日々是映画日和

日々是映画日和(107)――ミステリ映画時評

三橋暁

 合併号なので、五本紹介をめざし枕を省略、いきなりいきます。

 監督業にも積極的なジェームズ・フランコが、コーマック・マッカーシーの原作に脚本・監督で挑んだ『チャイルド・オブ・ゴッド』(二〇一四年)は、日本では未公開のままお蔵入りしていた作品。シネマカリテの〈カリコレ2018〉でやっと陽の目を見た。
 射撃の腕は抜群で、いつもライフルを手放さないレスター・バラードは、しかしクレイジーな行動の数々で、地域の鼻つまみ者だった。生家が他人の手に渡り、住む所もない彼は荒野で暮らすことになるが、ある時心中したカップルの死体を見つけたことから、その歪んだ性癖を募らせていく。
 原作に倣ったのか、コンパクトに物語を凝縮していて好感が持てるが、秩序を重んじるヒルビリー(山の住民)たちとコミュニティからのはみ出し者との間の摩擦に、さほど緊張感が感じ取れない。『ノーカントリー』という先達は、まさに別格なのかもしれないが。とはいえ、主人公レスター役のスコット・ヘイズの成り切りぶりは半端なく、それだけでも観る価値はあり。(★★1/2)

 ジェイソン・ライトマン監督の『タリーと私の秘密の時間』は、全身凶器の女エージェント役だった『アトミック・ブロンド』から一転、お腹をはじめ全身がポヨヨンと弛んだシャーリーズ・セロンが、家事と三人の子どもの世話に追いまくられるママ役を演じる。
 情緒の安定しない息子の世話、産まれたばかりの娘の育児、優しいが家の事には無関心な夫。飽和状態のストレスを抱える主人公は、やむなくベビーシッターを雇う決心をする。兄の紹介でタリー(マッケンジー・デイヴィス)という娘がやってくるが、服装も口のきき方も今どきの少女が通って来るようになると、崖っ淵だった主人公の生活は一変することに。
 現代の社会問題を主題にしたホームコメディだが、微小な違和感が伏線として積み重なり、最後に驚きの真実が明らかにされる。自身の体験が下敷きという女性脚本家ディアブロ・コディのオリジナル脚本が素晴らしい。いわゆるミステリではないが、私にとっての愛すべきミステリ映画とは、こういう作品のことだとつくづく思わせてくれる。(★★★1/2)

 リメイクというよりは先達の志を継ぎ、見事にケイパー(強奪)ものとして進化を遂げた『オーシャンズ11』だったが、続編の12と13は其々別方向に向かい、肩透かしをくらった感もあった。しかし『オーシャンズ8』は、11へ原点回帰するかのように、凝りに凝った盗みの手口を披露してくれる。前作までのダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)に替わり、妹のデビー(サンドラ・ブロック)が作戦の司令塔役となる。
 刑期を終えたデビーを出迎えたルー(ケイト・ブランシェット)は、デビーの頭にある強奪計画の片棒を担ぐことになる。二人はハッカー、スリら選りすぐりのプロをハントし、チームを結成。ゴージャスなハリウッド女優(アン・ハサウェイ)が身につける一億五千万ドルのダイヤモンドを頂戴しようと目論む。
 人種を網羅するキャスティングは時代の要請だろうが、チームの人間模様に各人の個性が光る。宝石商の老舗カルティエの全面協力も、スリリングな展開にひと役買っている。デリケートな仕掛けもあるので、情報をシャットアウトして臨むべし。(★★★★)

 そもそも台湾の映画界は青春映画の宝庫だが、監督が『共犯』のチャン・ロンジーとくれば、『夏、19歳の肖像』は、またとない条件下での映画化といえるだろう。中国映画だが、スタッフやロケ地の大半は台湾のようだ。原作は、ご存じ島田荘司の同題青春ミステリである。
 夏休みのツーリング中の事故で、ファン・ズータオは同じ大学に通う女友達リー・モンの父親の病院に入院した。ある日暇つぶしで覗いた望遠鏡に、目を疑うシーンが飛び込んでくる。見知らぬ一家の母親と娘が父親を刃物で刺したのだ。退院するや、彼は偶然を装い望遠鏡の中に見た娘ヤン・ツァイユーに接近を試みるが。
 ヒッチコックの『裏窓』を思わせる出だし、主人公に届く謎の封書と、序盤の畳み掛けはミステリ映画の定石だろう。しかし、目撃者である主人公が容疑者と恋に落ちていく中盤のメタモルフォーゼが鮮やか。恋人たちの逃避行と事件の真相が交錯するクライマックスの緊張感と瑞々しさがいい。(★★★1/2)

 ダンカン・ジョーンズ監督の『MUTE ミュート』という収穫も記憶に新しいNetflixからもう一本お奨めを。監督は豪州出身のベン・ヤングで、『エクスティンクション 地球奪還』という作品だ。
 妻、二人の娘と暮らすマイケル・ペーニャは、ここのところ悪夢に悩まされていた。そのせいで仕事に身が入らず、家族との関係もぎくしゃくしている。繰り返し見るのは、空からやってきた異星人たちに人類が侵略されるという夢だった。しかし、それが現実のものとなる日がやってくる。
 典型的な侵略もののSFというストーリーだが、中盤に決定的な物語の転換点があって、そこにインパクトのあるミステリ的な仕掛けが隠されている。主人公の見た夢が予知夢であったことが明らかになってから以降の伏線の回収が丁寧なのもいい。Netflixオリジナル作品は、お手軽なものも多いが、こういう逸品もあるので油断ならない。(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。