩おそくまで夫人との読みあわせが、熱心につづけられたというのである。
 乱歩先生にかぎらず、これまで諸先輩が推理小説に賭けた情熱と執念――私は今後、それを自分のものにしなければならない。そして、いくらかでも推理小説に新分野をひらくために努力していきたいと思う。

作家略歴
東京都目黒区生れ。東京大学卒業。
高木彬光に師事して、一九六一年「極東特派員」を刊行。六七年に「伯林―一八八八年」で江戸川乱歩賞を受賞する。本格推理を中心に、歴史推理、ユーモア推理、競馬推理、捕物帳など作品多数。主な作品に「おかしな死体ども」「燃えつきる日々」「白夜の密室」「次郎長開化事件簿」など。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 本年度の江戸川乱歩賞は、二月末日の締切までに、応募作品総数百三十六篇に達した。予選委員会は去る五月十三日、阿部主計、石川喬司、大内茂男、萩原光雄、氷川瓏氏ら五予選委員が出席して開催。第一次予選で三十七篇を選び、さらに左の四篇を、候補作品として選出した。
 「失われた街」   草野唯雄
 「伯林-一八八八年」海渡英祐
 「野望の接点」   黒木曜之助
 「美談の報酬」   大谷羊太郎
 この四篇を本選考委員に回読を乞い、去る六月二十八日午後六時より、赤坂“清水”において荒正人、角田喜久雄、長沼弘毅、中島河太郎氏ら四選考委員出席(木々高太郎、松本清張委員は書面参加)のもとに、選考委員会を開催。慎重審議の結果、海渡英祐氏に第十三回江戸川乱歩賞の授賞が決定した。
(「日本推理作家協会会報」一九六七年七月号)
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選評

荒正人選考経過を見る
新鮮な才能の登場を喜ぶ

 選考委員の手許に廻ってきたのは、四篇で、このうち一篇だけは、どう考えても落第点しかつけられないのがあった。「失われた街」も「美談の報酬」も、それぞれ特徴があったが、きめ手となる長所に欠けていた。
 「伯林-一八八八年」は、ビスマルクという偉人のイメージの点で、部分的な異論もあったが、偶像破壊ないし諷刺という点で、チャップリンの「独裁者」という例もあるから、マイナスが却ってプラスになるともいえよう。本格探偵小説という点になると、注文も厳しくなるが、森鴎外の出し方なども、一般受けがしよう。作者は、西洋史の裏面に関心があるらしいが、これはやはり強味だと思った。題材は無数にあるが、乱作をしないで頑張っていただきたい。私は久しぶりに新しい才能に出会い、心から喜んでいる。他の委員たちとも意見が一致したことを付記しておきたい。
(「小説現代」一九六七年九月号)
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木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
新しい試み

 「伯林-一八八八年」全く新しい試み、この手があったことをこの作品によってはじめて気がついた。森鴎外についてよく調べてある。北里柴三郎なども出ている。その点もプラスである。唯惜しいことには如何にも森鴎外が平凡な人物で、北里の性格も書けていない。鴎外の恋愛と文学はもっと深く、厚いものでなくてはならぬ。その点はマイナス。推理小説としては、トリックもなっていない。必然性もない。あっても、偉人のやることではない。然し、この新手に点を出し度い。
 「失われた街」ネオンのトリックはよい。然し、それ一本に頼っているようで、少々心細い。乱歩賞作品としては「伯林-一八八八年」よりトリックによい点を出し度い。描写に暖か味と、ゆきとどいた理解が欲しかった。トリックはよいが平凡にみえるのはそれである。
「美談の報酬」密室も熱心に研究してある。弦楽器の知識もよい。アメリカ兵とその時代を描いたのもよい。密室の他にも謎ときがあって、楽しませる。全体の筋、本命となる殺人がもっと心理的又は対人的理由が深刻であれば上乗であるが、その点が少々残念。描写は再考を要する。題もよろしくないから改める方がよい。「野望の接点」と兄たり難く弟たり難し、小生の好みとしては、この方をとる。
 「野望の接点」これは現実的に重大且つ深刻な問題の核心をついた作品。その点、題材のえらび方では満点。但し、これが現代社会の病弊として取り扱われずに、何か勝ち負け、即ち組合側に勝たせ度い意図があるように疑われるのは未熟。時代の病根としての意識が深くないのが作者の思想的難点であろう。殺人のトリックとしては「美談の報酬」に劣るが、シチュエーションとしては勝る。
(「小説現代」一九六七年九月号)
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角田喜久雄[ 会員名簿 ]選考経過を見る
着想の妙と力作感

 「伯林-一八八八年」この作品のトリックには特に新鮮味はなかったし、数えあげれば弱点も多いが、しかし着想の妙と全篇を貫きとおした力作感は推賞するに足るものと思う。もはやトリックに新しいものはなく、本格物は駄目だと結論する声も聞くが、この作家は純本格に正面から堂々と挑戦しながら、着想の如何によっては尚新天地のあることを示したという点でも価値があると思う。
 「美談の報酬」これも力作であった。終戦直後のミュージシャンの生活などもよく描けている。しかし余りにも力みすぎて、あの手この手を矢つぎばやに盛り込みすぎたため、かえって興味が断片的になり、長篇として一本貫きとおしたものが稀薄になったのは残念であった。
 「失われた街」味としてはこの作品を一番に買った。唯、その味は中短篇向きのものではないか。特にあるビルの所在をつきとめるために、車を右へ左へと乗廻すところが長々とかかれているが、東京人の私にも何処を走っているのかついていけなかった。一番大切なやま場だけに、もう一工夫あるべきではなかったかと惜しまれる。
 「野望の接点」筆力もあり、テーマの根底をなすものにも扱い方によってはと惜しまれるものがあったが、地名職名に生々しい実名を使いすぎたこと、都合のいい偶然を使いすぎたこと、重要な、犯人と被害者の出会わせ方が人間の心理に反して納得出来なかったことなどが大きな欠陥となった。
(「小説現代」一九六七年九月号)
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
異色篇誕生

 予選委員会で審議を尽くされた候補作を前にすると、毎年のことながら、期待に胸がふくらむ思いがする。
 草野唯雄氏の「失われた街」は、女性の窮境を救おうとする緊迫感に貫かれているが、その背後に隠された犯罪の輪廓がつかめるまで、間をおきすぎている。
 大谷羊太郎氏の「美談の報酬」は、戦後の米軍基地で、演奏する青年の心情はよく写されているが、殺人トリックの説明の挿入がうまく融けあっていない。
 海渡英祐氏の「伯林-一八八八年」は、着想が群を抜いていた。十九世紀末のドイツの政情を背景に、鉄血宰相ビスマルクに配するに留学中の森鴎外が推理を競う、密室殺人事件が中核となっている。鴎外の遺した資料に忠実にもとづき、その空白の部分に事件を設定した。後年文人にして医学者という両方面に成果をあげた若き日の鴎外を、探偵役に拉した着眼はユニークである。
 あえて難題に挑み、謎解きと抒情とを一体にしようとした作品の果敢な意図が、まず読者を惹きつけるに足る。この異色篇の誕生は推理小説界に新鮮な刺戟を与えるに違いない。
(「小説現代」一九六七年九月号)
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長沼弘毅[ 会員名簿 ]選考経過を見る
推理小説界に新風

 「野望の接点」黒木曜之助
 茨城県の各所が舞台、教育界の醜聞の暴露。筆によどみのないのは職業柄(新聞社員)で肯かれるが、この職業柄が、かえって裏目に出た。やたらに女の一番大事なものを謀略の道具に使いすぎ、醜悪。ことに最近問題の多い茨城県を舞台にしたのは、非常識。没。
 「失われた街」草野唯雄
 ビル捜しの線とひき逃げ犯人の線とを絡み合わせたのは、一つの手法、文章も平明でよい。しかし、ビル捜しの自動車が、右折だ左折だと長すぎて、読者はついてゆけない。車中で泥酔して眠っていた人間が、二度目には、意外におもい出しすぎるのは、合点がゆかない。ヤマ場のないのも物足りない。努力賞。
 「美談の報酬」大谷羊太郎
 一種のオムニバス式手法。考えられるあらゆるトリックを、小さな箱に詰めすぎて、中身がつぶれてしまった。勇気をもってトリックを、ぐっとへらしたらどうだろう。全力投球の熱心さは買うが、例によってギターのメカニズムにこだわりすぎるのが最大難点。しかし、二つのW―War,Welfareの問題を一応提起したのは、考えさせる点を持っている。敢闘賞。捲土重来を待つ。
 「伯林-一八八八年」海渡英祐
 実名小説。カイゼル一世が死んだ年のことである。鉄血宰相、切れすぎるほど切れる頭脳の持ち主のビスマルクの取った手段としては、芸が細かすぎる。愛する娘を犠牲にしてまで、殺人を決行しなければならぬ動機が、薄い。彼がやるなら、ずっと
後方戦線に控えていて、他人を使うだろう。しかし、近頃マンネリに陥っている推理小説界に新風を送り込んだという点を大いに買っておく。あえて欠点に眼をそむけた。――
(「小説現代」一九六七年九月号)
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松本清張選考経過を見る
堂々たる本格作品

 「野望の接点」は読み易い文章で、筋も面白いが、書かれている内容は疑問である。小説だから何をどう書いてもよいということにはならないだろう。
 「失われた街」はサスペンス小説としてなかなかよく出来ていたが、素材に疑問がある。途中で退屈する所があるのは、そのためである。今後長篇を書く場合には、材料をよく選ぶ必要があると思う。
 「美談の報酬」は非常によく考えて書かれた本格推理小説であり、色々のトリックを盛り込んだ異色作である。面白さという点からいえば、読者を十分楽しませる作品だろう。自動車無線を傍受しての轢殺とか、私書箱を利用して女を自殺(実は他殺)に持って行くとか、手のこんだトリックを考えているのは努力賞ものである。ただ不適当な用語、表現が所々にあったのは惜しい。
 「伯林-一八八八年」は堂々たる本格推理小説である。森林太郎、ビスマルク等実在の人物を出し、事実を背景に組み上げたこの作品は、作者の意気込みと共に出色の出来である。瑕瑾を云々するよりも、こういう新人の作品が出たことを喜ぶべきであろう。今後尚一層の精進を望みたい。
 総じて最終選考に残った四作は、それぞれ水準に達していたし、それぞれに面白かった。推理小説界が沈滞気味だといわれているようであるが、次代を担う若手が多くいることを改めて認識した。諸賢の今後を期待する。
(「小説現代」一九六七年九月号)
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第13回 江戸川乱歩賞   
『失われた街』 草野唯雄 (『大東京午前ニ時』として刊行)
[ 候補 ]第13回 江戸川乱歩賞   
『野望の接点』 黒木曜之助
[ 候補 ]第13回 江戸川乱歩賞   
『美談の報酬』 大谷羊太郎(大谷一夫) (『死を運ぶギター』として刊行)