日々是映画日和

日々是映画日和(137)――ミステリ映画時評

三橋曉

 今月は枕なしで。アルプスで旅客機が墜落し、三百人を超える乗客乗員が全員死亡する大事故となった。フランス航空事故調査局は原因解明に乗り出すが、分析官が失踪し、急遽、部下のピエール・ニネが担当となる。回収されたボイスレコーダーを念入りに調べ、イスラム過激派によるテロが原因と公表するが、その直後、生前の乗客が残した留守電を聴いた彼は、自らの判定を疑い始める。
 航空機災害を題材にした映画といえば、すぐにかつてのエアポート・シリーズが思い浮かぶが、事件後に真相を解き明かしていくという点で『ハドソン川の奇跡』に近い。ヤン・ゴズラン監督の『ブラックボックス 音声分析捜査』の見どころは、研ぎ澄まされた聴覚で主人公が真相に迫っていくスリリングな展開だが、同じ航空業界で働く妻ルー・ドゥ・ラージュとの衝突や上司からの圧力、過去のトラウマなどから、心神耗弱状態に追いやられていく。腐敗の構造を暴く着地点は妥当だとしても、社会派のテーマを掲げるなら主人公が巨悪へ立ち向かうカタルシスがもう少しあってもいいとは思う。(★★1/2)*一月二一日公開

 脚本・監督・主演のジア・リン(1982生れ)が、幼い日に『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985)を観ていたか興味をそそられる『こんにちは、私のお母さん』。学業が苦手なジアは、女手一つで育ててくれた母(リウ・ジア)を喜ばせようと、大学入試の難関を突破したと嘘をつく。しかし祝賀パーティで受験失敗が露見、母に恥をかかせてしまう。その帰り道、二人乗りの自転車をトラックがはね、母は昏睡状態に。病院のベッドに横たわる母の傍で泣きながら眠ったジアは、気がつくと生まれる前の一九八一年に飛ばされていた。
 そもそもは自作自演のコントだそうだが、三年もかけたという脚本は、正直上等とは言い難い。母と出会い、彼女の若き日の夢を実現させようと奮闘するくだりは、コメディエンヌの本領発揮があるとはいえ、やや退屈させられる。しかし自分の出生にも関わる母の恋愛をめぐるエピソードにも決着が付き、タイムリープのスタート地点に戻ったヒロインは、ある事実に気付かされる。これが、もう、感動以外の何ものでもない。若き日の母親を溌剌と演じるチャン・シャオフェイが眩し過ぎる。(★★★★)

 アクション映画のアルチザンともいうべきレニー・ハーリンの新作は、はみ出し者を意味する『ザ・ミスフィッツ』。四人の若き犯罪プロフェッショナルが大規模テロの資金源を断つために、刑務所経営で私腹を肥やす悪党ティム・ロスがドバイの私設刑務所に隠した金塊を盗み出そうと企む。作戦には、ベテランの知恵が不可欠と判断した彼らは、優雅にかつ気ままに盗みを繰り返すピアース・ブロスナンをリーダーに迎え入れようと画策するが。
 国籍や得意分野の異なる男女四人が、義賊的な動機でチームを組むというそもそもが嘘臭い。こんな奴らはいないと断言できるご都合主義だが、それに目を瞑れば、ブロスナンを侮れない一匹狼として描き、双方の仲介役として清々しいのに蠱惑的なハーマイオニー・コーフィールドを配するなど、随所に工夫が凝らされている。そして何と言っても、四人組とブロスナン双方の駆け引きやケイパー作戦のディテールなど、あの手この手で一瞬たりとも飽かせない手数の多さが素晴らしい。嘘は嘘でも心地よい嘘とは、こういう作品のことだろう。(★★★)*一月二一日公開

「指名手配中の連続殺人犯を見たんや。捕まえたら三百万もらえるで」そんな言葉を残し、父親は姿を消した。警察は失踪に取り合わず、教師やクラスメイトとの捜索も成果がない。父との二人暮らしに突然ピリオドを打たれた楓は困惑する。工事現場の名簿に名前があったが、訪ねていくと父とは似ても似つかない若い男で、やがて男は楓の目の前で逃走する。片山慎三監督の『さがす』は、そこから時を遡り事の次第を詳かにしていく。
 父と娘を演じる佐藤二朗と伊東蒼がいい。名無しの男の清水尋也や自殺志願の女を森田望智、さらには出番の少ない脇役陣の存在までが、物語の中に息づいているのだ。段階的に時間を遡っていく脚本にミステリの面白さが濃くにじむが、難を言えばラストは作り過ぎの印象がある。とはいえ物語の重心の低さに見合った幕切れは、これしかないかもしれないとも思わせる。(★★★1/2)*一月二十一日公開

 最後は吉例のベストテン。ふり返ると去年も悪くない一年でした。
・秘密への招待状
・藁にもすがる獣たち
・フロッグ
・パーム・スプリングス
・楽園の夜(配信)
・コンティニュー
・ジェントルメン
・1秒先の彼女
・ソウルメイト 七月と安生
・唐人街探偵 東京MISSION
・先生、私の隣に座っていただけませんか?
・双璧のアリバイ
・レミニセンス
・マリグナント 凶悪な悪夢
・悪なき殺人
・天才ヴァイオリニストと消えた旋律
・ラストナイト・イン・ソーホー
・偶然と想像
・スケッチ
・カーリダス
(順位なし。ほぼ観た順です)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。