第六十五回江戸川乱歩賞授賞式 帝国ホテル富士の間にて

 第六十五回江戸川乱歩賞に決定した神護かずみ「ノワールをまとう女」(応募時は「NOIRを纏う彼女」)への授賞式が、九月二十六日(木)午後六時より、帝国ホテル「富士の間」にて行われた。
 道尾秀介事業担当常任理事の司会のもと、主催の一般社団法人日本推理作家協会京極夏彦代表理事から、「六十五回目の乱歩賞が決定し、有力な作家を送り出せることを嬉しく思う。神護さんは最高齢受賞者と紹介されることが多いが、この業種には年齢はあまり関係がない。作品のみが勝負である。また、以前に商業作家として活動していたため、一部では再デビューという紹介もされている。それもいかがなものかと思う。多くの応募作の中から勝ち抜いてきた、優秀な作品の作者であると考えていただければと思う。応募された作品が優れていたから受賞したのだ。年齢は関係ない。もっと年上で活躍している作家は大勢いる。乱歩賞作家としては今日がスタートラインだが、過去の経験を生かして変革期を迎えている出版界に新風を吹きこんでほしい」と挨拶。
 続いて後援各社を代表して株式会社講談社代表取締役社長野間省伸氏、株式会社フジテレビジョン代表取締役社長遠藤龍之介氏からの祝辞があった。
 授賞式に移り、本賞の江戸川乱歩像と副賞の一千万円の目録が、京極代表理事より神護氏に贈られた。
 新井素子、京極夏彦、月村了衛、貫井徳郎、湊かなえの各選考委員を代表して貫井氏が「この作品が評価されたのは着眼点の良さである。ヘイト、炎上といったネガティブな動きを裏工作で沈静化する。この設定が実にアクチュアルで面白い。加えて話の転がし方がうまい。プロットの作りが堂に入っているのだ。選考の際には作者のプロフィールは伏せられているのだが、決定後に出版経験があると聞き、なるほどと思った。一方で、選考の際にリアリティに問題があるのではという指摘があった。リアリティの強度は上げようと思えばいくらでも上げられる。だが、その道の専門家でないと書けないようなリアリティを要求しても、創作の幅を狭めてしまうと思う。私にとっては本作のリアリティは充分であると思った。ほかにも同じ考えの方がいたので受賞に至った。年齢のことが言われるが、これはすぐにでも更新されると思う。六十歳代で乱歩賞でデビューする人が早晩出てくるはずだ。もうそういう時代であると思う。問題は何を書くかであって、神護さんはこれまでのタメがあると思うので、年齢を感じさせない旺盛な創作意欲で執筆していただけると思う」と選評を語った。
 受賞の挨拶に立った神護氏は、「受賞時は五十八歳だったが、いまは五十九歳になった。雑誌には人生百年時代の乱歩賞作家と書かれた。私が小説と出会ったのは半世紀前に遡る。乱歩先生の少年探偵団シリーズだった。その中の「少年探偵団」が生まれて初めて小説として意識して読んだ本だった。当時の少年がそうだったように、私も夢中になり、二、三年かけてたしか十五巻あったシリーズを全巻揃えた。宝物のように何度も読み返した。よもや五十年後にその先生の名を冠した賞を頂戴するとはまったく思っていなかった。人生の不思議さを感じる。二十三年前の一九九六年に、初めて最後まで書き終えることができた小説を新人賞に応募した。最終選考には至らなかったが、幸いなことに出版社からお声がけをいただき、本にすることができた。ビギナーズラックで自分の本が書店に並ぶ喜びを知ったことが、ものを書くことを止められなくなったきっかけだったと思う。次に二〇一一年に「人魚呪」という作品で遠野物語一00周年文学賞を受賞し、そのほかに三冊出すことができた。だがこの時もいろいろあって、自分の思うような活動ができなかった。いま二〇一九年、ここに立たせてもらっている。ようやくスタート台に立てたのかと思う。いままで芽が出なかった分、にこやかに話しているが、腹の中にはささくれだった思い、憤怒、恨みなどがいっぱい蓄えられている。それらは今後作品を作っていく上で必ずや力になってもらえると思っている」と喜びを語った。
 神護氏に花束贈呈の後、乾杯の挨拶に立った大沢在昌氏は「長井彬さんの五十七歳が、これまでの乱歩賞受賞者の最高齢記録だった。その時の授賞式はよく覚えている。長井さんを見て、ものすごいお爺さまが受賞されたと思ったものだった。ところが今日の神護さんは私より四つも年下である。ささくれたもの、憤怒、恨みはデビューしてからの方がたっぷりとたまるので、エネルギー源はまだまだ補給できる。神護さんのご健筆と皆様のご健勝を」という発声で乾杯。五百人近い参加者が神護氏の受賞を祝した。