追悼

追悼 飛鳥高さん

石井春生

 飛鳥高さんに初めてお目にかかったのは二〇一一年の一一月の土曜サロンでした。そのときの講師の平井憲太郎さんと飛鳥さんは一時期お隣同士でしたので、久しぶりにお会いするためにいらしたそうです。
 飛鳥さんのお名前はもちろん存じていましたが、お会いする機会などないと思っていただけにびっくりしました。驚いたのは私だけでなく他の出席者もそうだったようで、北原尚彦さんはさっそく古本屋で買ったばかりの本にサインをお願いしていて、そのタイミングのよさがとてもほほ笑ましかったです。
 その場で飛鳥さんに次の土曜サロンの講師をお願いしました。最初は固持されていましたが、事務局からもお願いされたこともあって承諾していただきました。土曜サロンでは主に戦中から戦後にかけて体験したこと、パイロットとしての従軍体験、戦後の食糧難のときの苦労話、警察予備隊に一年勤めていたときの裏話など、様々なことを話していただきました。
 ミステリとの関わりについては、復員後に『宝石』に応募し入選したものの本業の仕事が忙しくなったために創作活動を中断、しかし結婚したときの新居が偶然にも乱歩邸の隣だったことから再びミステリを書き始められたそうです。
 土曜会にも何度か出席されたことがあり、あるとき木々高太郎さんから「万年筆と鉛筆のどちらがいいか」という問いを出され、出席者一堂で真剣に考えてみたところ、木々さんの答えは「万年筆、理由は削らなくていいから」に脱力、木々さんは大学の先生なのでもっとなにかあると思っていたのにというエピソードに当時の土曜会の雰囲気が伝わってきてとても興味深かったです。
 土曜サロンの講師のとき飛鳥さんの著作は新刊ではほぼ流通していませんでしたが、現在では作品集が五冊、単行本が一冊出版されています。作品がこれからも読み継がれることはとても喜ばしいと思います。謹んでご冥福をお祈りいたします。