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1979年 第32回 日本推理作家協会賞 短編部門

1979年 第32回 日本推理作家協会賞
短編部門受賞作

らいほうしゃ

来訪者

別冊小説新潮秋季号 掲載

受賞者:阿刀田高(あとうだたかし)

受賞の言葉

   短篇小説への愛着

 一人の読者として、また書き手として短篇小説に強い愛着を抱いているので、短篇部門の受賞はそれにも増して嬉しく思いました。
 また、私の作品は"殺人があって推理がある"という正統流のミステリーから大分逸脱した世界であり、その意味でもよくこそこういう異端者に眼を留めてくださったと深く感謝しております。
 短篇ミステリーは一年に何本くらい発表されているのか、その数はわかりませんが、数多の作品の中で、今回の受賞作が本当に優れていたのだろうか、ほかにもまだよい作品があったのではないか、賞を受けた嬉しさとはべつにわれながら自信のないところがあります。不足の分はおそらく短篇小説に対する愛情分を加味して評価していただいたのだろうと勝手に考え、みずからの戒めとしたいと思っております。
 私の住む家は、なんの謙遜もなく粗末なアパートですが、地所だけは一級地で近所を散歩していると"どういう人が住んでいるのだろうか"と真実疑いたくなるような豪邸があります。そんな家に若い夫婦が暮らしていて、それが"来訪者"のモチーフとなりました。
 現代は(少なくとも表面的には)弱者擁護の論調が活字に載りやすい時代ですが、恵まれた側の意識を、恵まれた人の側に立って表現した点に受賞作の、いくらかめずらしい面があったのかもしれません。ありがとうございました。

作家略歴
1935~
東京都。早稲田大学文学部。国立国会図書館司書。デビュー作、短篇集「冷蔵庫より愛をこめて」(七八年刊)。代表作として「新トロイア物語」(九四年刊)。趣味・特技は特筆するものなし。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

選考経過を見る
 第三十二回日本推理作家協会賞は、長篇賞部門、短篇賞部門、評論その他の部門三賞候補作について、それぞれの予選委員が協議の結果、次の作品が最終候補作に選ばれました。
<長篇部門>「暇つぶしの殺人」(赤川次郎) 「匣の中の失楽」(竹本健治) 「大誘拐」(天藤真) 「炎の墓標」(西村京太郎) 「スターリン暗殺計画」(檜山良昭)
<短篇部門>「善人村の村祭」(赤川次郎) 「来訪者」(阿刀田高) 「痛み」(小泉喜美子) 「雪の花火」(小林久三) 「顔写真」(伴野朗) <評論その他の部門>「ミステリーの原稿は夜中に徹夜で書こう」(植草甚一) 「ガス灯に浮かぶシャーロック・ホームズ」(小林司・東山あかね)
 これら十二篇の候補作を、石川喬司、河野典生、佐野洋、中島河太郎、夏樹静子の五選考委員が、一九七九年三月二十八日、新橋第一ホテルにおいて慎重に検討し、長篇賞部門は「大誘拐」(天藤真)「スターリン暗殺計画」(檜山良昭)の二作品に、短篇賞部門は「来訪者」(阿刀田高)、評論その他の部門賞は、過去の業績を含めて「ミステリーの原稿は夜中に徹夜で書こう」(植草甚一)の受賞をそれぞれ決定した次第です。(敬称略)(選考会立合理事・生島治郎)
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選評

石川喬司[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 不動の本命だと考えていた筒井康隆の『富豪刑事』が、雑誌掲載の時期の関係とかで候補から外されてしまったのは、かえすがえすも残念である。今後もこういうケースは起こりうるので、うまい対策を練っておかなければなるまい。
 さて、長篇部門の五作はいずれも興味深く読んだが、ぼくの採点は、『大誘拐』『匣のなかの失楽』『スターリン暗殺計画』『炎の墓標』『ひまつぶしの殺人』の順になった。
 『大誘拐』は、まず構想がすばらしい。しかも布石からヨセまで一手もゆるまずごまかさず、きわめて丁寧に仕上げてある。誘拐とテレビを結びつけた作品は、ハワード・ブラウンが一九五四年に発表した『夜に消える』を皮切りにいくつか先例はあるが、この作品はその極めつきといえるだろう。ユーモア推理小説としても近来の収穫である。
 『匣のなかの失楽』は、三日がかりで読んで堪能したのだが、他の委員諸氏がこれを評価されない理由も十分納得できて、自分の好みを押しとおすことはひかえた。虚構世界と現実世界の入れかえに全力で挑戦してみせた作者に、ここで敬意を表しておきたい。
『スターリン暗殺計画』は、開高健が激賞する前に読んで、従来の歴史ミステリーを数歩前進させた、その手法の目新しさに注目していた。この作品の場合は、まことしやかなドキュメント形式で、虚構を現実に塗りこめてあるわけだが、そのさいの伏線の張り方などに難点はあるものの、とにかく一気に読ませる筆力は新人離れしている。処女作で推理作家協会賞というのは前例がなく、第二作が楽しみである。
『炎の墓標』は、前半快調でテーマもぼくの好みだったが、全体としての出来栄えはこの作者のものとしてとくにいいとは思えなかった。『ひまつぶしの殺人』は、洒落たムードはひかっているものの、犯人の意外性に無理が目立った。
 短篇部門では、『雪の花火』『顔写真』『善人村の村祭』の作者には、それぞれ別に長篇その他の秀作があって、これらが代表作になるとは考えられなかった。ぼくが推したのは、"非行少女"の内宇宙を詩的に描いた『痛み』だったが、他の委員から疑問が出て考えてみると、この作者にも他に秀作がある。『来訪者』は、よくできた恐怖小説で、アイデア、構成、文章ともに破綻がなく、このところ油の乗りきった近業ともあわせ、授賞に異存はなかった。いかにも短篇部門にふさわしい作品を得たことを喜びたい。
 評論その他の部門では、『ガス灯に浮かぶシャーロック・ホームズ』は、視野の広さ、奥行きの深さで、申し分のない入門書になっているが、同じコンビの作品ではパシフィカ版『名探偵読本①』の方がより便利で、よりすぐれているのではあるまいか。『ミステリーの原稿は夜中に徹夜で書こう』は、さきに刊行された『雨降りだからミステリーを読もう』などにくらべるとやや薄味だが、個性的な魅力にみちており、この先達が日本の推理小説界に与えた影響を考えるとき、その功績にむくいるにいささか遅すぎた感すらある。
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河野典生[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 <短篇>赤川次郎『善人村の村祭』。ブラック・ユーモアにしては、ややアイデアが安易。プロットも練りも足りない。小泉喜美子氏『痛み』。文体(あるいは語り口)の選択を誤ったためリアリティ不足。(むろんリアリズムで掛書けという意味ではない)評価の点で夏樹氏と対立したが、小泉氏のすぐれた才能をこの程度の作品で評価したくない。伴野朗氏『顔写真』。感じのいい小説だが、謎、ツイスト、ともに弱い。阿刀田高氏『来訪者』。すぐれた恐怖小説であり、それぞれ申しぶんない。短篇でしか描き得ない世界であり、強く推させていただいた。小林久三氏『雪の花火』。探偵役の心理、行動にリアリティがあり、すでにベテランである氏らしい抜群の文章力なので推させていただいた。しかし一篇授賞になるならやむを得ない。
<評論その他>旧著『雨降りだから・・・』に収められたものも含めて、二十年来、植草甚一氏独特のキャラクターを透して紹介される作品から受けた刺戟は、はかり知れない。感謝をこめて推させていただいた。小林・東山氏の労作も、従来のディレッタント型のシャーロッキアンと異なる幅広い目くばりの研究書として、小生としては大いに興味ぶかく拝読した。
<長篇>赤川次郎氏『ひまつぶしの殺人』。発想、プロットともによし。クリスティの例もあり文章もこれでいいのかも知れない。だが結末ちかくにアンモラルな状況設定があり<娯楽としての殺人>(ヘイクラフト)を描く小説としては、ルールに大きく違反している。このような設定はシリアスに扱うか、筒井康隆氏のように黒々とした哄笑とともに扱うべきである。薄笑いを浮かべてやるべきではない。才能ある氏のことだから分っていただけることと思う。竹本健治氏『匣の中の失楽』。ここまで趣味に徹した氏の情熱に敬意を表したい。不技術的にやや力不足だが、名誉の落選と思っていただいていい。また今後、氏がどのような作品を書くか興味ぶかい。中井英夫氏のように高踏的な道を歩むか、横溝正史氏のようにポップな存在となるか。西村京太郎氏『炎の墓標』。テーマに共感をおぼえるが(はなはだ失礼ながら)拙速としか思えない。天藤真氏『大誘拐』。形式的には正攻法の誘拐物でありながら、破害者のキャラクター、身代金受け渡しの方法などにユニークな工夫を凝らした秀抜なユーモア・ミステリー。SFファンが疑似イベント物として読んでも面白いのではないか。檜山良昭氏『スターリン暗殺計画』。まず実験精神に敬意を表したい。おおむね成功しているが、やはり創作部分に問題がありミステリーとしては弱い。しかし作品全体の価値を認めるにやぶさかではなく、一篇ならば天藤氏の作、二篇ならば天藤、檜山両氏にと主張させていただいた。
 最後に前回も感じたことだが、作家の思いちがい、ケアレス・ミスなどは編集段階でチェック出来るのではないだろうか。
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佐野洋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 『大誘拐』については、何よりも、着想の面白さが評価された。現実の事件を反映してか、推理小説の世界でも、誘拐ものが、一種の流行現象を呈しているが、その中にあって、破害者が捜査側を指揮するという「大誘拐」の着想は、異彩を放っている。そして、その着意を成り立たせるための道具立て(破害者の人物像、県警本部長や放送会社の幹部の経歴、条件など)にも、作者の苦心がうかがわれ、異和感なしに、読者を小説の中に引き込んでしまう。もともと、この作者に備わっているユーモア感覚も、この場合、大きな武器になっていると考えよう。
 「スターリン暗殺計画」は、全編を資料やインタビューによる談話で構成した技法の冴えが鮮やかであった。いくつか首をかしげたくなる部分もあるのだが、逆に、そうした疑問を封ずるために、この技法が生きているとも考えられ、作者のずるさに感心させられた。人を欺くのが推理小説の一つの特質である以上、「ずるさ」も才能のオうちであろう。しかし、欲を言えば、読者にそのずるさを感づかせないだけの工夫が欲しいところだ。
 長編部門では、候補作五編を読んで気になったのは、すべて、舞台装置が大がかり過ぎるということであった。ひとりの人間が、じっくりと計画を練り、というタイプの、もっと人間くさい小説は、現在書かれていないのだろうか。
 短編部門では、いかにも短編らしい作品は、「来訪者」と「痛み」であった。阿刀田氏の短編の中には、ちょっと奇をてらい過ぎた感じのものがないでもないが、「来訪者」には、そうして匂いがなく、手作りの彫像を連想させる味わいに好感が持てた。それ自体が一つの完結した世界を作り出しているばかりか、作者の細かい神経が、作品の隅々にまで行き渡っている。「痛み」は、小説の技巧という面では、最も優れているかもしれない。だが、一番大事な最後のせりふを、医者に言わせた点が、私には疑問であった。その箇所のために、「痛み」という言葉の象徴性が消されてしまったように思う。また、少女が感じる痛みが「ずきん、ずきん」では、いけないのではないだろうか。
 評論その他の部門では、私はむしろ贈呈作なしの考えだった。「ミステリーの原稿は夜中に・・・」にしても、前に候補になった「雨降りだから・・・」の二番煎じの感が強かったのだ。しかし、これまでの植草氏の業績を考えるべきだ、という意見が、他の委員から出され、その意味なら異議は全くなく、贈呈に賛成した。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 赤川次郎氏は長篇、短篇の両部門に挙げられるほど、心境が目ざましかったが、「ひまつぶしの殺人」にしても、「善人村の村祭」にしても、氏の従来の作を一歩でも抜きん出ていればよかったが、次ぎの機会を得つことにした。
 誘拐を扱った作品は内外ともに夥しい数にのぼるが、天藤真氏の「大誘拐」は、意表をついた構想に新鮮さを覚えた。紀州の山林有力者の刀自の貫禄に心服させられるという設定と、身代金受け渡しの全国テレビ中継という現代性とが、戯画化されて過不足がない。
 昭和三十七年の「陽気な容疑者」以来、時流に拘泥しないで、自分の持ち味で筆を執り続けた地道な研鑚の成果というべきであろう。
 檜山良昭氏の「スターリン暗殺計画」は、リュシコフ大将の名に何十年ぶりかに接した上、その後の成り行きを調べあげたというのだから、興味深かった。ただ事実と虚構がまじっているという点が気がかりで、欲をいえばドキュメントとして読みたかった。
 亡命事件と暗殺計画の二点をおさえて、資料と証言だけでストーリーを構成するという、新しい試みが効果的である。協会賞がデビュー作に送られた例はこれまでなかったが、ヴェテラン天藤氏と新人檜山氏の組み合わせが、新たな意欲を起こさせるかもしれない。
 短篇部門は数百の中から候補作を絞るだけでも大変だろうと思われる。どの作品もその意味では纏っているが、これが昨年度随一の短篇として推せるかとなると、ためらわざるを得ないのが短篇選出の現情である。
 そうなるといかにも短篇らしい短篇、短篇形式でなければならぬ必然性を具えたという意味で、阿刀田高氏の仕事ぶりに惹かれた。
 氏の短篇集「冷蔵庫より愛をこめて」を読んでも、各篇にひどい落差がなく、現代の恐怖に新しい截り口を見せているのが印象的であった。候補作に採られた「来訪者」もその一つだが、この一作に限らず、その他の作品を見比べても安心できる力量がある。
 評論その他の部門では、植草甚一氏と小林司・東山あかね両氏の著作が残った。ホームズ研究では故長沼弘毅氏の著書が候補にあがったことがあるが、それらはホームズやドイルの作品の研究というより、ホームズ時代の文化誌探究ともいうべきもので、ディレッタントぶりを発揮したにとどまった。こんどのはその弊を免れ、頃しい視点から見直されてはいるが、今後を期待したい。
 植草氏の著書は従来のに比べて、手軽な味のものであったが、これまでの海外作品紹介の業績とあわせて顕彰するのが妥当だと思った。
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夏樹静子[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 協会賞選考委員は初めての経験で、的外れなところも多々あると思いますが、感じたままの選評を書かせて頂きます。
<スターリン暗殺計画>を推しました。手法の斬新さ、内容の重厚さ、深部からジワジワと盛りあがってくるサスペンスなどに、圧倒される思いがしました。これだけの長篇を完成させる作者の力量にも感嘆しました。ただこの作品は、どこまでが史実で、どこからがフィクションなのか、読者は非常に迷うわけで、この手法が認められるか否かに評価がかかっているだろうと考えて、選考会にのぞみました。しいていえば「レーオ」の人物像に、もう少し肉付けがほしかったような気がします。
 <大誘拐>は考え抜かれた荒唐無稽の面白さみたいなものを堪能させて頂きました。細部ではやや無理が目立つ気もしました。読者は犯人側が凶悪グループでないことを知っているので心理的に容認しやすいが、被害者側ではあそこまでの無抵抗主義でなく、あらゆるチャンスに犯人逮捕の努力をすべきでしょう。息子たちが刀自の財産を正式に相続しなければ身代金を払えないという必然性もないと思います。それにしても、全篇にあふれる人間賛歌の明るさ、さわやかさは感動的なまでで、二作受賞に異存はありませんでした。
<炎の墓標>はテンポが迅く、一気に読ませられました。ことに洋平丸撃沈までのサスペンスは圧巻。しかしその場合の海洋汚染にまったくふれてないのは、作品のテーマからいって、やや疑問に感じました。デンパサール支店へ百万ドル引出しにくる人物を、警察がなんらマークしないのはなぜでしょうか。
 <ひまつぶしの殺人>――展開の面白さは才気あふれる感じですが、もう一つ着想の妙がほしい気がします。ユーモラスなタッチも好もしく、一見ドタバタ喜劇風であっても、その底に深い人間的テーマが流れているような作品を、春秋に富む作者に期待したいと思います。
<匣の中の失楽>――力作には敬服しますが、エンターティメントである限り、いま少しこなれた表現、読みやすい仕上がりを望みたいのですが。
○短篇賞部門
 着想、構成、文章、読後感について、五点法で採点しながら判断させていただきました。<来訪者>が最高点、<痛み>を二番手で推しました。<来訪者>は着想が秀抜。表現、構成にも欠点が見当りませんでした。<痛み>は五編中最も感動した作品です。少女の内面描写が見事で、この作者ならではの世界を感じましたが、推理性の稀薄さが弱かったようです。
○評論その他の部門
 賞二作品とも大変興味深く、愉しんで拝読しましたが、植草氏のこれまでの業績を加味して、という大多数の意見に賛成しました。
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立会理事

選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第32回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『善人村の村祭』 赤川次郎
[ 候補 ]第32回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『痛み』 小泉喜美子
[ 候補 ]第32回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『雪の花火』 小林久三
[ 候補 ]第32回 日本推理作家協会賞 短編部門  
『顔写真』 伴野朗