松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第32回
クリスティ人気は不滅!
クリスティ・ファンクラブの数藤さんの豊かな人生に感動
アガサ・クリスティの世界を楽しむ 第IV期
2013年4月27日池袋コミュニティ・カレッジ

ミステリ研究家 松坂健

 団塊の世代がほぼいっせいにリタイアしはじめて、第二の人生を豊かに過ごそうと、カルチャーセンターで趣味の領域に磨きをかけようとする人が増えてきそうだ。
 ミステリのジャンルでも、読書会などが盛んになってきている手応えを感じているのだが、その勢いを肌身で感じさせてくれたのが、池袋西武百貨店別館で開催されている池袋コミュニティカレッジの「アガサ・クリスティの世界を楽しむ」と題した講座だ。
 なんと、これで4期目に入ったとのこと。メイン講師は、クリスティ研究家として右に出るもののない数藤康雄さんだ。
 クリスティの世界を語る講座に、きちんと人が集まって成立していること自体が、僕などには奇跡のように思えるのだが、それだけこの作家がもつ人気の幅広さ、そして深さ、時代を超越した魅力に素晴らしい磁力があるということだろう。
 ちなみに、この講座は1ヶ月に一回のペースで開催され、一期6回、受講料は1万5750円(プラス維持管理費378円)となっている。最低催行人員は一応10名が目安で、今度の第4期は15名の参加を得た。
 実は4期のテーマが「映画と演劇になったクリスティ」ということで、映画になった原作、そしてクリスティ自身の戯曲を、講師と参加者で議論するというもの。僕は、その一回目の講師として、数藤さんに呼ばれ、クリスティとお芝居の関係についてお話する機会をもったということだ。
 ある程度年配の方々が揃っていて、しかも女性が8割方だろうという予想は当たったが、話を聞く態度の熱心さには、正直、感銘を覚えたほどだ。クリスティって凄いなあ、とあらためて感心してしまう。
 ということで、メインキャスターの数藤さん。ミステリファンの間では既に有名な方だが、彼のクリスティ女史に対する愛情の深さには、まこと感銘を覚える。今、会員数(機関誌を配布している数)280に及ぶクリスティ・ファンクラブを実に43年にわたって運営されておられる。大学などのミステリクラブならまだしも、個人が運営責任を負っているファンクラブとしては、最長不倒距離ではないかと思う。
 数藤さんとクリスティの関係は工学部系の大学に所属していた彼が卒論テーマに、クリスティとディクタフォンの関係について、というのを選んだことに始まる。アクロイド殺人事件に使われた小道具のことで、クリスティ女史に思い切って疑問の点をぶつけたところ、返事が貰えたのだった(1966年10月のこと)。これで、大好きなクリスティ研究に拍車がかかった数藤さんは、ミス・マープルものを読み込んで、1970年に『ミス・マープルの世界』という小冊子を独力で刊行する。この冊子を送ったところ、またもや女史から親切な返事をもらえ、いよいよクリスティ・ファンクラブを勝手連的に始め(1970年12月発足としている)、1971年6月に、機関誌『ウインタブルック・ハウス通信』(WBH通信)の創刊号が発刊される。最初の『ミス・マープルの世界』を購読してくれた読者に、WBH通信を送るのが対外活動のスタートだった。
 そんなことをしているうちに、「一度、我が家に来なさい」という趣旨の招待状を女史からもらった数藤さんが1972年に渡英、彼女の居住地、グリーンウエイ・ハウスを訪問したのである。クリスティの自宅を訪れたことのある日本人はおそらく数藤さんだけだろう。羨ましい限りだ。その訪問記がミステリマガジンに載ったのが1972年12月号(通巻200号記念号)。
 僕と数藤さんはほぼ同じ世代だが、彼も勤め人をきちんとやり続けながらの人で、僕も出版社勤務だったので、本当に若い頃、一度喫茶店でお話しをしたくらいだった。ただ、数藤さんがWBH通信の中で、自分の仕事と趣味の仕事、その二つの井戸を掘りながら、ときどき両方を行ったり来たりすることで、自分の人生がひとつの井戸だけに縛られないで生きられるはずだ、という趣旨のことを書かれていて、同じ仕事と趣味のもの書きの二足のわらじ型を実践する身にとって、たいへん励みになったことを、今回、やっと彼に告白することができた。
 そのファンクラブ活動も43年目。夏、冬と年間2冊発行のペースを着実に守ったWBH通信も通巻80号をこえた。
 「ファンクラブ活動がここまで続いたのも、機関誌の発行だけに精力を集中して、集会とかイベントをやらなかったからかな」と言う数藤さんだが、クリスティファンにとって、何十年もWBH通信が届き続けること自体が、素晴らしい活動ではなかったかと思う。
 但し、さすがに数藤さんも70歳をこえられたとのこと。そろそろ店じまいを考えて、WBH通信もクリスティの没年齢85歳にちなんで、85号でいったん区切りをつけるとのこと。
 最後を飾って、彼の企画による英国クリスティツアーも今夏、実施するそうだ。募集は12名で打ちきられているが、数藤さん自らの案内で、グリーンウエイ・ハウスを訪れるとは、なんとも豪華な企画なこと。
 数藤さんのクリスティに対する愛情の持続度は、本当に希有のものだと思う。
 「どうして、こんなに長い間、続けられたんでしょう」という僕の素朴な問いかけに対する答えは、こういうものだった。
 「クリスティ女史と文通ができて、そして実際に会うこともできた。それが僕の人生にとって、どれだけ大きなことだったか。その恩を40年かかって、少しずつ、少しずつ返してきたんだと思います」
 クリスティは、英国を遠く離れた日本にかくも誠実なファンを得たことを喜んでいることだろう。