新入会員紹介

入会ご挨拶――人生百年時代の『あしたのジョー』になりたい。

矢吹哲也

 この度、六十七歳にして新人作家の仲間入りをさせていただいた矢吹哲也と申します。
 大学卒業後、コピーライター一筋で生きてきましたが、還暦直前に、ひょんなことが切っ掛けで、競馬ミステリーを書き始めました。以来、ハードボイルドやドタバタミステリーなど幅広い分野に挑戦しております。
 先日、読売新聞で『あしたのジョー』の初掲載(一九六八年)以来五十年との特集記事を目にし、感慨深いものがありました。当時、高校生だった私は、全共闘運動の真っ只中に身を置き、時代の荒波に翻弄されていました。世の中全体がざわざわと高揚し、だが、七十年代になると一転してシラケた空気が蔓延し出しました。
 そんな中にあって私にとって――たぶん多くの同時代人にとって、最高のヒーローは矢吹丈でした。ハングリースピリットと野獣の如きパワーでどん底の境遇から脱し、リングで真っ白に燃え尽きるまで戦い続ける。そんなジョーの生き様は、私にとって憧れそのものでした。なにせペンネームに拝借したくらいですから……。
 この度、入会のご承認を頂き、老いたジョーが戦うべきリングはミステリー小説界と目標を見定めることができました。
 年齢的に将来性を危ぶむ向きもあるでしょうが、人生百年時代。心配ご無用です。運良く段平さんのような名トレーナーと巡り合い、血みどろの猛トレーニングを積んできました。今まで書き溜めてきたストックとプロットが大量にありますし、アイデアはいまだ尽きことがありません。本業が暇となり、執筆時間がたっぷりとれますので、(それと今後、認知症の予防が急速に進むでしょうから)、百歳で百冊は楽勝です。いっそのこと、世界最高齢で小説を刊行してギネス入りを果たそう、などとも……。
 私の野望を後押ししてくださる出版社様がいらっしゃいましたら、ぜひお声をかけてください。幸いなことに、既刊四作に加え、三作が近日発刊となります。
 さて、私が小説を書き始めた動機ですが……仕事人として引退を意識し始めた頃、「俺には、もう心を燃やせるものがなくなった」と友人に愚痴ったら、「競馬小説でも書いて今までの損を取り戻せ」と、からかい半分のアドバイスを受けました。ちょうど競馬資金も尽きかけていたので、ついその気になりました。自信もありました。というのも、私の競馬小説には多額の元手がかかっているからです。作家多しといえども、競馬での生涯損失額は誰にも負けないでしょう。百万部レベルのベストセラーを出さない限り、回収できないくらいなんですが。
 こうして、還暦を前に初めて小説を書き上げ、某ミステリー賞で予選通過を果たしました。積年の恨みを晴らす――競馬会の悪辣ぶりを暴き、奴らに大打撃を与えて大儲けを企むというミステリーでした。その核心となるのが、私が研究し尽くし、さんざん痛い思いもしてきた『暗号馬券』解読術です。
 断言しますが、競馬界の裏には深い闇があります。これこそ私にしか書けない世界と自信を深め、ジョーの怒涛のパンチが如き勢いをもって執筆生活に入りました。
 競馬ミステリーにより磨きをかけるとともに、他ジャンルにも挑戦してきました。書き上げた作品すべてが、何らかの賞で予選通過を果たしています。この実績が評価され、裏口ではありますが、作家デビューに至りました。
 思わぬ副産物もありました。執筆に追われるうちに、競馬からすっかり足を洗うことができましたので、出すべき損を出さずに済んでいます。実にありがたいことです。
 これから、いよいよプロのリングに上がります。
『あしたのジョー』の主題曲が聞こえています。
『叩け! 叩け! 叩け! 俺らにゃ けものの 血が騒ぐ』(寺山修二作詞)
 老いたジョーは、あしたを信じて、キーボードを叩いて、叩いて、叩き続けます。