麻雀

一月二十七日のこと

宍戸健司

 朝から嫌な予感がしていた。定刻の午前5時に目覚めた私は、日課である乾布摩擦と青竹踏みをしている最中、なにやら腰に違和感を覚えたのだ。直後”グキッ”という音とともに持病である「ギックリ腰」が発症した。幸いにも少しは動くことができたので、左手を後ろについて腰を伸ばそうとすると、今度は左肩に激痛が。一年近く患っている五十肩をみごとに復活させてしまったらしい。動かない左手で何とかコルセットを装着し、再び床に潜り込み、栄えある推理作家協会主催麻雀大会への出発時間まで静かに痛みと闘った。
 満身創痍で到着した銀座の名門雀荘「柳」には既に腕に覚えのある雀豪20数名が今や遅しと卓に着いて大会の開始を待っている。何やら他者を拒む異様なムードと腰・肩の痛みを鑑み、引き返すことも考えたが、ひときわ妖気を放っている大沢さんに見つかり、「宍戸、遅せーよ」と声を掛けられてしまった。まだ集合時間の15分前であるにもかかわらず、だ。どうやら大沢さんは前週に行われたKADOKAWAの麻雀大会でツキに恵まれず惜敗したため、この大会でその時の鬱憤を晴らそうとしているようだ。恐ろしい。私は渋々会費を支払い定められた卓に腰をかばいつつ着席した……。一回戦は西上さん、徳間・村山さん、KADOKAWA立木くんというメンバーだった。西上さんは優勝経験もある凄腕だし、村山さんの引きは雀鬼・桜井をも凌ぐと言われている。このメンバーでは勝てない、と即座に判断し放銃しないことだけを心に誓いゲームは始まった。私の起親で始まった東場は一進一退の地味な展開で、あまりの地味さに私は生ビール2杯とハイボール2杯を立て続けに飲み干し、体の痛みも加わって次第に何が何やらわからなくなっていった。私は配牌こそバラバラだが、ツモは悪くない。必死に振り込まず3万点前後で南場に突入した。後半に入ると村山さんの十八番である怒濤のトーク攻撃が始まった。私は腰をあえてねじって痛みを増幅させ冷静さを保ち、ラス前でトップの村山さんからの直取りで素点4万点程の小さなトップで終えることができた。二回戦は本大会5勝をあげている大本命権田さんほか、3年前の優勝者鳥羽さん、蒲原さんというメンバーだった。蒲原さんはツモに恵まれないらしく、しきりにぼやいている。権田さん、鳥羽さんは手練れだけあってどの局面でも中盤以降はダマで張っている様子がありありだ。私も無理はせずに回していたが、親番で権田さんから満貫を上がれたのが決定打となり、この回も素点5万点程のトップで終了した。三回戦は大沢さん、誉田さん、KADOKAWA榊原くんというメンバーだった。大沢さんは前回の不運を牌にたたきつけ、一回戦3着、二回戦トップという成績だ。ここで踏ん張ればまだまだ上位を狙えるポジションだけに鼻息は荒い。一方、私はここまでギリギリの攻防ながら連続トップを取れたので、すでに十二分に満足しており、勝負よりも夕食のお寿司に気持ちは移っていた。だが、私のツキはまだ僅かながら残っている様でたいした放銃もなく局は進んだ。南場 2局、下家の榊原くんが白を鳴いて萬子の混一色を進めている。親の私は萬子を絞りながら、かろうじて聴牌もっていくことができた。その直後、榊原くんが中をポン。場が一気に緊張感につつまれた。榊原くんは半笑いで落ち着きがない。皆、現物牌で凌いでいる。発(ハツ)は河に一枚切られているだけだ。私のツモ番になった。引いてきたのは発だった。もはや、ここまでか。発を抱えれば残りのツモ牌も少ないので親は流れ勝ち目はない。だからといって聴牌のために役満勝負に出るアホはいない。何でかわそうかと考えていたその時、上家の誉田さんが目の前の山をうっかり崩し、左端の上ヅモ牌がコロリと落ちた。その牌が見えたのは下家にいた私だけであった。そして、その崩れた牌は発であったのだ。榊原くんの役満はない。混一小三元ならばまだ挽回の余地はある。私は親の連荘を目指して勝負に出た。私は静かに発を放った。「おまえ、バカか?!」大沢さんの怒号がとぶ。榊原くんの顔は半笑いから半ベソに変わっていた。この瞬間、私は勝利を確信した。その後、配牌も軽くなり三回戦も無事トップで終了した。さて、夕食後の決勝戦である。メンバーは鈴木さん、徳間村山さん、PHP兼田さんだ。兼田さんは麻雀歴1年たらずで、実践は12回しかないという。それでトップ卓に残るとは、どういう運の持ち主なのか。鈴木さんは熟練の牌さばきをを見せている。村山さんは鬼引きプラストーク攻撃がある。さすが決勝卓、一癖も二癖もあるメンバーに私は恐れおののき、必殺安全牌大量抱え込み作戦(要するに逃げ)を敢行した。その結果、早い展開で局は進み村山さんの炸裂トークも不発に終わり長かった戦いは終了した。決勝戦でも地味ながらトップで終え、全ての試合でトップ通過という、一生に一度あるかないかの運を使い切ったのである。最後に推理作家協会の皆様、並びに卓を囲んでくださった皆様、本当にありがとうございました。来年も連覇できるよう精進したいと思います。ちなみに腰と肩はまだ完治に至っておりません。
 了