新入会員紹介

新入会員挨拶

猫森夏希

 推理作家協会に入会させていただいた猫森夏希と申します。まさか自分が推協の会員になる日が来るとは……。あの頃、工業高校の帰りに友人の家でチャンプロードを捲っていた自分に教えてあげたいものです。
 さて、何を書こうかと自分の過去に目を向けてみると、ふと、ミステリと呼ぶべき事件に立ち会ったことを思い出しました。テーマは自由とのことなので、その事件について書いてみようかと思います。
 あれは寒い冬のことでした。登場人物は田淵、高原、林田、そして当時大学生だった私の四人です。始まりは田淵の家でした。ストーブの匂い、灰皿と化したインスタントラーメン、読み飽きたジャンプ。溜まり場となっていた部屋には煙と退屈が充満していました。「ドライブ行こうや」誰が言ったのか、今となっては思い出せません。そうして私たちは外の世界に繰り出したのです。
 車は田淵の父親から借りた白いバンでした。運転は田淵、助手席に私、後部座席に高原と林田。後部座席の後ろには、これまた田淵の父親から借りた防寒用の毛布を置いていました。
 走り始めて十五分、「窓を開けよう」と高原が言いました。全ての窓を開けると、十二月の寒風が吹き込んできました。しかし車内の空気が澱んでいたので仕方ありません。全員が喫煙者でした。田淵の窓から出した右手にはマルボロメンソール、林田の口にはセブンスター、高原の左手にはキャメル、私の右手にはラーク。四人とも汽車のように口から煙を吐き出していました。
 夜の田舎道を当てもなく転がしていると、赤信号にぶつかりました。異変に気づいたのは車が停止したときです。「煙いぞ」林田が言いました。その言葉に何の気なしに振り向いた私も、すぐに異変に気づきました。誰も煙草を吸っていなかったのです。
 いったい何の煙だ?
 疑問を整理する暇もなく、謎の煙は車内を満たしていきました。焦げた匂い。私たちは慌てて外に飛び出ました。田淵が咳き込みながら車の後ろに回り、バックドアを押し上げ、そして叫びました。「親父の毛布が燃えとるやんけ!」
 毛布はすぐに引きずり出され、なんとか消火することができました。ただ、反対に、普段温厚な田淵が烈火の如く怒っていました。父親に借りた毛布が燃えてしまったのです。怒りもするでしょう。
「誰や」田淵がドスの利いた声で言い、私たち三人の顔を見てきました。原因が煙草の不始末であるのは言うまでもありません。犯人捜しの始まりです。「猫森、助手席にいたお前の煙草が後ろにいくとは思えん」と田淵。彼は状況を冷静に分析していました。彼はあのとき、確かに探偵だったのです。私は必死に訴えました。「そ、そうだ。私なわけがない」探偵は頷き、「残るは後ろにいたお前らのどっちか」と後部座席にいた高原と林田を睨みました。毛布は彼らのすぐ後ろに置かれていました。疑いは当然と言えるでしょう。「落ち着け、毛布を調べよう」と高原が焼け残った毛布を捲りました。「ああくそ、親父に何て言えばいいとや!」と激高する探偵。彼に何と声をかけたらいいか、言葉は今も見つからないままです。「おいこれ」毛布を調べていた高原が白いフィルターを見つけました。犯人の吸い殻です。私たちの目は高原の指先に集中しました。そこで見た真実は、驚くべきものでした。なんと、白いフィルターには緑色のラインが入っていたのです。マルボロメンソール。それは田淵の煙草でした。衝撃の真実に辿り着いた探偵は、目を丸くして地蔵のように固まっていました。「あ…あ…」地蔵の口から声が漏れていました。「あのとき、捨てたやつ……」
 田淵は走行中、窓から出した右手に挟んでいた煙草をポイ捨てしていたのです。その捨てた煙草が気流に引き戻され、開いていた後部座席の窓から再び車内に入り、毛布の上へと落ちた、というのが事の真相でした。ポイ捨てなど言語道断、彼には悪い行いの罰が下ったのでしょう。※喫煙はマナーを守って行いましょう。
 記憶を頼りに、何とかミステリ仕立てに書いてみました。入会の挨拶にミステリ風の小話を入れる自分の厚顔無恥ぶりに驚きが隠せません。掌編ミステリを書く難しさを痛感しているところです。精進します。
 また、入会に際しお力添えいただいた皆様、ありがとうございました。この場を借りて改めて御礼申し上げます。