追悼

追悼 加納一朗さん

石井春生

 私が加納一朗さんに初めてお会いしたのは竹内博さんに誘われて出席した土曜サロンの席上でした。加納さんがいつから土曜サロンの幹事を務められていたのかは分かりませんが、日本探偵作家クラブの土曜会のころから運営に関わっていたそうです。土曜会では時には大勢の方が出席されたこともあったとかで、そのときは幹事として大変だったと懐かしそうに話されていました。
 加納さんは映画がとてもお好きな方でした。土曜サロンでお会いすると「最近、観て面白かった映画はなんですか」とよく聞かれました。他の出席者の方々も交えて話題作についてあれこれ話すのは同じく映画好きな私にとって楽しく刺激的なひとときでした。
 またある回で戦前に封切られた映画について話題になったときに、その作品の戦後の検閲により削除されたために今は観ることもできない場面について、それがどういうものだったかを説明してくださったことがありました。リアルタイムに観ていた方ならではの記憶力に映画への深い愛を感じました。観た映画のチラシは捨てずにずっと取ってあり、それらが詰まった段ボール箱がたくさんになって置き場所に困っていると笑いながらおっしゃっていたこともありました。
 とくにホラー映画がお好きでしたが、のちに時代小説もお好きになったことから書かれたのが『あやかし同心事件帖』です。映画好きにはたまらない描写の数々に「面白かったです」と感想をお伝えすると「自分の好きなものを詰め込んだんだよ」とうれしそうでした。
 ここ数年は体調が思わしくなかったのか出席されることがありませんでしたが、土曜サロンではいつもゲストの方のすぐ近くに座られてお話を熱心に聞き入っていた姿が今でも忘れられません。話題作の映画を観ても感想をお伝えすることがもうできないのかと思うと寂しい限りですが、きっと天国ではお好きな映画をたっぷりと楽しんでいらっしゃることでしょう。心より哀悼の意を表します。