松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント体験記 第36回
宝塚で『ルパン最後の恋』を華麗に舞台化
ゴールドマンのサイコスリラー『殺しの接吻』もミュージカルに
2013年10月1日 東京宝塚劇場月組公演
2013年10月2日 恵比寿・エコー劇場にて

ミステリ研究家 松坂健

 ミステリを原作にしたミュージカルが二本立て続けに上演されて、芝居もミステリも大好きという人種には、とても嬉しい秋の幕開けとなった。
 一本目は宝塚月組公演の『アルセーヌ・ルパン』だ。これは、早川のポケミスと創元推理文庫の両方で刊行された、モーリス・ルブランの未発表長編『ルパン最後の恋』をドラマ化したものだ。
 宝塚の企画にはなかなかの知恵者がいて、時々、ミステリをもとにファンタスティックな舞台を作ってくれる。この手のネタとしては、数年前の乱歩原作『黒蜥蜴』以来だろう。
 話が脇道に若干それるけど、このヅカ版『黒蜥蜴』はたいへん面白かった。黒蜥蜴と明智の間の因縁について、こういう解釈もあったかと、とても感心した覚えがある。三島由紀夫の世界と離れて、宝塚版での処理が鮮やかだった。
 さて、『アルセーヌ・ルパン』だが、幕が開くと、ルパンの伝記作者としてルブランが登場、ルパンの最後の冒険を語り始める。フランスの宮中から英国王室関係者に金貨400万ポンドが贈られるというニュースがパリ中を駆け巡っていた。贈られるのは、もしかしたら英国国王の妻になるかもしれない令嬢カーラ。だが、その騒動の中、アメリカで死んだと噂されるルパンが「金貨をいただく」という予告状を送ってきた。カーラには4人の紳士が護衛の役についていたが、彼らの目を欺いて金貨が消え、カーラ嬢も誘拐されてしまう。時、来たれり。4人の護衛のひとりがルパンで、彼は金貨と令嬢を取り返しに最後の冒険の旅に出る。だが、それはルパンにとって最後の禁断の恋の始まりでもあった……。
 ということで、やはりルパンの世界と宝塚の舞台は親和力120%。恋とチャンバラ、華麗な踊りと歌、ということですこぶるご機嫌な出来栄えだ。
 ルパンを演じるのは龍真咲、堂々とした宝塚正統の男役だ。対するカーラは愛希(まなき)れいか。こちらは踊りがうまく、ちょっとハスキーな声も魅力。とにもかくにも、宝塚の企画力に尽きる。
 もう一本はかなり意外な原作をミュージカルに仕立てたものだ。
 ウイリアム・ゴールドマン原作の『殺しの接吻』(早川ミステリ刊)というシリアルキラーもののはしりが、1980年代の終わりにオフブロードウェイでお芝居、それもミュージカル仕立てになっていたというのは、まったく知らないことだった。それが最近、ニューヨークで再演される機会があったりして、その流れで日本でも上演されることになったようだ。
 ゴールドマンは名作『明日に向かって撃て』の脚本家として有名だが、我々ミステリファンにはなんといっても、傑作スリラー『マラソンマン』の作者だろう。
 そのゴールドマンがペーパーバックオリジナルで発表したのが、この作品だ。初版はハリー・ロングボーという筆名で発表。ちなみに、これは『明日に向かって撃て』でR・レッドフォードが演じたサンダンス・キッドの本名である。
 『殺しの接吻』は後にジャック・スマイト監督の手で映画化され、今や伝説のカルトムービーになっている。
 物語は中年すぎの婦人宅に侵入しては絞殺し、額に口紅でキスマークを描くという変質者が主人公だ。モデルはボストン絞殺魔といわれた実際の連続殺人犯だろう。物語ではこの犯人の自己顕示欲が強く、犯行が新聞の第一面を飾らないと気が済まない。なかなか扱ってくれないのに業を煮やした犯人は、事件担当の刑事を電話で呼び出して、次なる殺人の予告を行う。なぜか、犯人は刑事のことが気に入ってしまう。こうして、奇妙な猫とネズミのゲームが開始される。
 舞台版の副題にある「レディを扱うやり方じゃない」はゴールドマンの原作の題名そのまま。非道な犯人の振る舞いと、事件捜査の途中で刑事が知り合った女性との恋の道筋の両方をかけたものだろう。
 連続殺人という、とてもミュージカルになりそうもない素材を、孤独感をうたいあげる犯人の独唱、刑事と恋人と掛け合いなどを歌曲にして違和感がない。批評文にもあったが、どうしてオフ・ブロードウェイではなく、ブロードウェイそのもので上演されなかったか不思議に思えるほどの出来栄えだ。
 出演は帝劇などのミュージカルに多数出演している宮内良が刑事、『レ・ミゼラブル』などの主演もしている岡幸二郎(素晴らしい声量とスタイル)が犯人役。宮内理恵が恋人役。そして、いちばんの儲け役は、刑事と犯人両方の母親、殺される3人の中年女のひとり五役をこなした旺なつき。
 旺さんはもともと宝塚出身の体格と美貌に恵まれた人だが、今は舞台中心に活動、それも地味な作品にも好んで出る心意気が嬉しい役者さんだ。今年は春先にあった『ダウト』(修道院で起きたスキャンダルを描いたドラマ)の厳しい寮長さんの役が光っていた。
 宝塚のルパンも、ゴールドマンの原作のミュージカル化も、要するに企画力ということ。エンターテインメントの源は発想力の豊かさとあらためて気づかされた次第だ。