一般社団法人日本推理作家協会

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1965年 第11回 江戸川乱歩賞

1965年 第11回 江戸川乱歩賞
受賞作

てんしのしょうこん

天使の傷痕(「事件の核心」を改題)

受賞者:西村京太郎(にしむらきょうたろう)

受賞の言葉

   受賞のことば

 受賞して、三、四日は、いささか、ぼうぜんとして過ごしました。こゝに来て、やっと、冷静さを取り戻しつゝあるところです。
 そして、これから、待ったなしの戦いが始まるのだと、自分に、言いきかせているところでもあります。
 思えば、小学生の頃、「怪人二十面相」に心をおどらせ、中学に上ってからは、伏字の多い「黒とかげ」や「一寸法師」を机の下にかくし、教師の眼をかすめて読みふけってたのが、運のツキだったのかも知れません。
 以来、病膏肓、手あたり次第に読んでいるうちに、ついには、自分で書くところまで、来てしまいました。
 後悔はありませんが、自分にも、かって、自分が魅せられたような素晴らしい作品が、書けるかどうか、そのことが、不安でなりません。
 これからの戦いの中で、自分で答を見つけ出していくより仕方のないことでしょうが。
 多くの方が、アイリッシュの「幻の女」に感動されたと書かれていますが、私も、あの作品に接した時、やられたと思いました。
 その時のショックが大きすぎたせいか、何を書いても、感傷過多の作品になってしまうので、弱りました。
 受賞作品は、感傷を押さえようと努めたのですが、出来あがってみると、やはり、感傷の強いものになってしまったようです。
 これからは、この傾向を、良い方向に直していきたいと思っています。
 受賞して、一番多くきかれたのは、「推理小説のブームが去ったといわれているが、どう思うか」ということでした。正直にいって、不安だと答えました。
 しかし、二、三年前に受賞して「今は、推理小説のブームだがどう思うか」と、きかれたら、やはり不安を(或は、もっと強い不安を)感じたに違いありません。
 いずれにしろ、私には、書いていくよりありません。それに、この質問を受けた時、一つのことを考えました。
 映画の不況を、どう思うかという質問に、若い監督の一人が、「今ほど、映画の作りやすい時はない」と答えたことを、思い出したのです。
 勿論、こゝには、若さからくる気負いと、反撥が感じられます。
 しかし、私は、その気負いに感動しました。
 映画が初めて日本で作られた頃、推理小説が、日本に定着しようとした頃、それを支えたのは、この気負いだったと思うからです。いつの時代でも、必要なのはこの気持ではないでしょうか。
 私も、あの若い映画監督にならって、「今ほど、推理小説の書き甲斐のある時代はない」と、言いきれる自信を持ちたいと念じています。
 いさゝか、肩を怒らしたような言葉になっていしまいましたが、賞を受けた喜びの余りと、ご寛容頂きたいと思います。

作家略歴
1930~
(出身)東京(学歴)都立電機工業学校(職歴)人事院昭二三~三五、トラック運転手、私立探偵など(デビュー作)「歪んだ朝」(オール讀物推理小説新人賞昭三八)(代表作)「寝台列車殺人事件」「名探偵なんか怖くない」(趣味)麻雀、将棋(特技)ナシ

2019年「十津川警部」シリーズにて第4回吉川英治文庫賞を受賞

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 今回の江戸川乱歩賞は、三月末日までの応募作品数百七十四篇を数えた。
 本年の予選委員には阿部主計、黒部竜二、氷川瓏、渡辺剣次の四氏のほかに、新たに加わった大内茂男氏を加え、第一次予選において残った十篇について第二次予選を行った。
 五月二十九日、予選委員と中島河太郎氏が第二次予選通過作品について審議した結果、次の三篇が候補作品として残った。
 斎藤 栄「愛と血の港」
 瀬戸彦三「東海岸への道」
 西村京太郎「事件の核心」
 以上の三篇を選考委員が回読し、七月二日、病気療養中の江戸川乱歩氏を除いた荒正人・大下宇陀児・木々高太郎・中島河太郎・長沼弘毅氏ら五人により赤坂“清水”において選考会が開かれた。
 各委員はまず「東海岸への道」を選外とすることに一致し、残りの二篇について審議を重ねた結果、「事件の核心」を推すことが、全員で承認された。
 「事件の核心」は刊行に際して「天使の傷痕」と改題されたが、わが国に残存する封建性の下にあえぐ人間の苦悩を深く掘り下げた構成力にみるべきものがあり、エンゼル・ベビーという今日性のあるテーマをとらえた異色作で、選考委員会としては新たな新人として西村氏の力倆を高く評価した。
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選評

荒正人選考経過を見る
若々しい作風

 西村京太郎の「事件の核心」は一口にいえば、社会派探偵小説である。
 社会派探偵小説は、松本清張の努力で定着した。
 西村京太郎の作風は、松本清張よりも一段と若々しい。まだ三十四歳だから、若々しいのが当然である。文章の感覚も新鮮だし、速度をもっている。恐らく我流でここまで鍛えあげてきたものだと思う。その努力に心から敬服したい。
 「事件の核心」では、サリドマイド禍という題材が採り入れられている。これは扱いようでは、嫌悪感を抱かせる。
 だが、あくまで探偵小説のわくのなかにおさめている。
 その節度は、今後も大切に守っていく必要があろう。
 探偵小説には、変った経歴の人物が多い。
 西村京太郎の場合も、その一人といってよいかと思う。
 我が強かったり、一人合点に陥ったりすることも、新人の特技として、却って賞讃されよう。だが今後、職業的作家として大きく成長するためには、忠告にも耳を傾け、心を虚しくして、自己を反省しなければなるまい。
 すべてはこれからだ。
 私は、この新人の成長をそっと見守りたい。
(「日本推理作家協会会報」一九六五年九月号)
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木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
立派な本格手法

 江戸川乱歩賞には、既に数年の歴史があり、乱歩の意志もよく判っているので、選はその伝統によってする可きで、自分の好みや考え方だけでする可きではない。
 今回の三篇のうち、私は好みから言えば、瀬戸彦三「東海岸への道」をとりたい。
 然しこれは推理小説としては極めて破格、その上大きなロマンを志して成功作ではない。まず私はこれをおとした。
 斎藤栄「愛と血の港」は珍しい大きな機械の犯罪、その他いろいろ工夫があるが。首尾一貫する感じがない。これは然し前作もそうであるが、真の推理小説手法でかきかえすといいものになろう。
 西村京太郎「事件の核心」はよく考えてあり、立派な本格手法である。但し、新味にとぼしく、小じんまりとまとまっているといった感じ、その点が尚次作では大躍進して貰いたい。
 いずれにしても、とるとすればこれだと思っていたが、他の委員も同じように考えていたのが判った。
(「日本推理作家協会会報」一九六五年九月号)
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大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
煙幕のある作品

 受賞作品の選考に当っては、該当者がなかったら困るな、といつも思う。
 過去十回のうちそれが一回あった。今度もその不安のうちに候補作品を読みはじめたが「事件の核心」を得てホットした。これは本格推理である。
 推理小説の愛好家だったら一度は読んでおかなければならぬ作品の一つだろう。
 犯人がすぐ発見されそうでいて、なかなか発見されない。
 カンで犯人の目星はつくものだが、この作品ではカンは無能である。作者の張りめぐらした煙幕に他愛なく巻き包まれてしまうのである。
 とりわけ奇抜なトリックがある、というのでもないが、そういう構成になっている。作者のお手柄である。
 作者が、この作品を通じて一つの社会問題にとり組んでいることは、十分に成功していないけれども、その意欲は十分に認められる。
 推理小説にそのような異分子を持ちこむ危険性を、作者は次の作でまた試みて欲しい、と私は思っている。
 次席「愛と血の港」は惜しい、とだけ申しておこう。
(「日本推理作家協会会報」一九六五年九月号)
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
社会批判の試み

 候補作三篇についての各委員の評は、今年ははじめからほぼ一致した。
 「東海岸への道」は、着想を活かしきれず、生硬で散漫なものとして、これを推す委員はなく、あとの二篇が俎上にのぼった。
 西村氏の「事件の核心」は、社会問題を扱っているが、昨年の長篇「四つの終止符」と同様に、一種の批判を試みたもので、単なる社会派的傾向のものではない。
 地味な作風は損であるが、地方にわだかまっている封建性を背景に、推理小説的趣向をこらしていて、まとまりを見せている。
 「愛と血の港」は、描写力はすぐれていたが、犯罪工作とその解明が粗い。全篇を貫いている主人公夫婦の情愛は、読者の共感をそそるものがある。
 この二篇はそれぞれ長短があって、どちらも捨てかねたが、難のすくない西村氏への授賞に賛成した。
(「日本推理作家協会会報」一九六五年九月号)
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長沼弘毅[ 会員名簿 ]選考経過を見る
相対的価値

 「東海岸への道」(瀬戸彦三)は、いかにも木々委員の好みに合いそうな作品だったが、全員一致で圏外に去った。要するに、全体としてのまとまりのひどく悪い作品だし、一体なにをいおうとしているのかが、さっぱりわからないというのが、一同の意見だった。
 「愛と血の港」(斎藤栄)――まず、題名は、変更を要する。相当に書き込んだ筆馴れした人だが、執拗な殺人動機が、どこから来るのか、また、大半は、赫(あきら)の持っているコムプレックスを軸にして話がすすめられているが、これも、大げさすぎて人を納得させ得ない。書き直せばいずれも、作品の骨格に触れるので、全篇出直しの必要がある。将来性のある作家である。腐らないで貰いたい。
 結局、「事件の核心」(西村京太郎)が最後にのこった。事件が完全に解決しているかというと、そうでもない。因習(あるいは封建制)の重圧に対する反抗でなく、それからの逃避ということが主軸。話が、つくりごと的で、うまくゆきすぎている点はあるが、相対的価値という点で軍配があがった。
 ただし、題名は絶対に変更のこと。
(「日本推理作家協会会報」一九六五年九月号)
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第11回 江戸川乱歩賞   
『愛と血の炎』 斎藤栄 (『愛と血の港』として刊行)
[ 候補 ]第11回 江戸川乱歩賞   
『東海岸への道』 瀬戸彦三