松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第93回
乱歩作品は表現者に「憑依」するのだろうか?
――二つの乱歩さんイベントを見て
『旅館で味わう江戸川乱歩』9月26日
東京・本郷 旅館鳳鳴館森川別館にて
『乱歩先生とわたしⅢ』7月30日~8月5日 池袋・東武百貨店にて

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 ほとんど半年ぶりにパフォーマンスを見にいくことができた。『旅館で味わう江戸川乱歩』と題する朗読会である。
 普通は小劇場を借りて行われることの多い朗読会だが、今回のは舞台設定が凝っていて、東京・本郷の和風旅館、鳳鳴館の森川別館。
 本郷という町はもともとは地方から東京へ修学旅行に来る学生さんたちの宿泊を手掛ける旅館さんが一〇〇軒以上、つらなっていた町だ。しかし、その客層もビジネスホテルなどに奪われて、今はこの鳳鳴館グループの三軒と更新館の合計4軒が残るのみとなってしまった。一方、これらの修旅旅館のはざまに、東大や不忍池が近い自然な環境を求めて、文士がたちが集った本郷菊富士ホテルや石川啄木や北原白秋などが長期滞在した大栄館(二〇一四年閉館)などもあったのがこの町だ。
 笑ってしまうのは、この旅館、昨年の5月に『文豪缶詰プラン』なるパッケージ商品を実験したこと。完全に密室にし、頼まれれば旅館スタッフが鬼の編集者になりかわって、進捗コール、寝てたりさぼっていると督促したりするというもの。別注になるが、編集者スタッフを一日一万円でレンタルすると、文士さんの目標貫徹まで徹底的に作業確認をしてくれるというアイデアも。ミソはこの人が終始ニコリともしないことにあるらしい。面白い企画だと思う。
 このあたりから根津、谷中にかけては空襲の戦禍を免れたこともあり、今も大正・昭和の香りが漂ってくる。そう、怪人二十面相が現れておかしくないロケーションなのである。
 さて、出し物は、第一部(十六時半~十八時)が『木馬は廻る』の朗読で、小堀望さんがうなってくれる。ピアニカとパーカッションを使った音響効果も手伝って、浅草木馬館の華やかさを舞台に、年老いた男が乙女に抱く切ない心が披露される趣向。この朗読の後、会場を変えて、10分間のアニメ、『押絵ト旅スル男』の上映をがあり、本郷の銘菓、三原堂の和菓子をいただくお茶会がある。それぞれの会場は多くある宴会所を使って、ソーシャルディスタンスが十分確保されている配慮の行き届き方が良かった。ちなみに、一部二部とも募集定員が20名ずつ。
 第二部(十八時~十九時半)は、同じ小堀さんの『人間椅子』の朗読があって、穴子海老天弁当の夕餉ののち解散。この夕餉を三原堂謹製の『乱歩セット』のお土産に替えることもできる。料金は第一部が三〇〇〇円、第二部が四〇〇〇円だった。
 このイベントに参加した女性の中には艶やかなお着物をお召のご婦人が4~5名いらっしゃった。僕も和服を着て行けば良かったと後悔の臍を噛んだが、こういう楽しみ方はいいなあと感じた次第だ。
 乱歩さん関連のイベントといえば、7月30日~8月5日まで池袋の東武百貨店で行われた『乱歩さんとわたしⅢ』という展覧会もあった。今回で三回目。22名のアーティストがそれぞれ好みの乱歩ワールドを絵画にしたり、塑像にしたりで、毎回同じ感想を持つが、充実したものだ。ぼくはクリスティーなどの装画でも有名なひらい・たかこさんが好きで、彼女は乱歩世界の建築、街並みをデフォルメしたものを描いていて、一幅、購入したいと思ったほどだが、残念というかほっとしたというか、すぐに売却済みになったようだ。
 今、ミステリファンの中で突出した人気をもつのがシャーロキアンの世界観と金田一耕助。どちらも、ファンはまるでテーマパークに行くような感じで、その世界にはまっていく様子が見て取れるのだが、乱歩さんの方はどうだろう?
 筆者のみるところ、乱歩さんの世界はファンの方に「憑依」してくる。それに対し、ホームズや金田一耕助の方は、こちらが参加して楽しむという健全性がある。それだけ乱歩さんの世界は多様で、理知的な明智探偵が憑きものになる人がいるかもしれないし、孤島の鬼になったり、目羅博士になれたりする多様さが特徴だ。
 誰にでも、乱歩さんが描いた影の人間性という要素があるのだろうと思う。だから古びないのである。