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1988年 第41回 日本推理作家協会賞 短編および連作短編集部門

1988年 第41回 日本推理作家協会賞
短編および連作短編集部門

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 第四十一回日本推理作家協会賞の選考は、昭和六十二年一月一日より十二月三十一日までに刊行された長編、各雑誌の一月号から十二月号までに掲載された短編および連作短編集を対象として、例年通り昨年末から選考に着手した。
 まず協会員をはじめ出版関係者など各方面にアンケートを求め、その回答結果を参考にして、長編四三五編、短編七〇九編、連作短編集四四編、評論その他の部門十編をそれぞれリスト・アップした。
 これらの諸作品を協会より委嘱した部門別予選委員一四氏が選考に当たり、長編部門は十八編、短編部門は四十編、連作短編集部門は七編、評論その他の部門は三編を二次に残し、二月二十二日、二十三日の両日、協会書記局で最終予選委員会を開催した。その結果、長編三編、短編二編、連作短編集二編、評論その他の部門一編の候補作が選出された。
 連作短編集は著者が候補を辞退したので、それを除いて理事会の承認を得、本選考委員会に回付した。
 本選考委員会は三月二十五日午後五時より、新橋第一ホテル新館・柏の間にて開催。青木雨彦、胡桃沢耕史、辻真先、都筑道夫、夏堀正元の五選考委員が出席、理事長中島河太郎が立会い理事として司会した。各部門ごとに活発な意見が交わされ、慎重な審議が行なわれた。
 その結果、短編および連作短編集部門、評論その他の部門は該当作がなかったが、長編部門では、別項のように授賞作が決定した。選考内容については各選考委員の選評を参照していただきたい。
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選評

青木雨彦[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 推理小説に限らず、小説は「マジメだからいい」というものでもなければ「荒唐無稽だから悪い」というものでもないだろう。そういう意味で、ことしの長編部門の候補作に最後まで残った小杉健治氏の『絆』と船戸与一氏の『猛き箱舟』は対照的だった。
 結果としては『絆』が賞を得たけれど、わたしは必ずしも満足していない。たしかに法廷場面は秀逸だし、推理小説に一つの主張を持ち込んだことは認めるが、事件の進展が弁護士の陳述だけに頼っていることや主人公の妻の妊娠がいかにもとってつけであることが逆にこの作品を弱くしているように思う。
 いっぽうの『猛き箱舟』は、ただただ波瀾万丈で、残念ながら荒唐無稽さに骨がない。私事で恐縮だが、わたしもかつて登場人物全員が殺されてしまう劇画の原作を書いたことがあって、作者の意図には大いに惹かれたものの、どう考えても主人公に人間としての魅力がないのにはマイった。構想が雄大な割りには人物がチャチなのである。
 「人間が描けてない」ということであれば、もう一つの候補作である東野圭吾氏の『学生街の殺人』も、風俗小説としては面白いかも知れないが、わたしのような古い頭の持ち主には、主人公の性格についていけないところがあって、困った。いまさら「かつては、寝ないことがフェミニズムであった。そして今は寝ることがフェミニズムなのである」という丸谷才一さんの言葉を持ち出すまでもないけれど、寝る以上はちゃんと寝てもらいたい。
 短編二作については、短編には短編の文体があることを作者たちは忘れているような気がして、歯がゆかった。長編の文体をそのまま短編に持ち込んだところで、短編の切れ味は出てこないだろう。
 評論部門に関しては、小林司氏、東山あかね氏の、これまでの業績は認めても、この作品を協会賞に推すことはできない。賞には賞の尺度があろうというものだ。
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胡桃沢耕史[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 実は他人の作品を審査するというのは、生れて始めての経験である。かなり緊張して出席したが、老練な中島河太郎司の裁きで、和やかに終りまで進行してよかった。
 審査は長編の各作から、短編、評論の順で行なわれたが、紙面の都合で逆から報告する。
 ぼくはこの評論は冊数の多さからも、一つ一つの面白さからも、もし他委員の賛成が半数もしくはそれに近ければ入れたいと思って出た。しかしまず評論に関しての専門の委員だけでなく、殆んどの人が否定的なので、ぼくも意気地なくひっこめた。何かをひたむきに説き明かそうという姿勢がないといわれればそれまでで、沢山書いたことは理由にならない。単に旅行記ではないかという意見も出たことを付記して奮起をお願いしたい。
 短編は、出席前から腹が決っていた。もしぼくが真先に意見を述べる立場にあったら、二作とも否定するつもりだったから。ところが左隣りの委員から始まり、左回りに全員が反対意見であったので、ぼくも安心して最後に反対意見をのべた。お二人ともどうか多少の先輩の言をきいてください。まだ庖丁のさばきが幼ない。仕上げが荒っぽい。短編はやはりいきにさらりと仕上げ、きれいに盛りつけて読者をうならせてください。難しい職人芸の修行です。
 長編は三作、いずれも力作だが、同じように仕上げという文章力の足りなさで、まず『学生街』が外れた。場面転換や人物の性格づけの荒っぽさを、もう少し滑らかにしてほしい。
『絆』はほぼ満票で当選圏に入った。多少の瑕瑾はあるにしても、法廷小説としてよくできている。推理作家協会賞の推理という特殊な部門に関する読者の期待も大いに満足させる。小杉君の近来の仕事もよいし、将来性も買う。この二、三年の出色の受賞者であろう。
 船戸君については、大激論があった。ぼくは入れたかった。ところが全くその面白さを認めない委員が、複数以上もいては仕方ない。しかも、あれだけ面白くても認めない人は、その面白さをむしろ欠点のように攻撃するのをきいて、改めて小説の難しさをぼくは知らされた思いである。船戸君前途は多難だな。
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辻真先[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 かけだしの物書きが選考とはおこがましが、実作家としては新米でも、読者としては古手だからと自分を納得させて、末席にくわわらせていただいた。
 長編三作、いずれも読みごたえがあった。
 読んだのは、『学生街の殺人』『絆』『猛き箱舟』の順で、おなじ順序で、印象がより強烈になってゆく。『学生街』のムードは好きだが、古めかしさとイマっぽさのブレンドが、必ずしも効果をあげていない。もっと練れば、もとコクの出る設定だけに、残念だった。『絆』には圧倒された。日本では不毛であった法廷ミステリーを、ここまでがっちり書き上げたことに、敬意を表したい。欲をいえば、主人公の子供に関するエピソードが浮いた感じで、いまいち詰めの甘さをおぼえたのは、望蜀であろうか。だが、さらに圧倒的だったのは『猛き箱舟』である。プロローグに提示された、主人公の人間形成についての謎、傭兵部隊に参加するちんぴらの目を通じての、アフリカ大活劇。質量ともにぼくを呆然とさせた。だが後半、投げかけた謎の解答となるべき、主人公の魂の彷徨と転機の描写がうすく、クライマックスの復讐行がそれまでの緻密さに比して粗かったことが、推理作家協会賞として推すのに、ためらいを生じさせた。前年の『カディス』受賞がなければ、それでもやはり推しただろうが。けっきょくは長編は『絆』一作ということになり、ぼくも賛同した。
 短編二作は、率直にいってノレなかった。このお二方なら、もっとおもしろい、読者をぎょっとさせるような、切れのいい作が書けるはずだ。他日を期待する。
 評論部門の候補作は、旅行好きのぼくには楽しめたが、趣味をつらぬいたこの種の作品に、協会賞はそぐわないように思い、見送らせてもらった。
 ――自分のことを棚に上げてものをいうのはきつい。読者として接すると宣言したのに、選考を考えてみれば、「お前に書けるか?」という自問自答が尺度になったようだ。
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都筑道夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 候補作品六編ともに、あまり新しさの感じられないのが、淋しかった。ことに短編二作は、ショート・ミステリイというものを、誤解しているのではないか、と思った。意地悪くいえば、味もそっけもなくて、事件の説明だけがある。長編とおなじ構造で書くから、こうなるのだろう。
 評論その他の候補作は、ホームズ・ファンには楽しい読物だろうが、趣味の世界でありすぎる。趣味、遊びのエッセーは、私の好むところだけれど、賞の対象とは考えにくい。ほかの選考委員の意見も、ほぼおなじで、短編賞、評論賞は授賞作なしとなった。
 そこで長編賞だが、東野さんの作品は、登場人物は若いのに、ストーリイの展開は古めかしい。実在の地名、架空の地名をつかわずに、ある学生街をえがこうとした点には、好感を持ったけれども、いささか手にあまったようだ。
 船戸さんは二千枚の力作で、その筆力のたくましさには、脱帽した。だが、アフリカ事情という今日的衣装をはぐと、これも骨格は古めかしい。『宮本武蔵』や『姿三四郎』のパターンであって、主人公の成長をえがいているようでいながら、常識を出ないところも似ている。舞台が日本へ戻ってからの粗雑さは、タフな作者も息切れしたのだろうか。
 そこへいくと、小杉さんの『絆』は、仕上がりのやや古めかしいのに似ず、日本の推理小説を、新しい方向にひきずっていく姿勢がある。こうした姿勢こそ、協会賞にふさわしいと思うが、私はこのひとを無名のころから知っていて、「オール読物推理小説新人賞」受賞のときにもかかわった。強硬に推して、誤解されては、と心配したけれど、委員全員の支持があって、すんなりと決定したので、大いに安心した。
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夏堀正元[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 わたしは昨年の選考会の反省乃至自己批判から、推理小説は本来知的遊戯であることを正面に推しだすべきであると考えていた。その意味で、小杉健治さんの『絆』は知的な法廷小説の愉しみをあたえてくれた。展開される法廷の各場面には、人間を内側から描きながら盛りあげていく点で迫力があった。人物を恣意的に人形のように外側から描くことのできない法廷小説のよさを生かしているのである。
 難をいえば、黒子のような<私>の存在は邪魔であり、とりわけ<私>の生れてくる子が障害児かも知れぬというのは、感傷的に過ぎた。わたしは法廷場面だけで描ききれば、この作品はもっと上質のものになっていたに違いないと思った。しかし授賞作としては文句なくこの作品を推した。
 船戸与一さんの『猛き箱舟』は、後半に力が落ちたぶんだけ冗長になった。国際的な殺人請負業という発想は面白いが、その面白さに作者が陶酔したようにやたらに粗暴で残虐な大量殺人をするが、殺人のパターン化が鼻についた。主人公のきわだった変容の必然性にも、説得力がない。ノンシャランな作品とか、暴力シーンの多い冒険小説には、じつはとくに抑えのきいた知的作業が大切であるのに、それがこの作品には感じられなかった。
 東野圭吾さんの『学生街の殺人』は、学生街というある閉鎖的な状況設定の古めかしさを意識的に使っている。だが、その状況を生かすにはもっと、もっと緻密で特徴的な人物を想像すべきであろう。この作品は状況設定によりかかりすぎているため、人物の動きに迫力がない。だが、今後を充分に期待させる若手であることは間違いない。
 短編二作は、筋書きの骨組だけで描かれており、肉づけがない。難しいには違いないがロアルド・ダールのような名短編へ挑戦する者はいないのだろうか。
 評論部門に推された小林司さんらの『シャーロック・ホームズへの旅』は軽い趣味の随想で、なぜ候補作になったのかわからなかった。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第41回 日本推理作家協会賞 短編および連作短編集部門  
『河豚の記憶』 黒川博行 (『てとろどときしん』として刊行)
[ 候補 ]第41回 日本推理作家協会賞 短編および連作短編集部門  
『死者の証明』 深谷忠記