リレー・エッセイ「翻訳の行間から」

お仕事@ダイニング

山田香里

 "中央線猫同盟"の師匠、高橋恭美子さんからバトンいただきました!
 山田香里です。拙宅の猫もその節は大変お世話になりました(笑)。
 ロマンス小説の翻訳を始めて、気づけば早二十年──には少し足りません。ミステリという観点からは、集合『ミステリ』のベン図の円周上に引っかかっているだけのような存在ですが、最近の日常をゆるゆると綴ってみたいと思います。
 ちっちゃな液晶の東芝ルポ、ネットに接続しようとすると黙り込むマッキントッシュ──そんな昔を思い返すと時代の変化には驚かされますが、座ったまま何にでも手が届く一人暮らしが長かったせいか、家族と暮らすようになってからもその感覚は変わらず、仕事場は生活の中心であるダイニングになってしまいました。広いはずのテーブルは複数のPCで埋まり、食事時は片付ける。昔の卓袱台感覚で家族には申し訳ないのですが、それでもこれが最も実利的なのです(力説)。ここだとインターホンが聞こえる、電話が取れる、無線通信の電波が最強、冷暖房ともによく効く、コンロに鍋をかけたまま仕事ができる、等々。
 ただし猫の食事処もすぐ横なので、餌の時間が近づくと俄にうるさくなります。猫の体内時計は正確。諸事情により餌を五回に小分けしているため、一日に何度も真横から見つめられます。無視していると哀れな声で訴えられ、キーボードの上を歩かれて意味不明の文章を打ち込まれ……。もう一匹にも妙な癖があり、PCを打つ私の左腕に両前肢をかけて寝るのが好きです。手すりに突っ伏して寝るような感じ。可愛いけど、重い。腕が痺れ、右手だけで打ち込むのも限界に達すると、程なくどいてもらうことになります。
 そして夕方以降、今度は小学生の息子がPC前を陣取ります。イマドキの子どもはマシンに強い。先日も外国人女性の声が聞こえてきたと思ったら、某検索エンジンの自動翻訳機能で遊んでいました。彼が打ち込む日本語は、ほとんど通用しそうにないトンデモ英語に変換されているので、「そんな役に立たないものを聞くならもっと有用なことを……」と言いかけて、役に立たないという決めつけはどうなのか、子どもの好奇心の芽を摘むことになりはしないか、と考えて口を閉じました。小学校では英語教育も始まり、読み書き偏重の教育を受けた世代としては、どんなもんなのか興味津々。因みに先日は、「ドイツじゃなくて、ジャ~マニィ~」と、カタカナ和製英語の存在を教わったようです。
 最近の小学校は地域との連携を大切にしていて、高円寺でも東日本大震災の関連で南相馬の子どもたちと協力し、ポケモン声優松本梨香さんのミュージカル『まんまる革命』のお手伝いに挑戦するそうです。今年九月〈座・高円寺〉にて一回限り。ただいま絶賛練習中(ユルいですが)。
 話は変わって、翻訳者という立場では、訳した本の売れ行きや読者の感想を知る機会はほとんどないように思います。最近ではネットでレビューやブログを読むこともできますが、先日、もう八十を超えた田舎の父が(こちらから送った分以外に)書店で注文してくれたことがきっかけで、アンケートハガキやその他の反響は地方の方々のほうが送ってくれるだとか、田舎の書店でもけっこう売れていて取り寄せになっただとか、普段はなかなか知ることのない貴重な現場の声を聞くことができました。八十過ぎのおじいちゃんが、あの手の本をレジに……すごい勇気です。改めて、親というのはありがたいものだなぁ……。
 と、まあこんなふうに、ファンタジーに他ならないロマンス小説を、超現実的な場所で細切れに、猫と子どもと攻防を繰り広げつつ(と思っているのはたぶんこちらだけ)、ちまちまと画面に打ち込んでいる毎日です。
 さて次回は、同門の先輩で現在は期間限定でロンドンにお住まいの、林雅代さんにお願いしたいと思います。ロンドンは私が一番好きな街です。羨ましい~!