日々是映画日和

日々是映画日和(136)――ミステリ映画時評

三橋曉

 男性版モナリザとも呼ばれ、二十一世紀の美術界を騒がせてきた「サルバトール・ムンディ」。その発見から現在に至るまでを追った映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』は、ケレン味を排したノンフィクションにも関わらず、問題の絵画がダ・ヴィンチ自らの作か否かの謎の魅力に加え、迷宮のように複雑怪奇な美術界を転々とする地獄めぐりのような面白さもある。詐欺師紛いの仲介人や、謎めいた大富豪、そして百家争鳴の学者たちが入り乱れ、存在自体がミステリの絵画をめぐり、世界を駆け巡る。まさに小説より奇なりの面白さだ。

 さて、お手軽な寄せ集めや、抱き合わせ商法かと疑いたくなるものも少なくないが、久々に見応えあるオムニバス映画と出会った。『ドライブ・マイ・カー』も話題の濱口竜介監督『偶然と想像』である。主人公は親友の恋バナに動揺するモデル、セフレに唆されて恩師の大学教授にハニートラップを仕掛ける人妻、高校時代の級友と再会するため帰郷したアラフォー女子と様々だが、いずれもヒロインによる女性目線の物語となっている。
 粒よりの三篇の中に厳密な意味でのミステリはないが、其々どこかしらに仕掛けがあって、そうくるか!と思わず唸ってしまう。各エピソードの中途では、お約束のように長めのダイヤローグが待ち受け、思索的かつ濃密な言葉のやりとりから、飽和状態にある主人公の生き辛さが浮き彫りにされていく。偶然の一瞬を人生の一部分として捉えてみせる手法にも切れ味があるが、ヒロインらのその後の生き方を想像させる幕のおろし方もいい。見えない糸に繋がれた、見事な連作集だと思う。(★★★1/2)
*十二月十七日公開

 ナチスの侵略から逃れ才能を開花させるため、親兄弟を祖国ポーランドに残し一人ロンドンにやってきた少年ドヴィドル。里親一家の長男マーティンは、同い年の少年の天才的なヴァイオリンの腕に嫉妬を覚えるが、二人は仲良く兄弟のように育った。十二年後、若き音楽家に成長したドヴィドルがデビューの時を迎える。しかし開演時間になっても彼は現れなかった。月日は流れ、マーティンは愛する妻と平穏に暮らしていたが、ある音楽コンテストの審査員を務めたことがきっかけで、ドヴィドルの消息をたどり始める。
 原作は音楽ジャーナリストとして著名なノーマン・レブレヒトの小説(未訳)という『天才ヴァイオリニストと消えた旋律』は、脚光を浴びる直前に姿を消した音楽家の失踪の謎を、三十五年後、多感な十代を一緒に過ごした男が自らの足を使って解き明かしていく。ユダヤ人のアイデンティティとともに、移民の少年のその後が詳らかにされる人探しの物語の面白さもあるが、最後に明らかになるある事実の人生のほろ苦さに、胸を突かれる。個人的には、そこを高く評価する。(★★★1/2)
*十二月三日公開

 タイトルも主演の二人も『鋼鉄の雨』(二〇一七年)と共通する『スティール・レイン』だが、続編でもなければ、リメイクでもない。しかし、現在の世界情勢を反映させた物語づくりや、朝鮮半島両国民の祖国統一への思いを主題にしている点に共通項がある。北朝鮮の元山では、今まさに南北両国とアメリカの三首脳の間で、平和協定が結ばれようとしていた。そこにクーデターが勃発し、反乱軍を率いる軍総局長によって、三首脳は核ミサイルを搭載した北の原子力潜水艦白頭号の艦内に閉じ込められてしまう。
 トランプがモデルの米大統領など戯画化されている部分もあるが、一連の黒幕として大和財団という日本の右翼団体や、中国政府の暗躍なども描かれ、謀略ものとして下地は盤石。四つ巴の呉越同舟状態の中で、南の大統領と北の委員長の間に友情にも似た信頼関係が生まれていく物語も、お約束どおりとはいえ悪くない。後半にかけては、巨大台風の接近という自然条件が加わり、緊迫感がエスカレートするなか、手に汗握る魚雷戦などの戦闘シーンもある。着地点はやや甘口ながら見応えは十分で、軍事謀略スリラー映画としては十分合格点だろう。(★★★1/2)*十二月三日公開

 原題は Only the Animal で、一昨年に東京国際映画祭で上映された際の邦題は『動物だけが知っている』だった。今回の『悪なき殺人』で、少しはミステリ好きの耳目を捉えられるかも。冒頭は、アフリカと思しき都会風景の中を山羊を背負って自転車を走らせる青年を追ったシークエンス。そこからフランスの田舎町へと飛び、吹雪の中で起きた女性の失踪事件が住民らを騒がせている。母親を亡くした孤独な羊飼いのジョゼフ、その羊飼いと秘密の情事を楽しむ社会福祉士アリス、そして彼女の夫ミシェルは仕事が忙しいふりをしてネットに夢中になっていた。雪深いフランスの高原地帯と五千キロ離れたアフリカ、そして消えた女性にどんな繋がりがあるのか?
 アフリカの怪しげな呪術が絡んだりするが、ミステリ映画としての完成度はかなりのレベルで、首を傾げるばかりの謎めいた前半に仕掛けられた伏線が次々と回収されていく後半はまさに圧巻。最後の最後までスクリーンから目が離せない。『羅生門』や『エレファント』を擬えたエレファント型の叙述技法を巧みに使いこなしてみせた監督は、『ハリー、見知らぬ友人』のドミニク・モル。この人は、忘れた頃に不思議な作品を届けてくれる。(★★★★)*十二月三日公開
※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。