訃報

追悼連城三紀彦さんと映画

田中芳樹

 連城さんの業績の偉大さについて、いまさら私が贅言をついやすことは何もないように思う。だから私がここに記すのは、自分が直接見聞きした範囲内における、映画愛好家としての連城さんのお姿の一部にすぎない。
 連城さんが胃ガンの手術をなさって、二度目の御見舞にうかがったときだ。もう退院も近づいて、最初の時よりはお顔の色もよく、お声にもすこしお力がもどってきているように感じられて、私は安堵した。ご病気がご病気だから、うかつに食べ物の差しいれなどできない。お尋ねしてみた。
「何かほしいもの、ありませんか」
「とにかく退屈でさ、TVはろくな番組やってないし、本を読むのはまだちょっと疲れるし……」
「じゃ、よろしかったらDVDでもお持ちしましょうか」
「ああ、それ、ありがたいな。田中さん、どんなの持ってるの?」
「くだらないのが多いですけど、フランス映画だと、『ラインの仮橋』とか……」
「えっ、『ラインの仮橋』持ってるの!? わあ、それ、ずっと観たいと思ってたけど、ビデオもDVDもないでしょ? あきらめてたんだ、ぜひ観たい。観せてくれる?」
「それじゃ今度、お持ちします」
『ラインの仮橋』がどんな映画であるかは、観た人はご存じだろうし、観てない人にストーリーを説明すると長くなる。だから省くことにするが、とにかく私は大好きな作品なので、深夜に放送されたのを録画しておいたのだ。後日、約束どおりにお宅へ持参すると、本当に喜んでくださった。たまたま秘書の方が顔を出されたので、連城さんが紹介してくださったのだが、その台詞が、
「この人が例の田中さん。この人も『ラインの仮橋』が大好きなんだよ」
 というものだった。それだけの話だが、明るくはずんだ連城さんのお声は忘れられない。