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1980年 第33回 日本推理作家協会賞 短編部門

1980年 第33回 日本推理作家協会賞
短編部門

該当作品無し

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

山村正夫[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 推理作家協会賞が三部門に改められてから、本年で五年目を迎える。
 協会では第三十三回協会賞の選考に当り、例年通り昨年十二月初旬に、まず協会員や出版関係者など各方面にアンケートを配布した。選考対象は、昭和五十四年一月一日から十二月三十一日までに刊行された単行本と、各雑誌の一月号から十二月号までに掲載された諸作品である。
 アンケートの回答は多数寄せられたので、これを参考資料としてさらにその後の刊行物をチェックして遺漏のないように努め、作品のリストアップに着手。長編部門二十八篇、短編部門四百八十七篇、評論その他の部門九篇を第一次の選考対象に選んだ。
 これをもとに、協会より委嘱した予選委員十一氏によって、長編部門は昨年の十二月十四日と今年の一月二十八日、短編部門は十二月十九日と二月十三日、評論その他の部門は十二月二十一日と二月十五日に、それぞれ協会書記局において予選委員会を開催した。数次にわたる審議を行なった結果、最終的に長編四篇、短編六篇、評論その他の部門二篇の計十二篇の候補作を選出し、本選考委員五氏に回付した。
 選考委員会は、去る三月二十四日午後五時より、新橋第一ホテル新館柏の間において開催した。三好徹理事長を始め、石川喬司、夏樹静子、星新一、陳舜臣の五選考委員全員が出席。立会いの山村正夫常任理事司会の下に、長編、短編、評論その他の部門と順次、候補作について活発な論議を戦わせた。
 各委員とも何とか授賞作を出したいという熱意のもとに、慎重な選考は四時間に及んだが、決め手を欠いて遂に意見が一致せず、本年度は残念ながら各部門とも授賞作なしに決定した。選考内容については、各委員の選評に明らかである。
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選評

石川喬司[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 選考委員会は延々四時間におよんだが、その席上ずっと心を占めつづけていたのは、結果を心待ちにされているだろう十二人のプロの姿だった。それはつい二年前の、そして十三年前のぼく自身の姿でもあった。自負と不安のたえまない交錯・・・。もっとも中には賞の行方などには超然たる方もおられたことだろうが。
 十二人のうちどなたが受賞されてもおかしくない顔ぶれであり、ぼくなどに選考にたずさわる資格があるだろうかという思いも強かったが、それだけに、この結果は残念というほかない。あれでよかったのか、といまだに悩みがつきまとう。
 実は長篇部門の四作を、あらかじめ家族に読ませてみたところ、完全に意見が分かれ、いやな予感がしていたのだ。『白い夏の墓標』を娘が、『夜間飛行殺人事件』を女房が、『黄金の罠』を息子が、『九頭の竜』を義兄が、それぞれ支持する、といった有様で、前途多難を思わせた。『白い夏の墓標』は秀れた文芸作品であり、ぼく自身も感動したが(その深い余韻は今も残っている)、おそらく推理小説として書かれたものではなく、そのために不用意な部分があって、見送りとなったのはいかにも惜しい。『夜間飛行殺人事件』は導入部の謎の卓抜さ、動機の今日性、一連の西村ミステリーにみられる作者の一貫した意図、いずれも高く評価できるものの、犯行露見の危険に対する配慮不足など数ヶ所に疑問点が残り、同じ作者の他の作品に対する敬意から、これもぎりぎりで見送りとなった。『黄金の罠』『九頭の竜』は、共によくできた冒険小説であり、手に汗にぎらせる面白さにおいて申し分ない力作だが、前者は既に別の賞を受けていることが微妙に影響し、後者は雄大すぎる構想による描写の密度が従来の伴野作品の完成度と比較されて損をする結果となった。それにしても、長篇部門の半分を冒険小説が占めたことに、時代の流れを感じさせられる。
 短篇部門の六作は、念をいれて三度ずつ読みなおした。そして『かたみ』の女主人公の哀切さ、『蛙』のニューロティックな切れ味、『怨煙嚥下』のしゃれた謎づくり、『羽根の折れた天使』の恐怖の落し穴、『遠い景色』の語り口の絶妙さ、『緋色の記憶』の趣向のあざやかな決まりぐあい、それぞれに唸らされたが、さてこの中から傑出した一篇を選びだすとなると・・・と迷いながら選考会にのぞみ、一層迷路に入りこんでしまった。完成度は高いが小品すぎる、この作者には他にもっといい作品がある、などと考えだすと際限がなく、議論百出の末、佳品ぞろいだけにかえってお互いに相殺しあう結果となり、不本意ながら授賞作ナシと決まった。
 評論部門では、雑誌連載中から愛読していた『とりっくものがたり』(とくに『新カー問答』は出色)、かつて感嘆させられた『小栗虫太郎と暗号』を含む『推理小説と暗号』ともに薀蓄をうかがわせる労作だったが、推理小説への情熱から生みだされる次作に期待ということで、右へならえに終った。
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陳舜臣 [ 会員名簿 ]選考経過を見る
 推理作家協会賞選考委員の順番がまわってきた。二度目のお勤めである。それが、これまでで一ばん難しい選考になった。新人賞の場合であれば、候補作中、最も良いとおもわれる作品をえらべばそれでよい。その年の候補作がいくら低調であっても、そのなかからましな一作をえらぶべきで、「授賞作なし」はできるだけ避けたいというのが私の主義である。けれども、日本の推理小説の年間最高作に与えられる賞となればおのずから事情は異なってくる。
 最後に受賞作の有無について、票決をとるという事態になったが、その結果、「無」のほうが多数となった。残念であるが致し方がない。
 本格推理小説はこのようなとき不利なのかもしれない。本格の骨格をもてばもつほど、どこかに無理で出てくることが多い。問題は許容限度いかんにかかってくる。人によって想定する土俵の広さがまちまちであろう。西村氏の『夜間飛行殺人事件』は、さまざさな設定、そして工夫が多く、それだけにところどころに無理が目についた。許容限度の土俵をいささか踏み越えた感を免れない。けれども、インドシナ難民という、現代の重大問題をテーマにえらんだ西村氏の勇気に敬意を表したい。
 冒険小説が二篇あった。伴野氏の『九頭の竜』と田中氏の『黄金の罠』である。推理的の要素からいえば、前者のほうが濃厚であった。歴史的事件である軍艦畝傍の消失という大きな謎が、すでに読者の前に提出されている。モンギランが何者であるかという謎も、末尾のほうまで伏せられて、読者の興味をつなぐ。殺される人間が多すぎることがいささか気になったが、私には面白く読めた。多数の支持が得られなかったのは、作者の筆力が腕力化して、細部の手入れが行き届かなかった点に不満をもたれたからである。
『黄金の罠』は、読んだあとで、すきま風が吹きすぎて行くような小説であった。せっかくの主人公が、ともすればよけい者にかんじられてくる。作者が苦心して割り込ませたかんじであった。『九頭の竜』についてもいえることであるが、特殊工作もの、スパイものはバックの組織が不気味に強大で、どのようなどんでん返しも可能なので、イージーに話を進められがちである。よくできた冒険小説であるとおもうが、作者の意図したという南北分断国家の悲劇に迫ったとはいえない。それが創作の原動力であったとすれば、失敗作というほかないだろう。
菷木氏の『白い夏の墓標』は、饒舌調が逆効果となっている。水ぶくれの部分を、いかに骨っぽくするかが、この筆力のある作者の課題であろう。
 短篇小説はいずれも水準以上の作品だが、冒頭に記したように、推理作家協会賞としては「名品」がほしかったのである。候補作6篇のうち、親殺しが三篇を占めたのは考えさせられた。
 長田氏の『推理小説と暗号』は、テーマが専門にわたるので、私には選考の資格がないと思い、推す委員が多ければ反対しないつもりであった。けれども、積極的な賛成の声はなかった。松田氏の『とりっくものがたり』は、あまりにも啓蒙的すぎるという意見が多かった。しかし、「評論その他」の部門では、啓蒙も「その他」にはいるはずである。これも少数意見となった。
 全部門「なし」というのは、なんともさびしいことである。
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夏樹静子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 残念な結果に終りました。選評を書かせていただきます。
<長篇賞部門>
「黄金の罠」――物語の展開に工夫が凝らされていて面白く、一気に拝読しました。登場人物にもう一つ彫りの深い造形が望ましかったと思います。ことに主人公や傭兵マクリーンの心理には、もう少し複雑な葛藤があるべきではないでしょうか。
「夜間飛行殺人事件」――前半の謎の設定は秀逸。ただ、被害者のカップルが"プレゼント"を人に喋る危険性など、二、三の難点を無視できませんでした。
「九頭の竜」――綿密な取材による力作と敬服しました。前半で岬の砲撃計画が出たところで、読者はおよその成行きを予測してしまいます。その後のサスペンスの盛りあげに、やや物足りなさを感じました。
「白い夏の墓標」――長篇候補作の中では最も感動し、重大なテーマを孕む作品と思いました。小説の構成や人間心理に不自然な強引さが目立ちました。
<短篇賞部門>
「遠い景色」――設定が面白く、動機も納得できます。異色の好篇ですが、枚数も少く、いかにも小品という感じが残念でした。
「緋色の記憶」――考え抜かれた設定ですが、憎悪の絡みあった人間模様が、いま一歩悲劇として胸に響いてきません。
「羽根の折れた天使」――現代的なテーマですが、最後の展開に唐突感があります。あれほどのことをやらせるためには、人物について周到な伏線が必要ではないでしょうか。
「かたみ」――確かな筆力で、不幸な女の半生が読後鮮やかに浮かびあがります。昨年と同様、推理性の稀薄さが弱点となり、残念です。
「怨煙嚥下」――前半の進行は非常に興味深く、作者ならではの魅力を感じましたが、後半やや狙いがぼやけてしまったような印象を拭えませんでした。
「蛙」――これも独特の小説世界ですが、作者が何を書かんとしたのか、その意図が釈然としません。
<評論その他の部門>
「推理小説と暗号」――専門的に暗号を論じた力作で、読み応えがありました。海外の新しい暗号小説にまで論及されていれば、より現代的な評論になったことと思います。
「とりっくものがたり」――前者とは対照的に、軽いエッセイとして面白く読まされます。奇術について多くの紙数がさかれており、推理小説に関する部分では、ごく初歩的なことが語られています。トリックの入門書としては、啓蒙的な価値が高いと考えます。
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星新一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 長編に関してはどれも欠点が目につき、一方、選考会はなんとか授賞作を出そうと論議をつくしたが、長時間を費したあげく、一本にしぼれなかった。
田中光二氏『黄金の罠』は、とにかく面白く、大きな欠点がないのだが、そのかわり推理小説的な要素に乏しいとの指摘があった。たしかに、これは冒険小説として書かれたものであり、作者も執筆中は推理物と意識しなかったわけで、やむをえないことだろう。
 一般に推理小説の新人賞の募集の場合など、たいてい「広い意味に解釈して」とあり、時には「SFを含めて」と、くっつくこともある。それでいて、選考段階で推理的要素を重視したら、とまどう人も出てくるのではないか。ノンフィクションはどうなのだ。いちおうの目安のようなものが必要となってくるのではなかろうか。
 短編部門、候補作のうち三編が、年少者による親殺しがテーマ。社会風潮の反映であろう。ショッキングではあるが、どれも推理的な論理性に欠ける。こういう題材で書くからには、R・ブロックの「ベッツィーは生きている」やブラッドベリの「小さな暗殺者」という作品をふまえたものであって欲しい。
 あとの三編は、セックスのからんだもの。セックスという情緒的なものと、推理との組み合せは、なかなかむずかしい。
 親殺しやセックスを持ち込まなければならないというのは、短編において、推理小説的な作品が書きにくいという状況が進行しているのではないか。雑誌の数の多いこと、作家の数の不足、新人の出てこないこと、枚数の限界、原因はいろいろあろう。
 しかし、推理小説ではないが、吉行淳之介、三浦哲郎、曽野綾子、吉村昭らの諸氏が完成度の高い短編を書いている。
 無茶な提案かもしれないが、短編における推理小説の制約を取っ払ったらどうだろう。推理作家はストーリーづくりがうまいのだ。かえっていい作品が出来るのではなかろうか。候補作の六編、推理小説を意識しすぎ、そのため無理が目立ってしまったようだ。死者を出すのにこだわることはないのだ。中井英夫『とらんぷ譚』(このなかには昨年度に書かれた作品も入っている)など、なぜ候補に残らなかったのか。
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三好徹[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 小説部門の候補作を通読したあと、一種のとまどいを感じた。長編四作品のうち三作品までが外国を舞台にしており、残る一作も海外での出来事が事件の大きな要素を占めている。また短編六作品のうち三作品は幼児による親殺しである。すべて偶然の結果なのだろうが、バラエティに欠けたうらみがないではなかった。
 また、評論その他の部門の二作品にしても、いずれも正統的な推理小説のついての評論とはいいがたく、暗号あるいはトリックに関する読みものである。長田氏の作品は、前著の「暗号」のような重厚さに乏しかったのが残念である。その専門知識をフルに活用した本格的な評論を待望する。松田氏の作品は、なぜ題をすべて平かなにしたのか、わたしには不明であるが、推理小説とトリックとの関わり合いについて、もっと突込んで論じてほしかった。そうでなければ、評論部門を設けた意味が失われてしまう。
 短編部門の諸作のなかでは、「遠い景色」がもっともまとまっているように思われた。何よりも作者の、推理小説を書こうという意欲が感じられた。伏線も無理なくきいている。ただ、俗にいう本番ショウという題材において損をしている。作者の実力をもってすればもっとすぐれた作品を期待できる。対照的なのは「かたみ」である。これを推理小説とすることに、私は疑問をもつ。死者のモノローグで物語が運ばれるのは、不自然である。作者がヘルメンを意図しているなら、昭和46年12月という時日の限定もそぐわないし、それでいて特攻隊の描き方が現実ばなれをしている。「怨煙嚥下」も作者が推理小説として書いたのだろうかという疑問を抱かされる。作者に明確な意図があったなら、ミステリとしてもっとすっきりとした結末になったのではないだろうか。「緋色の記憶」「蛙」「羽根の折れた天使」は、すべて親殺しを主題にしているが、「緋色の記憶」がいちばん破綻のない作品であった。しかし短編部門の全てについていえることは、ものたりなさであった。授賞作なしで選者たちは、短時間で一致した。
 4時間という、いまだかつてない長時間の選考の大半は、長編部門に費された。四作品とも、あえていうなら長所と欠点とが際立ちすぎていた。いいかえれば、どちらを重くみるかが岐れ目であった。欠点にも、眼のつむれる欠点と、目のつむれない欠点とがあるが、今回は後者の方が目立った。授賞者が一人もいないというのは寂しいが、といって評点を甘くする性質の賞ではないのである。そこが協会賞と新人に与える賞との根本的な違いであることを理解していただきたいと思う。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『遠い景色』 梶龍雄
[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『緋色の記憶』 日下圭介
[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『羽根の折れた天使』 栗本薫
[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『かたみ』 小泉喜美子
[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『怨煙嚥下』 戸川昌子
[ 候補 ]第33回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『蛙』 皆川博子