日々是映画日和

日々是映画日和(150)――ミステリ映画時評

三橋曉

 この連載も早いもので150回目。節目の今回は、『パラサイト 半地下の家族』で大ブレイクしたパク・ソダム初の単独主演作『パーフェクト・ドライバー 成功確率100%の女』から。廃車処理業を営むペッカン産業の裏稼業は、ワケありの品や人を指定の場所に送り届ける〝特送〟である。男顔負けの大胆なハンドル捌きを見せるドライバーのウナが、社長の請け負う無理難題を次々こなしていた。野球賭博で告発され、国外逃亡を企むプロ野球選手のキムも、そんな依頼人の一人だった。しかし待合せ場所に現れたのは彼の幼い息子ただ一人。想定外の事態に、ウナは困惑するが。
 やがて物語は、大金の入った貸金庫の鍵を父親に託された少年をめぐり、賭博の元締めの男とウナとの壮絶な攻防戦に発展していく。少年役は『パラサイト』の富豪の息子チョン・ヒョンジュンで、再度の共演となるヒロインとの呼吸はぴったり。派手なカーチェイスが見どころだが、軽妙なユーモアも交え、観客を飽きさせない。中間部でいきなり明かされるある事実に意表を突かれるが、なるほど本作はミステリ映画でもあったとかと思わずニヤリ。反転のタイミングも絶妙だ。(★★★)*1月20日公開

 数年前に東京フィルメックスでも上映されているが、今回が正式公開のロウ・イエ監督『シャドウプレイ 完全版』は、本国公開時に中国当局の厳しい検閲で削られたシーンを復活したものだ。犯罪映画だが、広州を舞台に社会主義市場経済からバブル期を経て現在へと至る中国のローカル都市と世の中の変遷を背景に収めている。
 再開発事業の交渉半ばで事業者が工事を強行、反発する住民の暴動にまで発展した騒ぎのさ中、責任者の役人タンがビルから転落死を遂げた。タンとその妻リン、不動産会社を経営する容疑者のジャンは、昔からの友人同士だった。事件を追う二世刑事のヤンは、リンのハニートラップで免職の危機に立たされるが、ジャンのビジネス・パートナーが七年前に失踪している事実を武器に事件を猛追、タンの娘ヌオにまで接近を試みるが。
 ドキュメンタリー・タッチからは鋭い社会批判の精神が伺われ、テンポの速さや時系列の入れ替えが、物語の濃厚なロマンチシズムを生んでいる。そして暴かれていく社会構造の歪みの物語に巧みに織り込まれているのが、フーダニットの要素だ。ジャン役のチン・ハオは、同監督の『二重生活』にも出ていたが、被害者と容疑者を繋ぐ鍵を握る女ソン・ジアや、その娘のマー・スーチュン、ジャンの相方ミシェル・チェンといった名花の数々が、時代の悲劇の哀切さを際立たせる。(★★★1/2)*1月20日公開

 ハリウッド・デビュー作『イノセント・ガーデン』を境に、サラ・ウォーターズの翻案映画化に取り組んだり(「お嬢さん」)、ル・カレをドラマ化したり(「リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ」)と、国外に目が向いていた感のあるパク・チャヌクだが、愛弟子の脚本家チョン・ソギョンと組み、韓国歌謡がバックに流れる『別れる決心』を作り上げた。
 実直な刑事チャン(パク・ヘイル)は、岩山から男が転落死した事件の捜査過程で、男の妻ソン(タン・ウェイ)に惹かれている自分に気づく。警察官で既婚者のチャンにとっては、二重の意味であってはならない事態だったが、どうすることもできない。やがて転落死は自殺として片がつくが、ひょんなことからチャンはソンが手を下した可能性に気づいてしまう。苦悩の末に二人は別れるが、数年後再び二人は出会い、またもや事件が起きる。
 中森明菜の曲をつい思い浮かべてしまうほど恋愛と深く結びついたミステリ映画で、時を隔てて過去と現在が呼応しあう構成の妙味に唸らされる。殺人事件の真相に迫りつつ、人間心理の深層をさぐっていく展開もスリリングで、それが解き明かされる終着点のインパクトには、のけ反るしかない。やはりパク・チャヌクはパク・チャヌクだった。けだし傑作だろう(★★★★)*2月17日公開

 ここのところ一般映画でも活躍が目立つ城定秀夫の『恋のいばら』は、香港映画『ビヨンド・アワ・ケン カレと彼女と元カノと』(2004年)のリメイク。時代の変遷でリベンジポルノの問題がより鮮明になっている。ダンサー志願の桃(玉城ティナ)の前に、恋人のカメラマン健太朗(渡邊圭祐)の元カノを名乗る莉子(松本穂香)が現れる。健太朗が保存する自分の写真を消してほしいという。最初は取り合わない桃だったが、やがて莉子との間に奇妙な共犯関係が芽生えていき。
 恋人関係のトライアングルが次第に形を変えていく展開は予測可能の範囲だが、小道具の写真集をめぐるもう一つの視点から、意外な事実が解き明かされていく。手堅くまとめた感もあるが、白川和子らを起用するなどのこの監督らしい作家性が顕れているのがいい。(★★1/2)※1月6日公開

※★は最高が四つです。

 最後に、吉例の年間ベストテンを。あくまで個人的な趣味を重視し、順位なし、見逃しもあり。どこがテンだ、というお叱りも甘んじて受けます。

「こんにちは、私のお母さん」
「さがす」
「マヤの秘密」
「ゴヤの名画と優しい泥棒」
「その消失、」
「英雄の証明」
「スピリットウォーカー」
「バーニング・ダウン 爆発都市」
「ウェイ・ダウン」
「炎のデス・ポリス」
「プアン、友だちと呼ばせて」
「ブレット・トレイン」
「ヘルドッグス」
「エノーラ・ホームズの事件簿2」(配信)
「君だけが知らない」
「ある男」
「ザリガニの鳴くところ」
「ナイブズ・アウト グラスオニオン」(配信)