日々是映画日和

日々是映画日和(105)――ミステリ映画時評

三橋曉

 昨年六月からのロングラン上映が終わってしまうというので、横浜の戸部にあるシネマノヴェチェントで『カントリー・サンデー 皆殺しの讃美歌』を見てきた。『RED/レッド』にも元気に顔を見せていたアーネスト・ボーグナイン主演の本邦未公開作(TV放映のみ)で、田舎町の平穏を乱す兇悪強盗犯の一人が『俺たちに明日はない』のマイケル・J・ポラードなのも見どころの犯罪映画だ。ちなみに、その映画館シネマノヴェチェントは座席数わずか二十八だが、『SAS〈特殊部隊〉人質奪還指令/ファイナル・オプション』や『インターネサイン・プロジェクト/恐るべき相互殺人』といった作品を独自の配給で公開してきた実績がある。都心からはちと遠いが、足を運ぶだけの価値ある注目の超ミニシアターである。

 そのシネマノヴェチェントで最新の話題作はというと、リヴ・ウルマンら出演陣も豪華な『ナイトビジター』だ。監督のラズロ・ベネディクはアメリカに亡命したハンガリー人で、ゴールデングローブ賞にも輝いている。粉雪交りの寒風吹きすさぶ田舎町で起きた殺人事件で、被害者の元恋人マックス・フォン・シドーが現場で目撃され、容疑をかけられる。しかし彼はすでに殺人罪により服役中で、収監されている監獄は高い壁で外と隔絶されていた。常時看守が見張る独房から、いかに脱出し犯行に及んだというのか?
 本作は一九七一年のイギリス映画で、昨年日本でもDVD化されているが、劇場未公開ゆえに好事家の間で話題にされてきた作品だ。脱獄テーマの不可能犯罪ものであり、『青の恐怖』(ブランドの「緑は危険」が原作)をはじめミステリ映画の出演も多いトレヴァー・ハワードが警部役で捜査にあたる。下着姿で寒空の下を駆け回るマックス・フォン・シドーや、その脱獄方法の離れ業ぶりがなんとも愉快だが、鮮やかに伏線を回収してみせる最後の一撃に唸らされる。(★★★)

 韓国最大の詐欺事件と言われるチョ・ヒパル事件を題材にした映画は『MASTER マスター』(二〇一六年)があったが、医療器具への投資を募り大金を巻き上げた犯人が国外に逃亡してすでに九年が経つ。しかし社会の爪痕はよほど深いのだろう、事件を下敷きに映画がまたも作られている。若手のチャン・チャンウォン監督の『スウィンダラーズ』である。
 主人公は、詐欺師だけを騙す詐欺師ことヒョンビン。彼は父親を殺された恨みで、大規模詐欺事件の犯人に復讐を誓っていた。逃亡先の外国で死んだという噂もある犯人だったが、エリート検事のユ・ジテは子飼いの詐欺師たちとヒョンビンを組ませ、逮捕を目論む。まずは右腕だった実業家のパク・ソンウンを罠にかけるが。
 すでに『ビッグ・スウィンドル』(二〇〇四年)という名作もあるこの方面のハードルは低くない。本作も、キャスティングやプロットから、ある程度結末が透けてしまう弱味はあるが、作り込まれた脚本のおかげで、〝あなたも必ず騙される〟というコピーに偽りはない。ハニートラップ担当のチュンジャ役で、世界一美しい顔の持ち主ナナが詐欺師グループの紅一点として艶やかな華を添える。※七月七日公開(★★★)

 監督は『ボーダーライン』の脚本を担当した社会派のテイラー・シェリダン。アメリカ中西部の雪深い山岳地帯を舞台にした『ウインド・リバー』は、いやでも『ウィンターズ・ボーン』や『フローズン・リバー』といった犯罪映画の優れた先達を連想させるが、その期待を裏切らない。
 雪に覆われた原野でネイティブアメリカンの少女が死体となって見つかる。周囲五キロに民家はなく、彼女はなぜか薄着で裸足だった。少女が三年前に亡くした娘の親友だと知った第一発見者のジェレミー・レナーは、野生生物局に所属するハンターとしてFBIから来た新米の捜査官エリザベス・オルセンに協力することになる。
 広大な大自然の中に穿たれた闇の深淵が、先住民族の負わされた苦悩を浮き彫りにしていく。そこに垣間見える主人公と被害者の父との信頼関係や、女性捜査官の成長の過程も濃やかだ。犯人が割れるのがあっけない気もするが、被害者はなぜ零下三十度の中を走り続けたのかという謎とその真相が、痛みとともに胸を打つ。最後に流れるテロップの内容には、驚かされるばかりである。※七月二七日公開(★★★1/2)

 アラン・J・クィネルが「燃える男」の着想を得、それを『マイ・ボディガード』として映画化したのはトニー・スコットだったという〝ジョン・ポール・ゲティ3世誘拐事件〟を、今度はリドリー・スコットが映画化したのが『ゲティ家の身代金』だ。世界屈指の大富豪と言われる石油王の孫がローマで誘拐された。犯人の要求する身代金は1700万ドル。母親のミシェル・ウィリアムズは夫とすでに離婚していたが、頼った祖父の石油王はその支払いを拒否し、部下である元CIAのマーク・ウォールバーグに犯人との交渉を命じる。しかしそれは、長いこう着状態の始まりだった。
 リドリー・スコットの標的は富が偏在し、マンモニズムが蔓延する資本主義の嘆かわしい現状である。それを鮮明にしているのは、セクハラ問題で降板したケヴィン・スペイシーに変わって石油王ゲティになりきったクリストファー・プラマーと、母親の強さを演じたミシェル・ウィリアムズの好演だろう。事件の忠実な映画化ではないが、最後の最後まで切れない緊張の糸も、この監督ならではのものだ。(★★★1/2)

※★は最高が四つ、公開日記載なき作品は、すでに公開済みです。