一般社団法人日本推理作家協会

推理作家協会賞

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  • 短編部門黄昏薬丸岳
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1958年 第11回 日本推理作家協会賞

1958年 第11回 日本推理作家協会賞
受賞作

ふえふけばひとがしぬ

笛吹けば人が死ぬ

受賞者:角田喜久雄(つのだきくお)

受賞の言葉

   受賞の辞

 今度思いがけずもクラブ賞を頂戴しました。思いがけずもというのは、遠慮している意味でもなければ、照れてそういっているわけでもありません。
旧人などに授賞しても何にもならない、貰ったら役に立つ、激励に役立つ有為な新人に授賞すべきだという実用論も勿論あるのですが、それよりも前に、ありていにいえば、どんな文学賞でもその賞を制定した人達が自分でそれを貰うということは先ずないことでしょう。わたしも、クラブ賞を作った時の関係者の一人です。本当は、そういう関係者が貰うべきではないというのが当然のことだと思います。
 しかし、探偵小説というジャンルでは授賞の対照になる作家が極めて少なく、ことにクラブ賞創設当時は、賞を作った関係者であろうが除外するわけにはいかなかったという、やむを得ない事情があったと思うのですが、今では相当に授賞の対照もひろがっている事ですし、今となっては、わたしなど、どうあろうと頂戴すべき筋合のものではないと思っていた次第です。
 それを頂戴するようになりましたことは、全く思いがけない成り行きだと、われながら少し妙な気がいたしますが、しかし、クラブ賞自体は、創設当時にくらべ今日ではずっと価値の高いものになっているような気がします。というのは、有為な方々に授賞され、その方達が盛んに目ざましい活動をつずけておられる結果であって、クラブ賞もようやく年季が入ってきたという感じがしますが、そういう最中に頂戴したことは、照れくさいのを別にすればまことにうれしい事であります。
 クラブ賞の決定委員会の時、何時でも問題になるのは、授賞対照を新人にかぎるか旧人も入れるかということで、大方の人達は是非新人にという意見であり、わたし自身も強くそれを希望してきましたが、それにもかかわらず今度のようなことも起りました。
 二三年前、この事をはっきり成文化するように提案しようと思って考えたことがありますが、これがなかなか難物なのです。一体、新人と旧人と何処で一線を劃するのか。戦前派と戦後派とに区別することは誰でも直ぐ考えつく事ですが、戦前派でも授賞したい人もあれば、戦後派でも(もしその人に授賞していないとして)今更賞をさしあげても仕方がないような流行作家もいます。それが純文関係の人にまで及んだら尚面倒になります。
 これは結極、授賞対照になる人が、他の文学賞にくらべて非常に少いという事につきるのですが、しかし、この問題も間もなくすらすら解決出来るようになるでしょう。
 というのは、最近、他の部門ではとにかく、探偵小説では新人である松本さんや仁木さんのが堂々とベストセラーになったことで、こういう気運は大いに新人諸君の野心をかりたてて作家人口をふやしてくれると思うからですし、探偵小説の特性から、全く未知の新人おどり出てくるという希望ももてます。
 わたしも折角賞を頂戴したのだから何か書きたいと思っています。書けるか書けないかは別として野心を新にしたいと思うのです。よい材料さえ得たらずぶの新人にも力作の書きうる探偵小説の特性は、わたしのようなかびくさい旧人にとっても同じ特性を示してくれると思うからです。

作家略歴
1906~1994
横須賀生れ。東京高等工芸学校卒。
東京府立三中在学中の一九二二年、「毛皮の外套を着た男」を「新趣味」に発表。「妖棋伝」「風雲将棋谷」など時代伝奇小説で人気作家に。戦後は「高木家の惨劇」「奇蹟のボレロ」ほか本格推理の話題作があり、五八年、「笛吹けば人が死ぬ」で日本探偵作家クラブ賞を受賞。探偵作家クラブでは副会長を、推理作家協会では理事を長年務めた。

選考

以下の選評では、候補となった作品の趣向を明かしている場合があります。
ご了承おきの上、ご覧下さい。

選考経過

朝山蜻一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 今年のクラブ賞の候補作品としては、次に十篇があった。
 城 昌幸  ものの影
 渡辺啓助  吸血鬼考
 角田喜久雄 笛吹けば人が死ぬ
 楠田匡介  脱獄を了えて
 山村正夫  獅子
 大河内常平 安房国住広正
 有馬頼義  白猫のいる家
 加田令太郎 温室事件
 仁木悦子  粘土の犬
 鮎川哲也  五つの時計

 委員会は、二月二十一日(金)午後七時江戸川氏邸で開かれ、出席者は次の十一名である。
江戸川、島田、香山、中島、永瀬、山田、高木、大下、日影、木々、朝山
 例年は、委員会開催までに、大体この人といった有力な作者が挙げられたものであるが、今年は、それがなかったので、委員会では、何から始めるか、その基準を話合う必要がおこった。それで江戸川氏よりその基準として、一、作品本位にするか、二、将来性ある新人にするか、三、年功性を重んずるか等をまず決めてから投票をした方がよいのではないかと発言し、これについて種々討論が行われたのち、あまりはっきり基準を決めては、票が片よるおそれがあるから、まず各委員が自主的な立場で投票し、その結果を見てから、また基準について考えてもよいのではないかという事になり、討論を中止して、投票に入った。投票は、一位を三点、二位を二点、三位を一点として集計した処、十九点角田氏、十点鮎川氏、六点渡辺氏、三点仁木、久生十蘭、加田、大河内、山村氏の諸氏、一点有馬氏という結果がでた。
 そこでまた討論になり、将来性のある新人としての鮎川氏に授賞してはどうか、角田氏と鮎川氏の二人にしてはどうかなどの意見が出たが、賛否を数でとったりした結果、最終的には、角田氏授賞が動かない結論となりこゝに本年度のクラブ賞が決定した。それから当日風邪で欠席した角田氏邸へ電話して承諾を得て、各新聞社へ電話で決定を伝える運びとなった。
 尚当日の委員会では、クラブ賞は、年鑑掲載作品の選考と同時に行われる結果、短篇にかたよるから、長篇小説には別に、長篇小説賞設けてはどうかという提案がなされ、これを設けることに意見が一致し、授賞基準その他細目の規程は、あらためて委員会を開いて決める事になった。(朝山 記)
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選評

木々高太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 いつでも候補に上って、受賞に至らなかった作家が三人ある。角田、渡辺、城である。
 それは、この三人の名を見ても判る通り、いづれも我が国探偵小説のはじめからの言わば老雄で、従って審査の場合でも、ちょっとやそっとの作品ではおとすまいと、どの審査員でも考えるのは当然至極という可きか。それが主なる理由であった。
「ほかにこれよりすぐれたのがあるぜ」
「この前の作品の方がよかったよ」
「たらいまわしはよくないよ」
などどいわれ、いつも水準以上を抜いていながら、いつもおちていたのだった。
ところが、角田喜久雄「笛吹けば人が死ぬ」は、私は雑誌でよんだ時に感心した。そしてすぐそのあとの月のクラブ例会で、角田君に、あれはよかったぜ。あれは感心した、と話した。
 それから何箇月か、今度の候補作のうちに入っているので、もう一度よみ、それから他の候補作をもよみ、僕はこれをおすつもりで会に出た。
 すると審査席でも、多くの人がこれを推しているらしく、その他にも奨励賞を出そうなどという説がはじめから出ていた。結局やっぱり候補作のうち一番いゝもの、旧人新人を問わずという決定線から角田喜久雄君が選ばれたのは当然であった。
 さて、毎年問題となるのは、受賞作品の選び方である。それについては勿論今度の会でもいろいろの意見が出た。
 長篇の問題もあるし、既に受賞している作家の問題もある。それに江戸川乱歩賞との関係の問題もある。然しどれも一律にきめかねる。仕方がないから次の如きだいたいの意見に従うより他はない。
 曰く。毎年、その年の審査方針をまづ論じよう。それはこれまでの方針も参考とし、その年の候補作品の概観も参考として、まづそれを論じよう、そして審査にうつろう、と。
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松本清張選考経過を見る
 角田喜久雄という名前は、私に一種の郷愁を呼び起す。「あかはぎの栂指紋」を「新青年」で読んだのは、たしか私が十五六くらいのころであった。筋は忘れてしまったが、この特異な題名はいつまでも記憶に残っている。それからサンデー毎日の懸賞に当選したときの写真も見た覚えがある。大そう好男子の学生姿だった。いま年譜を見ると、それが「発狂」という作品だった。人間も十五六から二十ころまでが、一番頭がフレッシュな時代で、角田喜久雄の名前と肖像は、そういう新鮮な頭脳の頃に私に入ってきたものの一つである。今思い出すと、当時の人や出来事が薄くなった影絵のようにぼんやり泛んでくる。
 角田氏はそれほど古い作家である。それが現役で未だに第一線に居るのだから、その生命力の長いのに愕く。無論、作家の名前として生きている人は珍しくないが、作品活動が停止するところなく、こんなにみづみづしくつづいているのは珍しい。今度の受賞は、その老いることを知らない活動に更に新鮮さを加えた。
 私は受賞祝賀会の席に出て、角田氏から聞いて初めて知ったことだが、氏は最初は懸賞小説ばかりを書き、有力筋のヒキのある依頼原稿を断っていたという。これは実力のないものには出来ることではない。氏に長い生命力のある所以である。
 その会では、今更、角田氏に受賞でもあるまいとの配慮があったという。しかし、これは無用のことで、角田氏のような作家が受賞したことで、探偵作家クラブ賞がどんなに千均の重味を加えたか分らない。云うなればこれは角田氏よりも、クラブ賞にプラスした受賞である。
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水谷準[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 角田くん、受賞おめでとう。他の賞なら兎も角、このクラブ賞を君が貰ったというところに、何とも云えない有難さのようなものをぼくは感ずるので、あえておめでとうを云うわけである。
 乱歩さんに逢う度ごとに(と云って、そう度々逢いもしないが)ぼくは叱言を頂戴する。「おれが編集しだした『宝石』に小説を書かないのは、角田君とお前だけだぞ」
 その君もどうやらとうとう書いた、という風の便りがぼくの耳にはいった。ぼくは君の「探偵小説」なるものを読むのが好きだから、一きわ大きな拍手を禁じ得ないのだが、同時に何とも云えず悲しくなった。
 しかし角田くん、ぼくも大いに探偵小説を書く気持ちだけはまだ抱いているんだ。ひとつ君あたりと肩を組んで、そのブームとやらのトップを切ることにするかナ。とにあれ、御自重を祈る。
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江戸川乱歩[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 私は委員会の冒頭にこういう提案をした。各自が意見を述べる前に、選考の標準を定めてはどうか。単に最上作ということになれば、かなり旧作家の作が受賞するプロバビリティが多いが、そういう旧作家は今さら受賞しても別に嬉しくもないだろうし、作家生活上のプラスになるわけでもない。それよりも新しい作家で、受賞すれば大いにプラスになるような人にあげたい。それが探偵文壇を盛んにする所以でもある。この二つの標準のどちらを採るかを先ず決めてもらいたいと発言したが、大多数の賛成を得られなかった。ともかく最上の作に受賞すればよいのだから、そんな枠を作る必要はないという意見が多く、私の提案は否決された。
 「それなら角田君の作にきまっているじゃないか」と、私が少し忿憊の調子でいうと、木々会長が「うん、角田君のはよかった。あれには感心した」とたちどころに応じ、ここでもう二人の意見が一致してしまったのである。
 それから各委員が自説を述べた上、無記名投票をしたが(当日の出席委員の名、投票の結果の数字などは、誰かが書いていると思うので省く)やはり角田君が圧倒的に得票し、それについで鮎川君、渡辺君の票が多かった。しかも角田君の得票は次点との開きが非常に大きく、その数字からして、誰も一言もない結果となった。
 しかし、私としては前記の理由から鮎川君の最近の業績に授賞したい気持ちがあったのでそのことを強く発言した。すると、木々会長もこれに同意し、やはりプラスになる人にやるということは大切だから、今年は角田、鮎川両君に授賞してはどうかと提案し、これに対して賛否を問うこととなったが、六対五で二人授賞説は破れた。そこで、全員一致で角田君を推すということに落ちついたのである。
 だが、私はこれについても不満があった。従来は不在投票が物を云った。今度の場合は欠席の城君が鮎川君だけに一票入れていたのだが、今年に限ってそれが無視されたのである。年によって不在投票を認めたり認めなかったりするのは困る。今後は認めないことを明確にして、その代り委員は万障を排して出席するようにしてもらいたい。
 しかし、角田君が受賞したお蔭で、同君は賞金がたった三万円であることに気づき、せめて五万円にしなくてはと、その基金としてクラブに五十万円を寄附することとなったのだから、結果としてはクラブの大きなプラスとなった。角田君に厚くお礼申します。
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渡辺啓助[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 ベテランの角田氏がクラブ賞を獲得されたことは、筆歴から見ても、力量から推しても、当然すぎるほど当然であって、今さら註釈を要しない。
 角田氏の存在はいわば、日本の探偵小説発生史とともに古い、すなわち草わけの一人である、その草わけの一人が賞を得られたことをは、日本の探偵小説界に、一転機をもたらすかも知れない、と云うことを期待させる。
 これまでつぶさに、日本探偵小説の在り方を見てこられた氏が、こんどの授賞をキッカケにどう、これからの探偵小説をリードしてゆかれるか、と云うことに僕は興味を抱かずにいられない。ややもすれば、これまでの探偵小説がマニヤたちの狭い囲みの中でのみ愛頑されていたきらいがあったが、典型的な大衆作家である氏によって、一層広い大衆の中へ、開放されるであろう、と、僕は期待するものである。
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香山滋[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 毎年、クラブ賞決定委員会では、私は必ず、戦後の新人を推薦しつづけてきた。戦前の所謂既成大家に、いくら立派な作品があったからといって、それは当然で、"今更"それに賞を上げたところで何にもならない。というのが私の持論であって、これは、その年度の最高作品に、という現在の規定と、いささか撞着する嫌いがあるが、それを私は、法の運用範囲というつもりで、新人の作品中での最高作品に、と、解釈している。
 さて、今年も、そうした考えで鮎川氏一位、山村氏二位と推薦したのだが、投票に依る最高点獲得の角田氏を、なんとしても破ることは出来なかった。
 数字の結果だけで、受賞を決定するのでは、何もわざわざ集って長時間議論を戦わす必要はないので、議論が勝てば、最高点作をオーヴァーすることも勿論可能なのである。
 ずいぶん小生としては議論につとめたのだが、それを推し切るだけの強力な切札が、二氏の作にはなかった。
 端的に言えば、「五つの時計」はアリバイくづしの巧妙さ、「獅子」はドンデン返しの面白さ、だけに終り、それだけの武器では、強力に議論を推進するには弱過ぎた。
 来年度は、たとえまた点数がものを言っても、それを押しくづすだけの重厚な切札を持った新人作が現われてくれますようにと、今から祈っている次第である。
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日影丈吉[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 委員会の席上、戦前派の未受賞者を除いてはという意見も出たが、去年の成績では、角田氏の「笛吹けば」や、渡辺氏の「裸体派」のようなフレッシュさが、新人の作品には見当たらないように感じた。これでは新旧などということは問題にならないではないか。
「笛吹けば」は同氏の前年、前々年の候補作と同列だという批評もあったが、私はそう思わない。今度のはただ旨いというだけでなく野心的な作品である。
「裸体派」は注目作だが、チラリズムに終っている。選考委が「吸血鬼考」を採ったのには同感である。「吸血」は首尾一貫しないような作品だが、蓄積があり、渡辺氏の精髄が窺われる。完成されていたら、クラブ賞にオマケをつけてもいいくらいだが、惜しい。
 次席の鮎川氏を角田氏と二本立にしたらという声もあったが、磨いた玉と磨かない玉を一緒に飾るような感じで、やや不親切な気がした。鮎川氏は実力のある作家だから、独立受賞の機会を待った方がよさそうに感じた。
 角田氏がこの機会に、もっと探偵小説のために時間を割く気持ちになって下されば、今度の授賞も大いに意義があったことになる。が、中堅のふるわなかったのは何といっても淋しい。
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大下宇陀児[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 角田君が受賞ときまったあとで、私は角田君のものと渡辺啓助君のものとを、もういっぺん読みくらべてみた。読みくらべた結果は、そうだな、やはり衆目の見るところ、角田君の方が、妥当だったな、と考えた。
 渡辺君の作品では、いつも残念に思うのが、修飾が多すぎて、作品の骨格に力が稀薄になっているということだ。西洋史の造詣が却って邪魔になっている、という感じすらある。渡辺君には失礼な言分だが、敢てそれは言わせて貰う。ところが今度のものは、その修飾の美しさが、際立ってよく整っていて、まことに華麗な作品となっていた。その華麗さは、探偵小説としては珍らしいものであり、その点で私は推したのであったが、結局、それだけではいけなかったのだと、私も納得したのである。
 角田君の「笛吹けば人が死ぬ」は探偵小説の模範的作品といってもいい。よくできている。が、ココまで考えないと、探偵小説は書けないのか、と思うと、我と我身が悲しくもなる。が、受賞作品としてりっぱなものであることは確かである。 妄言多謝
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朝山蜻一[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 クラブ賞は、毎年の例だと、決定の前に下馬評というか、今年は誰かも知れないといった大体の目標がつけられたものですが、今年だけは誰にも目標がつけられませんでした。それが、意外にも角田氏と決定し、しかも結果からみて、まさに金的といった大成功を納めたのが、今年のクラブ賞だったと云ってよいでしょう。
 角田氏が率直に喜びを表明されたのも、まことにフェアプレイでしたが、クラブ賞としても角田氏に授賞した事によって、クラブ賞自身の株を高めた結果になり、すべての点でおめでたいことでした。
 今年、最後に残った候補作品を通読して私は、第一に角田氏の「笛吹けば人が死ぬ」に感動しました。私などが申すのは、おこがましい事ですが、この作品には、人間性の深い底を流れる皮肉な思想があるという事でした。その思想をバックボーンとして、それに探偵小説という巧妙なストーリーとトリックの肉をつけ、魅力あるお化粧と、流行のスタイルをつけたのが、この作品であると感じました。
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永瀬三吾[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 「いまさら角田先生に」という声が選委会の席上でちょっと出た。新人を奨励するという意図が授賞目的に大きく含まれているなら、なるほどいまさらであろう。
 また、年度内では優秀作でも御本人の過去に沢山の傑作があるのでいまさらといった感慨を湧した人もあったようだ。角田先生の場合、昨年も一昨年も、この二つのいまさらのどっちかで栄冠を他へ譲った。このときの私のひそかな気持は譲ってもらったと言うほうが正確な言い方である。
 それが今年は譲ってもらおうという気持にならなかったのは、新人作に飛び抜けたものがなかったからで、翻訳ブームから創作ブームに移るだろうと期待されだした今、特にこれは残念ではあるまいか。
 (仁木さんの"猫は知っていた"は乱歩賞を得ているので対象外におかれた)
 いまさらの先人が受賞したことも新人を刺戟発奮、奨励になるなんて理くつは言われたくも聞かせたくもない。
 木々会長の作品の題名を借りて、少女ならぬ角田先生の臀に礼すべきか。
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中島河太郎[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 クラブ賞授賞詮衡の席上、角田氏が話題にのぼりながら実現しなかったのは、強く辞退されもしたし、詮衡する側でもおもはゆい感じがしないでもなかったからだが、今年はとうとう欠席裁判みたいな形で授賞がきまった。
 考えてみるとなかなか味のある授賞であった。角田氏のここ二三年の作風は戦後の純本格からスリラー風のものを経て色彩を異にして来た。この新しい展開が少なくとも多数の委員諸氏に支持されたことは興味深い。
 探偵小説の論争はちっとも進展しないようにいわれながら、旧套墨守型の仁木女史は別として、松本清張氏らの意欲が見事な成果を挙げているし、一方古くからの大下宇陀児氏の実践があり、またここに角田氏の新境地開拓が稔ったことによっても、ことさら海外の動向をひっぱり出すまでもなく、日本の探偵小説界も大きく変貌しつつある。木々高太郎氏の二十年前の立言は、その枝葉末節はともかく、基調はほぼ活かされた。探偵小説が漸く成人の日を迎えたわけである。
 角田氏の授賞はいろんな意味で嬉しいし、また探偵小説の流れを見守っているものにとって、感慨の尽きないものがある。
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島田一男[ 会員名簿 ]選考経過を見る
 クラブ賞は、年間最高作品に授賞さるべきか、新人奨励の意味を含めて詮衡さるべきか、毎年の決定委員会で、必ず問題になる。今年などは、実に三時間近く活溌な論議が交されて、結局「笛吹けば人が死ぬ」に決定したのであった。
 毎年同じ論議をくりかえすのは、クラブ賞の性格が不明確であったのだ・・・との意見を耳にするが、私個人としては、これでいいと思っている。この論議に、苦痛や抵抗は少しも感じないからである。
 考えてみれば、候補作品にズバ抜けた傑作のない年は奨励賞的な意味を含めて授賞されているし、今年のように、委員の投票で断然他を引き離した作品があった年は、年間最高作品賞として授賞されている。そして、それはそれなりに意義があったと思う。過去の授賞者を振返ってみると、元老級、新人共に立派に受賞を生かしているし、―あれには授賞すべきではなかった・・・と、後悔されるようなことは一度もなかった。つまり、授賞されるべきものに授賞されていたわけである。
 来年の詮衡委員会でも、また同じ論議がくりかえされるであろう。それでよいのだ。
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選考委員

予選委員

候補作

[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『ものの影』 城昌幸
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『吸血鬼考』 渡辺啓助
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『脱獄を了えて』 楠田匡介
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『獅子』 山村正夫
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『安房国住広正』 大河内常平
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『白猫のいる家』 有馬頼義
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『温室事件』 加田伶太郎
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『粘土の犬』 仁木悦子
[ 候補 ]第11回 日本推理作家協会賞   
『五つの時計』 鮎川哲也(中川透)