日々是映画日和

日々是映画日和(60)

三橋曉

 その昔、椎名林檎も"カテゴライズなんて忘れましょう"って意味のことを歌ってたけれど、ジャンル分けなんてものは便宜上のものだと思うし、単なるタグ付けに過ぎない。なので、SF映画だけどミステリ映画だとか、ミステリ映画なのに恋愛映画といった具合に、ひとつの映画に複数のタグ(ジャンル)が付くケースは間々ある。SFでもありミステリでもあるという例でいえば、最近ではデイヴィッド・ミッチェルの原作をウォシャウスキー姉(!)弟が映画化した〈クラウド アトラス〉がそうだったが、今月最初の〈オブリビオン〉もその例にあてはまる。

 二十一世紀後半の地球、六十年前に突如異星人から侵略を受けた人類は核兵器をもって応戦し、壮絶な闘いの末に勝利を収めた。しかしその結果地球は放射能に汚染され、別の星への移住を余儀なくされることになった。その準備を進める中、元海兵隊員のトム・クルーズと女性のパートナーは、地表から一キロの対流圏にあるスカイタワーから、今まだ妨害を続けるエイリアンたちの監視にあたっていた。そんなある時、墜落した謎の宇宙船から唯一の生存者オルガ・キュリレンコを救出し、連れ帰るが、意識朦朧の彼女に自身の名を呼ばれた彼は愕然とする。
 監督は〈トロン:レガシー〉のジョセフ・コシンスキー。原作は彼自身によるグラフィック・ノベルで、空には破壊された異形の月が浮かび、荒廃した地表と静謐な上空の居住空間が見事な対比を見せるビジュアルは、そんな予備知識からくる期待を裏切らない美しさだ。主人公の孤独感は、〈地球最後の男〉や〈サイレント・ランニング〉を思わせたりもする。しかし、物語には冒頭から巧妙な伏線があって、やがて意外性のある謎解きの世界へと推移していく。トム・クルーズを時折悩ませるエンパイア・ステート・ビルの記憶とは何か。エイリアンたちが彼を捕らえようとすることの目的は何なのか。キーパーソンであるモーガン・フリーマンの登場とともに、やがて物語は思いがけない方向へとシフトしていく。〈シャドー・ダンサー〉のアンドレア・ライズブローが、主人公のパートナー役を好演。彼女、クルーズ、キュリレンコとの間に奇妙な三角関係が生ずる面白さは、恋愛ものとしてのタグ付けも可能だろう。(★★★1/2)

 〈ドライヴ〉ですご腕のドライバーを演じ、男をあげたライアン・ゴズリングだが、〈プレイス・ビヨンド・ザ・バインズ/宿命〉では派手にオートバイを乗り回す。バイクショーの曲芸乗りで根なし草の生活を送ってきた彼だが、ある時かつての恋人エヴァ・メンデスと再会する。彼女が彼の子を産んで、育てていることに驚き、二人を養うために大金を稼ごうと、銀行強盗の稼業に手を染めるが。
 全体は三部からなる乗り合い馬車形式で、第二部は警官として登場するブラッドリー・クーパーと主人公を交替する。そして、さらに最後はそれぞれの息子たちの世代へと物語は移り、男たちの数奇なる運命の年代記は幕となる。終始クライム・ムービーの通奏低音が流れる物語には、ちょいワルでおなじみのレイ・リオッタやここのところ犯罪映画でその顔を見かけることの多くなったベン・メンデルソーンが登場し、きな臭い雰囲気をさらに盛り上げる。監督は、〈ブルーバレンタイン〉で一躍有名になったデレク・シアンフランス。(★★★)

 予告編では堂々と明かされているが、さすがにネタバレだと思うので、主題は伏せておいた方がいいかもしれない。キム・ホンソン監督のクライム・サスペンス〈共謀者〉は今まさに世界中で沙汰されているある問題をテーマにしている。韓国と中国を往復する客船に乗り込んだチンピラ風の怪しい男四人組。税関の官吏や中国の公安を抱きこんで、何らかの犯罪が企まれているらしい。幸せそうな若いカップルを巻き込んで、彼らは何をしようとしているのか?
 予告編や映画の宣伝方法を責めるつもりはないが、余計な予備知識なしで観た方が面白いことは間違いない。プロローグの意味合いが明らかになっていく展開や、人物関係が終盤に反転する捻りなども主題に絡んでのものだし、ミステリ映画としての興趣は十分だ。終盤には、舞台を中国本土に移しての追跡劇まであって、その仕上がりは残念ながらスマートとは言い難いが、何気に個性派を揃えたキャスティングともあいまって、たくらみのある物語として悪くない出来映えだと思う。(★★★)

 一方、イム・サンユン監督の〈ある会社員〉は、そのタイトル通り会社員が主人公だが、彼の仕事はプロの殺し屋である。商社を装った殺人請負会社が彼の勤務先なのだが、そう書いてしまってもネタバレにならないのは、冒頭でそれが明かされているからだ。勤務歴十年で中間管理職のポストにあるソ・ジソブは、上司との軋轢などから会社に嫌気がさしていたが、ある仕事をきっかけに、現在の自分に強い疑問を感じるようになる。
 ありえない設定をありうるかもと思わせてこそ成り立つ話なのに、その努力が放棄されてしまっているのが残念。物語の行き着くであろう地点が透けて見えてしまうのも不満点のひとつ。ブラック企業ものとしてコミック調に徹するにしても、それを開き直るくらいの大胆さがほしかった。(★★)

 中田秀夫の新作のヒロインは前田敦子だ。お話は、彼女演じる女子高生が、古びた〈クロユリ団地〉に引越してくるところから始まる。間もなく公園の砂場で遊ぶ幼い少年と仲良くなった彼女は、彼の祖父だという老人を隣室に訪ね、異臭を放つ死体を発見してしまう。隣人の遺品整理にやってきた清掃会社の成宮寛貴は、彼女の身に危険が迫っていることを感じ取るが。
 前半の伏線が、丁寧に回収されていくカタルシスは、ミステリ映画好きにはポイントが高い。が、ヒロインを襲う妄想や、手塚理美扮する巫女が鬼気迫る悪霊祓いのシーンは、それすらも霞ませてしまうほどのど迫力。世界に名だたるJホラーの牽引者として、その存在感は本作でも健在のようだ。(★★★)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。