日々是映画日和

日々是映画日和(152)――ミステリ映画時評

三橋曉

 既に一月号にて紹介済みの作品だが、その後も『別れる決心』を記憶の中で幾度となく反芻している。中でも「あなたの未解決事件になりたい」という名セリフは、物語の帰結と呼応しながら、思い出すたびその響きに痺れ、同作の印象を鮮明にしてくれる。なぜかタン・ウェイ演じるヒロインの健気さは、斉藤耕一の歌謡映画『小さなスナック』(1968年)の尾崎奈々ともイメージが重なり、本作が恋愛映画の逸品でもあることに改めて気付かされるのだ。まだご覧になっていない方、ぜひ映画館に足を運んでみてください。

〝新しい映像体験〟と謳われる映画で、看板通りのものは必ずしも多くはないが、PC画面だけで展開する『search/サーチ』(2018年)は、確かに新鮮だった。そして同じクリエーター・チームによる『search/#サーチ2』も、その続編なのにマンネリの気配はない。父親の思い出を胸に、母一人子一人の家庭で成長した18歳の少女ジューンだが、心配性で口煩い母親にうんざりしていた。そんな折、継父候補の恋人と南米カルタヘナへの旅に出た母の留守中に、彼女はこれ幸いとばかりにハメを外す。しかし帰国予定日が来ても母は帰国せず、ほどなく行方不明だと判る。大使館に問い合わせても埒が明かず、検索に引っかかった現地の便利屋ハビに手伝いを依頼し、アプリを駆使してネット経由で母親の捜索を開始するが。
 失踪事件という題材は同じでも、前作とパターンを異にしており、安易な二匹目の泥鰌企画ではないところにまず好感が持てる。監視カメラやスマートウォッチの普及などで急速に変貌する社会の様子をふんだんに盛り込み、ネット検索が万能の力を発揮する今のご時世がリアルに映し出されていく。スピーディな展開は前作以上で、観る側も集中力を強いられるが、終始サスペンスは途切れず、画竜点睛のアイデアが見事に決まる終盤には息を呑む。ヒロイン役のストーム・リードは前号紹介の『ワイルド・ロード』でも重要な役を好演、ハビ役のヨアキム・デ・アルメイダとの掛け合いでもいい味を出している。(★★★★)*4月14日公開

 同じく、ミステリでいう安楽椅子探偵型のシチュエーションで展開する『デスパレート・ラン』では、夫に先立たれ二人の子どもを育てる母親役をナオミ・ワッツが演じる。息子のノアが通う高校で、銃の乱射事件が発生した。朝のジョギング中に、すれ違う警察車やスマホなどで事態を知った彼女だったが、ほどなくわが子に容疑がかかっていることを察し、激しく動揺する。夫が一年前に交通事故で亡くなり、以来引き篭もり気味だった息子に登校するよう叱ったのは、家を出る直前のことだったのだ。
 人里離れた森の中を、唯一の通信手段であるスマホで、娘や知人、警察と連絡をとり、遠隔での情報収集を行いながら、息子のもとへとひた走る母親。アイデアの妙が光るが、このシンプルな状況設定だけで全編を飽かさずに見せるのは、主演女優の力あってこそだろう。苦悩の表情には、息子の安否への懸念だけでなく、自責の念や怯えといった感情が複雑に滲む。物語の着地点には予定調和の不満もないではないが、大切なものを守るため奔走する母親の姿は尊く、美しい。(★★★)*5月12日公開

 なんと十年ぶりの新作、自身もついに齢八十歳を越えたダリオ・アルジェントの『ダークグラス』。コールガールのディアナ(イレニア・パストレッリ)は、仕事の帰りに謎のバンに追跡され、中国人一家の車と衝突してしまう。事故で盲目となった彼女は、肉親を失った少年チンと暮らし始める。警察によれば、バンを運転していたのは娼婦ばかりを狙うシリアルキラーで、過去に三人が犠牲となっていた。歩行訓練士のリーア(アーシア・アルジェント)や盲導犬の助けで、チンとの新たな生活を始めるディアナだったが、犯人の魔の手がまたも目前に迫っていた。
〝ジャッロ〟と呼ばれる同国のレトロな犯罪ものへの回帰作は、既に『ジャーロ』(2009年)があるが、本作にも血生臭くノスタルジックな古き良き犯罪映画の香りが漂う。ミステリとしては、ちょっとどうかと思えなくもない、見え透いたフーダニットに興を削がれるが、そこにケチを付けるのは野暮ってものだろう。ヒロインが失明する遠因となる冒頭のエピソードをはじめ、ファンをニヤリとさせるシーンがいくつもあり、細かいことは云々せずに、イタリアン・ホラーの巨匠の健在を喜びたい気持ちになる。(★★)*4月7日公開

 タイトルのナカグロ(・)の有無だけでなく、葉真中顕の原作とはだいぶ異なるのが『ロストケア』だ。検事の大友(長澤まさみ)、は、訪問介護センターの所長が訪問先で変死を遂げた事件を捜査するうちに、同センターが担当する地区の老人の死亡率が、異様に多いことに気づく。詳しく調べると、死亡日はなぜか特定の介護士の休日ばかりに集中していた。その介護士・斯波(松山ケンイチ)は、取り調べを受けると、あっさりと自供、しかし自らの行為を〝殺人〟ではなく〝救い〟であると主張するのだった。
 検事の性別だけでなく、連続殺人が発覚するまでの経緯をはじめ、龍居由佳里の脚本は改変点が少なくないが、本作の大きなテーマに変わりはない。すなわち、高齢者介護に対する社会全体の無理解と、それをカバーする筈の介護保険制度の杜撰な現実である。とりわけ、問題の本質に切り込み火花を散らす大友と斯波の一騎打ちは見応えがあり、これだけで映画化した価値は十分あったと思わせる。しかし、社会派のテーマを強く打ち出す一方で、原作の巧妙なフーダニットは消滅してしまっている。あの原作をどう映像化するのか興味があった者としては、その点が惜しまれてならない。(★★★)*3月24日公開

※★は最高が四つです。