ミステリ演劇鑑賞録

第七回 アドリブの楽しみ

千澤のり子

「朗読劇と通常の舞台、どちらが好きか」と問われたら、私は朗読劇を好んでいた。特に原作のある作品なら、文字だけでは表現しにくい、声と立ち振舞、音楽や照明を使って描く物語を楽しめるからだ。しかし、多数のミステリ演劇を観るようになってからは、原作なし、あるいは大幅にアレンジした舞台に惹かれるようになった。
 情報量の多い朗読劇とは異なり、舞台にはアドリブ発見の楽しさがある。脚本と読み比べるなどの検証はしていないが、役者の表情から、このあたりはアドリブなのではないかと客席から推測することもミステリ好きとしては楽しい瞬間だ。
 本連載の第五回で取り上げた『スルース~探偵~』では、舞台上であらゆる小道具を放り投げる場面で、演出も務める吉田鋼太郎が若手の柿澤勇人を試すようなアドリブがあった。著名な推理作家が妻の浮気相手を呼び出し、犯罪計画を立てるという内容だが、おそらく打ち合わせはなしで、必死になって答えようとする柿澤の演技を超えた表情が垣間見えた。
 鈴木おさむ作・演出の舞台『怖い絵』(二〇二二年三月四日~三月二十一日/よみうり大手町ホール、三月二十四日~三月二十七日/COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール)は、自宅の火事で妻が死んだ男が放火犯に復讐する内容で、中野京子『怖い絵』で取り上げられている絵画を使って物語を進行させる。シリアスな空気の途中で、尾上松也、寺脇康文、佐藤寛太によるコントが挿入される。アフタートークによると、コントの内容は毎回異なり、絵画に描かれた女性を演じる比嘉愛未をいかに笑わせることができるかと策を練っていたそうだ。私が観た回は、「ぶらり途中下車の旅」のパロディだった。尾上松也がナレーターのモノマネをして、えなりかずきが帰郷するというオチに持っていく。比嘉はもちろん、会場も爆笑となり、物語上よりも力を入れているように感じられた。
 寺脇は、秋元康が企画・原作『スタンディングオベーション』(二〇二一年八月三日~八月二十九日/TBS赤坂ACTシアター、九月四日~九月七日/京都劇場)でもアドリブこそ役者の醍醐味といった演技を見せた。残念すぎる架空の舞台『ジョージ二世』の公演中に殺人犯が紛れ込んだという設定で、寺脇は犯人を逮捕しに来た刑事の役を演じている。
 北村想の新作、演出・寺十吾、シス・カンパニー公演『奇跡』(二〇二二年三月十八日~四月十日/世田谷パブリックシアター、四月十三日~四月十七日/森ノ宮ピロティホール)は、何者かに襲われて記憶喪失になった探偵と脳医学者の助手が、隠れキリシタンの里の謎を探る内容だ。助手役の鈴木浩介が、木々高太郎、レイモンド・チャンドラー、シャーロック・ホームズをネタにしたほぼすべてアドリブだと思われる前説を担当し、「早く始めろよ、鈴木」など、自虐を絡めた長台詞が繰り広げられる。余談になるが、大道具の移動時、スタッフに丁寧な指示を送る鈴木の姿にも好感が持てた。
 ミステリに関する内容のものしか観ていないが、宝塚歌劇団の公演舞台では、千秋楽に必ずアドリブが入る。その場限りの余興に出会えるのも、舞台鑑賞の楽しみである。