御挨拶

京極夏彦

 初春のお慶びを申し上げます。
 まずは、会員諸氏ともども新しい年を迎えることが叶いましたことを、心より慶びたいと存じます。
 年頭の御挨拶もこれで四度目、本年をもちまして私の代表理事の任期は終了となります。
 さて、就任最初の年頭の御挨拶に於て、私は次のように述べました。

 日本推理作家協会は、職業作家と関連企業によって構成される団体です。
 法人格は有していますが、営利目的の団体ではありません。また、ひとつのイデオロギーを掲げる集団でもありません。主義主張は会員・賛助会員それぞれに異なっているのでしょうし、それは時に対立するものともなるでしょう。その場合、当協会は交渉や調停の手助けはできますが、ジャッジをくだせる立場にはありません。きちんとした手続きを取り、会員の総意として諒解されるまで、意見表明をすることもままなりません。

 当協会のこうした立場は現在も変わっておりません。
 しかし、当協会は昨年早々に日本文藝家協会、日本ペンクラブとの共同声明という形で意見表明をいたしました。協会報でも御報告しました通り、大国による隣国への軍事侵攻に反対する旨の声明です。これは会員の総意を得るという手続きを経ず、理事会のみの協議で決定し、発表したものです。
 これは、前例のない極めてイレギュラーなことです。喫緊の案件であったということもありますが、武力による現状変更という行為が、どのような理由であれ人命を軽視した暴力的な解決でしかないこともは疑いようがなく、いかなる立場、いかなる思想をもってしても、それを認めないという点に於て異論はないと判断したものです。
 残念ながら戦争はいまだ継続しており、国際情勢はますます緊張の度合いを深めております。
 加えて、地球規模の疫禍も四年目を迎えました。状況は縷々変化していますが、それでもいまだ終息したとは言いがたい惨状であることだけは間違いありません。
 それに伴い、生活様式は否応なしに激変しました。ただ、こうしたある意味ドラスティックな変革は、往々にして齟齬や軋轢を生むものです。また収まらぬ疫禍の不安は、そうしたわだかまりに拍車をかけるものでもあるでしょう。このような世相は、時に疑心暗鬼を呼び込み、また分断を生じせしめるものとなり得ます。事実、様々な局面で不具合が発生しています。
 世情は不安に満ち、生活も逼迫しています。
 まことに年頭の御挨拶に相応しくないネガティブなことばかりを書き連ねているようですが、そんなことはありません。根拠なき楽観はリスクを増大させるだけですし、同時に過度な悲観にも意味はありません。このような先行きの不透明な状況下にあっても、私達はブレずに、できるだけ良質な文芸を社会に提供し続けるべきなのだろうと考えます。さらに、その作品を一人でも多くの方にお読み戴けるよう仕組みを見直し、研鑽を重ねることも忘れてはなりません。そのためにはこれからの時代に沿った、新しい出版システムの構築が急務となることでしょう。
 ただ、それは個人にできることではありません。
 ふたたび二〇二〇年の年頭のことばを引きます。

 当協会は親睦団体なのです。しかし当協会における〝親睦〟は、ただ仲良くするという意味のものではありません。それは、多様な考えを持つ会員・賛助会員を接続することで新しい知見を生み出すための〝契機〟であるべきでしょう。会員・賛助会員の交流の中から、この時代だからできること、この時代でないとできないことを、ぜひ見出していただきたいと願います。そして、それを実現する機会を作り出していただけたなら幸いです。親睦団体としての日本推理作家協会はそうした機能を持った装置たるべきでなのでしょう。当協会に存在意義があるとするなら、ただその一点しかないといえるかもしれません。

 今も同じ思いでおります。
 社会情勢の変化によって、これまで行ってきた協会の業務や催事も否応なく刷新せざるを得ない状況が訪れました。一昨年より開催しております江戸川乱歩賞・日本推理作家協会賞の公開贈呈式、暫定的に開始いたしましたSNSによる情報発信などは、幸いなことにともに好評をもって受け入れられたようです。ただそれが最良の形であるかどうかは、更なる検証が必要になるでしょう。今後もより良い形にブラッシュアップしていかなくてはならないものと考えます。
 また、長らく行われておりませんでした懇親会も、昨年、試験的とはいうものの装いを新たにして開催することが叶いました。推理作家協会賞・翻訳部門の準備も着々と進んでおります。新人作家を中心とした有志による交流会「U45クラブ」も発会いたしました。これらはすべて、理事・会員有志のご尽力によって成ったものです。こうした〝親睦〟に端を発した新しい試みは、どれほどささやかなものであったとしても、いずれ出版業界の革新に繋がるものと信じます。それこそが、出版文化の発展と継承に役立つものとなると考えるからです。
 何も成し遂げられぬまま任期を終えることになりますが、今後のことは後続のみなさまに託すよりありません。ご活躍に期待しております。
 本年の当協会および会員諸氏の発展と、推理文芸の弥栄を、切に願います。