松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第91回
いずれ世界を席巻? 中国産ミステリ隆盛をうかがわせるイベント『華文ミステリ出版社対抗プレゼンバトル』
二〇二〇年二月十五日 文藝春秋本社ビルB1会議室にて

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 ミステリマガジンで何度か報告もしているので、僕がそういう活動をしていることをご存知の方もいらっしゃることと思うが、僕は国際的なミステリ作家、評論家の交流の場であるAIEP(アイープと発音)の一メンバーに加えてもらっている。
 AIEPは実はスペイン語の「国際ミステリ作家協会」の頭文字を綴ったもので、これはこの組織が一九八〇年代初めにメキシコの作家、パコ・イグナシオ。タイボ二世が当時ソヴィエトの作家、ユリアン・セミョーノフと協力して発足させたものだからだ。はじめは、英米などアングロサクソン諸国にどうスペイン語、ロシア語のミステリを売り込むかを課題にして誕生したものと聞いているが、のちにジュリアン・シモンズがその活動ぶりを高く評価し、一時は大々的にスポンサーなどをつけ華々しくフェスティバル風のものをやったという。日本の戸川昌子さん、夏樹静子さんなども招かれたりしていた。
 しかし、その後は活動が下火になっていったが、メンバーの中で仲良しさんたちが残り、面倒なことはやめ親しい仲間内で、参加メンバーが一人ずつボランティアで手を挙げ、その都市などでホストを交代で受けもつという形で運営されてきた。
 二〇〇二年だったか、協会員の直井明さんから、ドイツの推理作家協会(シンディカットと称する)が、こんな会があるから、日本からも誰か参加しないかと要請があったのを、僕が聞きつけて頑張って参加してみたのだ。
 この頃になると、もう協会とは名ばかりで、会則なし、名簿なし、会費なしで篤志家がホームページだけ作って運営するというだけのきわめて緩い形になっていた。活動はほぼ年一回、会員の誰かがホストをやるよ言って、受け入れ準備をして、だいたい四泊五日の旅程で地元警察への探訪とか有名殺人鬼の棲家訪問などを行ったりする、これはこれで実に楽しい親睦旅行会になったのである。
 それでも、ホームページがある以上、多少、格好をつけなければいけない。ということで、十年ほど前の会合で支部別担当部長を決めようということになり(別に支部長と言っても何の責任もない)、当時の会長から「ケン、お前は日本支部長だな」と言い渡されたのだが、若干、そこで僕は抵抗した。「いずれ、この組織に入会を希望する中国の人も出るであろう。先輩として中国の方に負けるわけにはいかないから、日本ではなく、AIEPアジア支部長の肩書にしてほしい」といらぬ国威発揚で頑張ってみたのである。冗談半分で面白いので、今、僕の名刺の裏にはアジア支部長の肩書も刷りこんでみた。
 という前段の話が長すぎて、ここからが本題だが、この時にはまだ中国産のオリジナルミステリの存在感が薄く、半ばジョークの領域だったけど、最近はそうも言っていられない状況になりつつあるようだ。
 去る二月十五日、東京・紀尾井町の文藝春秋本社ビル地下一階の会議室で、「出版社対抗プレゼンバトル」なるイベントが実施された。
 これは文藝春秋社、早川書房、行舟文化三社がそれぞれ発刊予定のイチ押し華文ミステリの面白さをプレゼンテーションするある種のビブリオバトルだ。
 それぞれの持ち寄りネタは、文藝春秋が陳浩基『網内人』(九月刊行予定)、早川書房が周浩暉『死亡単通知』(仮・七月予定)と陸秋槎『文学少女対数学少女』(冬刊行)、行舟文化は陳漸『西遊八十一案 大唐泥犂獄(だいとうだいりごく)』と唐隠『大唐懸疑録 蘭亭序コード』。
 文春提供の『網内人』はあの香港現代史を背景にした斬新な連作ミステリ『13・67』に引き続いて陳浩基さんが放つ新作で、今回も現代の香港が抱える闇に題材を探った社会派の要素をもつミステリ。
 早川はどちらもポケミスに収録予定だが、『死亡単通知』は予告殺人を繰り返す殺人鬼と警察の死闘を描くサスペンスミステリ。『文学少女対数学少女』は『元年春之祭』と『雪が白いとき、かつそのとき限り』の青春キャンパスミステリで日本の若いミステファンをも魅了した陸秋槎さんの新作。いちばん本格ミステリに近い作風で日本の新本格派からの強い影響のもと書かれたものだ。
 行舟文化の二作は一転、歴史ミステリの領域。『西遊八十一案』は玄奘三蔵法師が探偵役を務める一席。著者は西遊記研究の泰斗とのことで、その知識を活用した雄大なロマンとまっているとのこと。唐隠さんはその筆名通り、唐代の研究家で『探偵狄仁傑』のシリーズがある。この本は二〇一五年から書き継がれた『大唐懸疑録』四部作の第一弾。
 たまたま、会場に現在、金沢に在住している陸さんがおられて、ざっと現代中国ミステリの傾向を話していただけたのだが、それによると、今は大きく分けて三つの傾向が共存している状況とのこと。ひとつが社会派サスペンスで陳さんや周さんがその流れ。対抗して日本の新本格派からの影響を受けた流れがあって、それが自分(陸さん)というのである。そして最後が中国伝統の武侠小説の匂いも残した歴史ミステリというわけだ。
 期せずして、それぞれの分野の新作が揃ってプレゼンされる時代が来るなどとは、僕には夢にも思えなかった事態到来だ。
 中国はSF『三体』の世界的なベストセラーも生んでいるし、なんといっても母国語人口が桁はずれに多い。これからは、冗談ではなく、中国がエンターテインメントカルチャー―の前衛になっていくかもしれない。
 そうなったら、僕のAIEPアジア支部長の座も危ない?(お譲りしてもかまわないのだけれども)