松坂健のミステリアス・イベント体験記

健さんのミステリアス・イベント探検記(第77回)
貴重なミステリ研究、異色の作家発掘もあり 文学フリマのこの充実ぶり
2018年5月6日 東京流通センター第二展示場

ミステリコンシェルジュ 松坂健

 日本でもっとも集客できるエキジビジョン(展示会・見本市)は、以前から、真夏(8月)と真冬(12月)に行われるコミックマーケット(通称コミケ)と言われる。よくテレビで取り上げられる国際モーターショーとか東京ゲームショーなどでもまったく敵わない3日間で50万人以上を集めているのだから、ものすごいとしかいようがない。一日、控えめにみても16万人の来場者数。あれだけ人気があるといっても東京ディズニーリゾートで一日7万人程度だから、すごさがお分かりになるかな。
 コミケはアニメーション・ゲームソフトを中心とした同人誌活動家がその制作成果を発表し、即売会を行うもの。
 一度でも行ってみれば分かるけど、会場の混み合い方は尋常じゃない。身動きがとれない。欲しいものを見つけたら、即購買行動にはしらないとダメ。あとで、戻ってゆっくり買えばいいなどというのは、甘っちょろすぎて話にならない。戻るのは不可能だし、それにすぐ売り切れてしまう。ということだから、マニアはバンバン買う。客単価が1万円以上になるのは間違いない。まこと「ヲタク」市場とは凄いものだな、と思う。
 それに対抗してできたというか、小さな声をあげているのが、「文字系」同人誌、同人出版の世界だ。昔からある、同好者が作品や批評を発表し、それを冊子にまとめたものを世に問い、やはり即売もするのが、「文学フリマ」なる催しだ。コミケの活字版ということだが、これがなかなかすごい媒体に成長しつつある実感がある。
 といっても、規模はコミケに比べて雲泥の差。こちらは、モノレールの流通センターにあるコンベンションホールを使って、開催日もたった一日。先日、5月6日に行われた第26回の来場者数は、3500人、客単価も5000円程度といわれる。コミケとは比較にならない規模なのだが、「質」の方になると、これがなかなか。ミステリファン、研究家には見逃せない出版物がどんどん出品されている。
 同人出版の公の書籍流通ルートにのらないものばかりだが、それだけに採算度外視の細分化されたテーマが本当に多岐にわたっている。もちろん、昔ながらの純文学、詩集のような創作ものが多いが、それに加えて、同人たちの特殊なテーマの研究成果をまとめたものも多く、ちょっとしたサブカルチャーの見本市にもなっている。
 見ていると、僕などが定年退職したらゆっくり取り組もうかと考えていたテーマの先行研究成果などさりげなく出品されていたりして、「あじゃー、やられてしまった」と思うものも多い。たとえば僕は都内の区が走らせている小型の半分観光目的のコミュニティ型バス(めぐりんなどと称する)全線完乗をやりたいと思っていたのだが、もう先乗りされて立派な本が出ていたのにはがっかりしたり、ということがある。
 ということで、我がミステリの分野でも、ほとんどここでしか手に入らない貴重な研究文献、出版物も出ている。
 今回の注目の本は、松井和翠という人が編纂した『推理小説批評大全総解説』。文庫本サイズながら、300頁あり、黒岩涙香から有栖川有栖まで日本の推理小説批評を70本選び、それぞれについて解題を施した労作だ。日本のミステリ批評の流れがつかめる便利な本なのだが、わけても高い評点を与えたいのは、取り上げた批評が本格・新本格などに偏らず、きちんと「文学と推理小説」というあまり正対したくないテーマにもわたっているところだ。これはなかなか質の高い研究だ。
 今回の目玉は英国ゴシック小説の生みの親ホレス・ウォルポールのナンセンス小説『象形文字譚集』(平戸懐古訳・出版)、『ルヴェル新発見傑作集・仮面』(中川潤編訳)など本国でも忘れ去られているような異色作家の発掘。日本の研究家たちの水準は国際的に見ても高いなあ、と実感できる。
 なお、あっという間に売り切れたのがお馴染み西荻窪の古書店、盛林堂さんが出している盛林堂ミステリアス文庫刊『夏芝居四谷怪談―弓太郎捕物帖』(大阪圭吉)だ。
 それにしても印刷・製本が昔に比べて格段に安くなったから出来ることだろうと思うが、書籍としての完成度も一般出版物と遜色ない。
 もはや「誰もが版元になれる」時代だ。以前、アルビン・トッフラーという未来学者が、いずれ、今、「消費者」(コンシューマー)と呼ばれる人たちが、自ら「生産者」(プロデューサー)になって、情報発信や具体的なものの販売が他の人の手を介さずにできるようになる、という説を唱えた。それを「プロシューマ―」と呼んだのだが、コミックやゲーム、出版物などの世界では、すでにプロシューマ―が出現していることになる。
 僕の大胆予測は、3Dプリンタで、もうかなり開発が進んでいると思われる自動印刷・製本機が革命的に安くなり、簡単に扱えるようになると、作家は文字や絵などのデータを直接、消費者に送付し、そのまま自宅3D書籍製作機にかければ、紙の本が出来るというものだ。こうなると、まずます出版のプロシューマー化が進むことになる。これって、大きく文化の枠組みを変えかねないと思うのだけど、この話はまた別の機会にしよう。
 ともあれ、文学フリマは注目だ。次回の東京開催は11月25日(日)東京流通センター第二展示場だ。