時代小説の植物は要注意

若桜木虔

 ある時代小説を読んでいたら、戦国時代の物語なのに無花果が出てきた。無花果が日本に伝来したのは天正十八年(一五九〇)で、天正遣欧使節の少年たちが持ち帰った枝が長崎で挿し木され、そこから全国に広がった。
 だから、それ以前の時代が舞台なら、無花果を出してはダメである。
 そういう点で最も間違いが多いのは、白菜。白菜は日清戦争で初めて日本に入ってきた。それ以前にも何度か白菜の持ち帰りは僧侶などによって試みられたが、定着しなかった。
 木犀は、銀木犀が遣唐使によって古くから日本に齎されていたが、金木犀は江戸時代になって初めて渡来し、享保四年(一七一九)に染井村の植木屋・伊藤伊兵衛が著した『広益地錦抄』に初めて出てくるので、それ以前の木犀に金銀の別を付けるのはNGである。
 なお、染井村といえば何と言っても染井吉野だが、日本全国に広まったのは明治時代になってからなので、江戸時代以前の時代小説に染井吉野を出すのは、染井村近郊以外はNG。
 また、ある時代小説では、菠薐草の灰汁抜きの場面が描かれていた。しかし、灰汁の強い菠薐草が明治時代に入ってきてからで、江戸時代の菠薐草は灰汁抜きの必要がなかった。
 江戸時代に灰汁抜きが必要なのは、筍である。
 筍の煮物を食べる習慣が広まったのは孟宗竹が入ってきてからで、孟宗竹は元文三年(一七三八)に薩摩の島津家が琉球から輸入、そこから徐々に日本全土に広まった。
 だから、これ以前が舞台の時代小説に、筍の煮付けを食べる場面を出しては、いけない。
 最近では菜の花を食べるが、菜の花を食材にしたのは太平洋戦争以降(一部の地域のみ、明治以降)で江戸時代までは菜種油の採取用のみだったから、時代小説で菜の花を食べる場面を出してはいけない。
 甘柿ができたのは文政三年(一八二〇)に突然変異が発見された富有と天保十五年(一八四四)に突然変異が発見された次郎で、それ以前の柿は、食べてみるまで甘柿か渋柿か分からない、不完全甘柿だった(種子が多ければ甘柿になる)。
 これは鎌倉時代の建保二年(一二一四)に、現代の川崎市麻生区で発見された禅寺丸が最初で、小田急線の柿生に、名称が残っている。だから、江戸時代の中期以前に、いきなり「美味そうだ」などと柿に齧り付く場面を描いてはいけないことになる。
 葡萄は、日本では鎌倉時代から栽培されているが、原産地が砂漠地帯なので、水分を嫌う。
 時代小説に葡萄を出したら、水をやる場面を描いては、いけない。日本は降雨量が多いので、大半の葡萄品種は日本では栽培できない。
 日本にある葡萄は一千品種ぐらいのものだろう。しかし、世界では二十六万品種もある。生食用が十万品種、ワイン用も十万品種、干し葡萄用が六万品種である。なお、私の大学院の博士課程時代の研究が葡萄の品種分類だった。
 水をやってはいけない植物には、他に朝鮮人参がある。朝鮮人参は、水をやってはいけない、肥料をやってはいけない、日光に当ててはいけない、という、およそ普通の植物とは正反対の性質を持っている。
 八代将軍の徳川吉宗が朝鮮人参を日本国内に導入するのに苦労したのも、頷ける。